MD2-065「不穏の足音-3」
山越えとなると一番の問題はその登り具合と降る時の速さだ。
登る時には馬が相当頑張らなくちゃいけないし、
逆に降る時に速くなりすぎても危ない。
地面にある石に車輪がぶつかって横転、なんて話はいくらでもあるからね。
街道として整備されているのか、登り始めた道は木々が伐採され、
地面も馬車が余裕で通れるほどの幅がある。
それでもでこぼことした部分はどうしようもなく、
自然と馬車の進みは遅くなることになる。
「うーん……」
「どうした、何かあったか?」
上り坂ということで歩ける人間は馬車から降りている。
僕の歩きながらのつぶやきに、同行している冒険者の1人が話しかけてきた。
明らかに年上で、僕より冒険者になって長そうだけど
彼は気さくに話題を振ってきてくれるので非常に助かっている。
共通の話題とかがなかなか無いからね。
「いえ、いっそのこと前の方で土魔法を撃ちこんで風魔法でならしたら楽かなあ、と」
「なるほど。だがよ、そいつはタダでやるには重労働ってもんだぜ。
第一、魔力を消耗したところで何かあっても動けねえからな。
戻るか、先の街についたらギルドで言ってみろよ。
もしかしたら公共依頼として出てくるかもしれんぞ?」
足元のいくつかの穴を指さしながらの僕の言葉に、
冒険者は思案した後、そう言って提案を返してくれた。
確かに、僕がやるにしても1人では限界があるし、
スキルの効果で多少魔力が回復しやすいとは言え、
街道1本丸々なんてのは無理だ。
「そうですよね……街道の整備みたいな話ですもんね」
「うむ。だが、道中どうにも厄介だなって穴とかにはいいんじゃないか?
俺は魔法がからっきしだけどよ、使えるやつがいるならアリだと思うぜ」
しょぼくれた僕に、冒険者は肩を叩きながらそう励まし(だと思う)を口にして笑う。
(そっか、別に全部やる必要はないんだよね)
当たり前と言えば当たり前の話であり、
気が付けば僕は前へと駆け出し、依頼主達に話を持ち掛ける。
結果として、道中いくつかの大穴や岩を砕いたり、
森魔法で木にどいてもらったりと、思ったより活躍の場は合った。
なんとか日が落ちてくる前に山を越えることに成功し、
僕達は平地へとたどり着く。
そこからでも既に街の灯り、そして炊事の煙などが見える状況だった。
人間不思議な物で、こうなると疲れた体も元気になる物だ。
気のせいか、ホルコーやダンゲルも機嫌がよさそうである。
「みんな、あと少しだ」
夕暮れの太陽が長い長い影を地面に産み出す頃、
僕達は街へとたどり着いた。
「「「乾杯!!」」」
酒場の一角で、いくつもの声と器のぶつかる音がする。
音の原因は僕も参加している今回の面々による宴会だ。
まあ、宴会と言っても主な参加者は冒険者達と
依頼主なんだけどね。
「オークに襲われたときは損害や遅延もやむなし、と覚悟を決めていたが……」
冒険者の代表、マイトさんはそういって冷えたエールが注がれたジョッキを片手にこちらを見る。
「女神様は救いの手を差し伸べてくださった! たまたま同じ方向に向かう人が良すぎる3人組!
こいつはこのまま別れたんじゃ冒険者の何かがへし折れちまうってもんさ」
「おいおいマイト。もう酔っぱらってるのか? 3人に失礼じゃないか」
お酒の場、ということで砕けた口調になった依頼主のハインさんの手にもエールだ。
もう冬も近いというのに2人とも冷えたのでいいんだろうか?
