MD2-043「レベル以上の強さという物-1」
鼻から染み込むように漂う匂い。
その原因は今目の前にいる相手だ。
『こいつらは突進と牙が怖い。だが、それ以外は苦手だ。
そう、曲がるだとか急に止まるといった事がな』
視線は相手から外さず、頭に響く助言に冷静に耳を傾ける。
フゴフゴとよだれ交じりにこちらを睨む四足の獣。
イノジーと呼ばれる獣だ。
このぐらいになると怪物と大差なく、
少数のゴブリンやコボルト等では相手にならず、
下手をするとオークさえ不意打ち気味に突進を食らえば倒されることもあるという。
背丈はじっと武器を構えている僕とほぼ同じ。
つまりは、相当な巨体だ。
(確かにこんなのが出てくるようじゃ畑も怖くて行けないよね)
グラディアから徒歩で1日、と言ったぐらいの距離にある村。
その村から冒険者ギルドに出された依頼の1つがこのイノジー退治だ。
牙には麻痺毒があり、力押しでなぎ倒すかと思いきや
麻痺のからめ手で格上でもひっくり返す。
それがイノジーの怖いところだ。
やや前かがみ、足が掘り返す土が先ほどより少し多い。
(来るっ!)
「ピット!」
魔法発動の手ごたえ。
正確には足の裏を起点に発動したので足ごたえ?とでもいうべきだろうか。
正式な魔法の名前はフールピット。
魔法が誕生した頃の昔々の言い伝えの言葉で愚か者の穴。
つまりは落とし穴だ。
勢いよく蹴り飛ばした時の足裏を起点に僕はその魔法を発動した。
ほぼ同時に迫るイノジーの巨体。
が、その前足は僕のいた場所、魔法で空けられた穴を踏み抜き、
そして前転するように転がっていく。
詠唱や魔法名すら省略しているので、本当なら
後の効果は魔法を使う本人の力量と想像力に影響を受ける。
自分1人なら穴も浅かっただろうが、ご先祖様の補助を受けた今であれば
本来の詠唱の物とそん色ない深さ、広さとなっているのだ。
ずしんと音が聞こえそうな状態でイノジーはその巨体の
お腹を見せるようにして転がった。
「マリー!」
「はいっ、サンダー・スプリット!」
僕の声にかぶせ気味にマリーが答え、最近特に使う機会の多い魔法が彼女の杖から放たれる。
毛の薄い、普段なら隠された場所であるお腹へと
晴天の中の落雷もかくやと瞬きの間に迫り、直撃した。
『威力も上がっているな。これ以上だと他の部位の肉も焦げるかもしれん』
「確かにね……マリー、お疲れ様! 血抜きをしながら回収しよっか」
「ファルクさんもお怪我はないですか?」
2人してずるずると少し開けた場所まで仕留めたイノジーを引っ張り、
切り落とした太めの木の枝などを使って血抜きを始める。
途中で魔法を使って水洗いできるという点で
僕達は狩人の人達よりかなり恵まれているだろう。
「牙も当たらなかったしね。あ、今のうちに牙も折っておかないと……」
イノジーの牙は薬というか色々と使い道があるのだ。
もっとも、一番の目的はそのお肉なんだけどね。
血抜きの間、僕達は今の戦いの反省と今後への話し合いを行う。
「やはり後々を考えると私が火、雷を主に使うと問題が出ますね。
風……と森魔法の訓練が必要でしょうか」
「僕は逆に何をいつ使うかの判断が問題だからねえ」
マリーの使える属性のうち、火と雷は攻撃として非常に優秀だ。
火魔法は威力もさることながら、何かを燃やす、等の効果もあるから
相手をひるませるのに最適だ。
雷魔法はまずはその速さ、そして威力。
火魔法の火球なんかは移動が速い相手には回避されることもあるけど、
雷の射線あたりだと狙いさえ間違えなければまず当たる。
効果範囲が指2本ぐらいなので狙うというのが難しいところだけども。
しかし、この2種の魔法には今回のように倒した相手をどうにか利用する際に
問題が出てしまうことがある。
火は言うまでも無いけど、雷もそれが当たったあたりが焦げるし、
良くわからないけど雷は体や水なんかに伝わって広がるらしく、
今回でいえば腕1つ分ぐらいの範囲は生焼けになっているのだ。
急所だけをどうにかする術を僕達は身に着ける必要があるという訳だね。
まあ、そこそこの品質でも問題ない話であればそこまで気にしないでいいのだけども。
せっかくなら高品質な獲物で気持ちよく依頼は終えたいものである。
「今回のイノジーは風魔法で切り裂くというのが難しいからね。
どうにかしてお腹か、頭を貫ければいいのだけど……なかなかね」
僕のつぶやきにマリーは頷いている。
イノジーの体表の毛皮は非常に丈夫で、さらに油で滑りやすい。
下手に切りかかれば表面を滑るだけで切ることは叶わない。
だからこそこの依頼は適正評価のはずの冒険者達に嫌がられるのだ。
