MD2-067「不穏の足音-5」
まずは証拠集めだ。
エルファーダ家にとっては僕やマリーは
息子と付き合いのあるらしいただの冒険者でしかない。
どこの馬の骨、とは言わなくても出会ったばかりなのは間違いないのだ。
そんな人間がとんでもないことを言おうというのだから、
しっかりとした証拠を集めなければ。
幸いにも、しばらくはこの街に逗留してくれ、と誘われている。
歳の近い相手がいたほうがセリス君も楽しいだろうというのが理由だった。
これで僕達が屋敷というかこの場所に出入りしても問題が無いことになる。
そうなれば証拠は探しやすい。
(まずは裏を取る。お話でも主人公たちはいつもそうしてるもんね)
『調合してるところを見つけても証拠には弱いな』
ご先祖様の言うように、仮に調合の現場を押さえたところで
訴える先にその知識が無ければいけない。
僕が声を大きくして、中身を訴えたところで
自分が犯人だ!なんて認めるわけがない。
それに……もし僕の予想通りだったとして、
1人でやるには意味がない。
どう考えても普通に治しきったほうが良い評価となるわけなのだから。
「セリスさんのご両親が長く調子を崩す、あるいは最悪の事態になって得をする立場。
そんな状況にあの薬師がいる、と。確かに状況は不自然ですね」
僕の説明にマリーは同じく椅子に座りながら思案顔でつぶやく。
彼女は気が付いているかどうかわからないけど、
もしこの話が本当なら大元は……いや、今は憶測だけを重ねるのはよくないね。
部屋をノックする音。
気配からしてセリス君に間違いない。
「戦利品の分配が残ってたって聞きましたけど」
ひょこっと顔を出したのは予想通りのセリス君。
誰か一緒かと思ったけど1人のようだ。
もしカイさんとかが一緒だったらどうしようかと思っていたところだからちょうどいい。
「ちょっといいかな……よし、近くに人はいないね」
セリス君が顔を出している扉に近づき、廊下を見渡す。
同時に廊下の先まで人の気配を探ってみる。
監視があるかと思ったけど、
さすがにこの屋敷じゃおおっぴらにはないようだ。
気配探知やマップにも目立った物は無い。
動いているのはお屋敷を掃除する人等だろう。
「……何か、あったんですね」
僕のそんな態度と、静かにこちらを見るマリーの姿に何かを悟ったらしいセリス君。
小さめの声でのささやきに頷いて椅子に座る。
「セリス君、あの薬師、ゲイルさんはいつからここに勤めてるの?」
「両親が事故にあったのは話しましたよね? その時、馬車で移動中の両親は
がけ崩れに遭遇してしまい、かろうじて救出されましたが丸1日馬車と土砂の中だったそうです。
たまたま近くの街にいた彼と冒険者達が助け出してくれてからの話らしいです」
思い出しながらのセリス君の話に僕とマリーは頷く。
話だけなら、運よく助け出されたというだけで
お互いになんという偶然だろう、という話で終わりそうだ。
「これだけの家ですから、既に1人や2人の薬師はいたのでは?」
「ええ、何年か前までは2人いたそうです。おひとりが引退して、もうおひとりは
事故で残念ながら……旅先で体調を崩してもいけない、と同行したのが仇となりました」
その後も、大体ではあるけど当時の事を聞き出すことが出来た。
ゲイル(敢えてこう呼ぼう)はけが人の治療もしっかりしていたらしい。
しかも薬の料金以外はとらず、その分を救出に来た冒険者にあててくれ、と申し出たそうだ。
意識を取り戻したセリス君の両親はその話に感激し、彼を雇い入れているという状況だ。
「そっか……実はね、さっき飲んでいた薬。あれは普通のじゃないみたいなんだ」
まだ確証はないけども、と前置きして話をする。
段々とセリス君の表情が変わっていくのがわかる。
出来れば彼にはこんな顔はさせたくなかった。
僕もまあ、子供だけどセリス君はもっとこんなことを知らなくてもいい年齢だ。
それでも、同じ修羅場を潜り抜けた……そう、戦友としては言わないわけにはいかなかった。
全部話し終えた時、セリス君は背もたれにもたれかかるようにして天井を見ていた。