「前にも言われましたよ。お前たちは甘い、すぐに騙されるぞって。
セリス君はこの間一緒に組んだばかりですけどね。
僕とマリーは……まあ、見ないふりってのが出来なくて」
そんな僕の手にも薄めたエールが。
最初はお酒は無しの予定だったのだけど、押し切られた形だ。
この地方じゃ子供でも飲んでいるような物なので
最初は不満そうな2人だったけど、まだ行く先があるからと言ってそこだけは守り切った。
僕の横でセリス君とマリーも各々、飲み物が入ったジョッキを片手に食事を楽しんでいるようだった。
(さてっと……)
何杯目かのエールを飲み干し、周囲もいい具合に盛り上がってるところで
僕は目的のために動き出す。
といっても、大したことじゃない。
隣の、セリス君の実家のことなどで噂を聞こうという訳だ。
『いいじゃないか。冒険者らしい考えだ』
心の中で頷きながら、僕は赤ら顔になってきているマイトさん達へと話を振る。
給仕さんに頼んでエールを小樽で持ってきてもらい、
お酒のツマミとしての馬鹿話の始まりだ。
………
……
…
「ま、噂話の領域は出ねえけどよ。ちいときな臭い。
ジェレミア連合は……まあ、連合の中で演習だとかいっていつも戦ってるからな。
領土より年1回の競技大会の方が重要だろうさ。
問題はこっから先の北や東、そいでもってジェレミアより南だ」
酔っぱらいながらもしっかりとした言葉でそう語ってくれるのは
マイトさんやハインさんではなく、酒場の常連の1人だった。
偶然にも街のギルド員で、仕事終わりに寄ったところ、という話だった。
明日挨拶に行くところだった、という無難なところから始まり、
周辺の情勢を聞いてみたところで思ったより大きな話が出てきたのだ。
「東や南はともかく、北なんていっても氷と雪だけだろう?」
大分酔いが回ったのか、少しろれつが怪しいマインさんの言葉に
ギルドの人は真剣な顔のまま頷く。
「まあ、酒の場で楽しい話ではないのは確かだよ。
その上、有力貴族による別の家の取り込みなんかも続けば気にもするさ」
「その話、詳しくお願いします」
僕は身を乗り出し、減っているジョッキの中身を注ぎながら
氷魔法をやんわりと発動させて中身を冷やす。
わかってるじゃねえか、という視線に頷き返し、話を聞き逃さないように集中する。
話の内容としては、予想とは少し違う物だった。
有力貴族、というのはマリーの実家ではなかったけど、
家同士の力の関係が崩れそうになっている、という物だ。
始まりはとある家が没落し、支援を別の家に受けたという物。
結果としてその支援した側の家がされた側の領土にまで口をだし、
まるで統合されたかのような状態となる。
それ自体は駄目なことではないし、支援を受けた側としては
相手には強く言えず、どうしようもない。
さらには以前より発展しているとなれば陰口もなかなか出ない。
それだけなら大きな話ではないけど、全体で見ると
地方貴族同士の力関係という微妙な物が動いてしまうこととなった。
今度は同じぐらいの両家が敢えて当主同士を結婚させ、
1つの家として王家に届けを出したのだ。
王家としては変わらぬ忠誠を誓えるのであれば断る理由は無いらしい。
僕にはよくわからないけどね。
他にもいくつかの動きの結果、
かなりの数に枝分かれしていた貴族達は
ある程度集約されているのだという。
「よくわかりませんけど、そう悪い話じゃないんですよね?」
「ああ。それだけならな。だがよ坊主。土地ってのは厄介でな。
場所によっちゃ王家も無視できない物ってのがある」
マリーの実家はむしろその流れに乗り遅れているらしいことが分かり、
内心喜んでいた僕の言葉に真剣な声で返事が返って来た。
王家が、偉い人が無視できない……か。
『ほれ、ファルクもいくつか知ってるというか経験してきただろ』
(え? 僕が? ……あっ!)
どこにでもあるようで意外と限られる場所というか土地。
利益を生み出す精霊の恵みとも言い換えられる物。
「鉱山と……ダンジョンですか?」
ギルドの人の頷きが、正解だと何よりも語っていた。
出来れば色々とすんなりと進めたいところだけど、
そうもいかないのが世の中という物らしい。
僕は内心ため息をつきながら、さらなる話を聞き出すことに集中するのだった。
いつの時代も金は世の中の潤滑油ということでしょうか。
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