「一部の方を除いて、集団で囲むか罠ぐらいだな、というのが常識みたいですからね」
僕達もご先祖様やベルフさんの意見が無ければ他の依頼を受けていたかもしれない。
イノジーの腹が柔らかいというきっかけと、
魔法を教えてくれた2人に感謝である。
『俺が生きてた頃は魔法の改良や派生は多かったんだけどな。
今は……魔法自体や魔法使い自体の強さは上がったけど
同じような奴らが多いな』
ご先祖様の言うように、今の魔法使いは冒険者ギルド等で
一定の教えを受け、一定の実力を得る、というのが多いみたいだ。
これは悪いことではなくて、戦力として考えやすいということでもあり、
臨時で集まりを作って依頼をこなすにしてもバラツキが出ないということになる。
ってこれはご先祖様や受付のジルさんに聞いた話なんだけどね。
その考えでいうと、師匠について学んだマリーや、
僕なんかは常道から外れた魔法使いということになる。
現に、省略しての詠唱や発動について聞いたときには
先輩魔法使いはあまりいい返事をくれなかったのだ。
「私も弓をもっと覚えないといけませんね。あ、そろそろいいんじゃないですか」
「うん。じゃあ最後に洗ってっと。仕舞うよー」
イノジーの具合を見、僕はマリーにそう断って生き物から獲物になったイノジーを
アイテムボックスに仕舞い込む。
普通の冒険者はこういった獲物を台車やあるいは自力で運ぶ必要があるのだから
僕達の強みはこれだけでも大きいということだ。
そのまま僕達は村に戻る。
村長に報告もしないといけないし、預けたホルコーを返してもらって
グラディアに戻り、イノジーを売らなければ。
行きの時に聞いていた相場から今回の報酬以外の部分、
イノジーのお肉と毛皮の売り上げに楽しみな気持ちを馳せながら
村に戻った僕達を待っていたのは
追加の依頼をお願いしたいという必死な顔の村長らであった。
「ウルフというと、ホーンウルフとかですか?」
「それが良くわからんのだ。無理もないと思って欲しい。
村人が遠目にみかけた、というだけなのだ」
村に戻った僕達を、複数いるらしい怪物のウルフを
退治してくれないかという追加の依頼がまっていた。
依頼自体は場合によって直接されることは良くある話らしい。
もっとも報酬や条件の面でギルドを通していないと
割に合わない、あるいは十分な情報が無く、
騙された形になってしまうということもあり得る。
冒険者ギルドが今ほど大きくなかった頃には
ごく当たり前だった光景らしいけど、
僕にとっては今の冒険者ギルドが普通なので想像がつかない話だ。
ともあれ、マリーと一緒に聞く限りではおかしな話ではない。
ご先祖様も条件付きだけど、と了承しているし問題は少ないだろうと思う。
問題があるとしたら相手の正体はよくわからず、数も不明ということ。
ウルフ型の怪物は数、種類が多い。
住んでいる土地ごとにご当地ウルフがいる、と言われるぐらいだ。
ひとまずはご先祖様の言う条件である依頼として
何かにそれを書き出してもらうことと、
ホルコーの世話と数日分の干し肉などがあればとお願いをしておく。
依頼として書き出すことについては
何に誰が書くかで少し時間を使ってしまったけど、
やはり口約束で過去に問題があったようで思ったよりすんなりと受け入れられた。
他2つは言うまでも無く、と快諾だった。
そして僕達はウルフを目撃したという村人らに事情を聴くことになる。
「木の上を走る……ホーンウルフともグレイウルフとも違うね」
「ええ、ウルフ達は段差を利用することはあっても住む場所は
茂みや大木のそば、盆地等ですし……。普段は地上を走ることはしても
木の上をあちこちに飛んで襲い掛かってくるなんて聞いたことありません」
今日はもう夕暮れが近いということで村に泊まっている僕達は
集まった情報をもとに相手を推測していた。
『逆に心当たりが多すぎて特定できん。悪いな』
(ううん。そういう物だと思うよ、疑えばきりがないしね)
マリーにご先祖様の意見を伝えると、彼女も頷き話し合いは続く。
結論として、ウルフという話自体がそもそも違う可能性がある、というところに至った。
体格や毛並みなどからウルフと思ったが、
他の怪物ではないだろうか、ということだね。
例えばそう……孤高の狩人として有名な怪物。
ティガ種、とかね。
明日も朝から出かけようと決めた後、
2人は早めに就寝することにする。
月明かりの中、僕は手を月の光に透かすようにしながら
ぼんやりとそれを眺める。
目的に近づいているのかそうではないのか。
そんな疑問が浮かんでは消え、そのうちに僕も寝てしまうのだった。