「まさか、という思いが一杯です。でも、ファルクさんが嘘を言う必要もありません。
確かに後遺症にしてはポーションの効果後の父の脱力具合は慌てるほどでした。
母は……少し喋るぐらいはできますけど車椅子も辛いほどです。
この話の通りなら、母の方は反動に耐えられていない、と見るべきですか」
一息に言い切るセリス君。
僕の方を見る顔はいつの間にか、男の子の顔になっていた。
僕もマリーと一緒に戦う時、こんな顔が出来ているといいなと思える顔だ。
「恐らく。回復のポーションにはやっぱり種類があってね。1つはよく飲まれる直接の回復薬。
これは器に水を入れるような物で、効果は単純。
もう1つは一時的に器を大きくして入る量を増やす物、今回の物だね。
そして、最後に水の濁りを取るように作用する物で、回復とは厳密には違う物。
効果の大小はあっても大体この3種類なんだ」
僕は両親や冒険者に教わった事、ご先祖様に聞いた話をまとめて説明する。
ヒルオ草やサボタンの体液を使った物は単純な回復薬だ。
3つ目の毒や麻痺を解除したり、体調不良の類を治す物はこれという材料がとくには無い。
それらに効くという物を組み合わせて症状に合わせて使うのだ。
そして、今回の元気の前借ともいえるポーションに使うのは毒だ。
毒となる木の根等をお茶のように使ってそれを薄め、作っていく。
飲めるように加工する際に、独特のにおいがどうしてもしてしまうのが問題だ。
僕も知識と自主訓練でしか知らない段階の薬で、まともにこれを作れるのは薬師として一人前の証。
だからこそ、ゲイルは薬師としては良い腕だと言える。
冒険者向けのこの薬を、一般人用に改良して作れるのだから。
「とりあえず、これを使ったお茶が調子を整える方のポーションになってるから。
旅先で体にいいって手に入れたとか言って、あのポーションより先に飲ませてみて。
出来ればその後、ポーションは飲ませずに確保しておいてほしい」
「了解です。明日にでも親子水入らずで話したい、
ポーションは私が飲ませる、とでもいえばいいでしょう」
僕はアイテムボックスから実家で作っておいたお茶用の草の束を取り出して渡す。
名前はポリーナという花だ。
花と茎部分を専用の薬に漬けた後乾燥させ、お茶として飲むのだ。
ご先祖様はタンポポ?とか呟いていたけどね。
効果はあまり強くなく、どうにも調子が良くないなとか、
二日酔いの時に飲んだりとまあ、体調不良の時全般で効果を発揮する。
僕の想像通りなら、体全体に溜まっているだろうポーションの良くない成分を外に出せるはず。
「たぶん、そのお茶というか簡易ポーションを飲んですぐにお手洗いに行きたくなると思うから
準備だけはしておいてね。そうやって外に出す奴なんだ」
セリス君は真剣な顔で頷き、お茶っぱを仕舞う。
「そういえばこの後、お二人はどうしますか。街に見学に行く時間はあると思いますけど」
「そうだね……せっかくだし見て回るよ。冒険者らしく依頼を探しにね」
含みを持たせた僕の言葉に頷いたセリス君はそのまま部屋を出ていった。
後に残された僕とマリー。
僕達にもやることがあるからね、こうしてはいられない。
「マリー、さっそく僕達も出かけよう」
「はい。でも何をしに?」
僕の言葉に、何か考え事をしていたマリーは顔を上げて問いかけてくる。
言葉通り、依頼を探しに行くとは思っていないようだ。
まだ半年もたっていないのに、僕の事が良くわかっている。
「引退したっていう薬師の人を探すのさ。貴族付じゃなくなっても
街のどこかでまだ仕事をしている可能性は高いからね」
そういって僕はアイテムボックスの中にしまったままの
いくつかの薬草を思い出しながら歩き始める。
怪しまれないように薬師の人と接触しないと……。
僕は出来るだけ今回の話を早めに終わらせるつもりだった。
聞こえる足音は不穏な物より、平和の使者の方がいいもんね。
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