MD2-041「壁1枚向こう側は何がある?-3」
「おにーちゃん!!」
「わっ!?」
その日、僕達が冒険者ギルドに入った途端、誰かに抱き付かれた。
慌てて下を見ると、覚えのある顔。
「ヤグーじゃないか。どうしたんだ? そんな真っ赤な目をして……」
言いながら、僕は何かが起きたであろうことを悟る。
「お父さんに何かあったの?」
マリーもまた、中腰でヤグーの涙をどこからか取り出した布で拭きながら問いかける。
僕がその間顔を上げてカウンターや室内を見渡すと、
こちらを見るギルドの受付の人達と、
冒険者であろう数名の男性たち。
冒険者の一人は木樽のようなずんぐりむっくりした背格好で妙に目立つ。
………
……
…
「なるほど。帰ってきてないんですね」
「ああ。確かに良い鉱脈に当たった時なんかは籠る時はあるんだが、
昨日はなんだ、誕生日だろ? さすがに戻ってくるはずだ。
朝一番にヤグーが飛び込んできて、どうしたもんかってところだ」
気分的にはなんとかしてあげたいというのはギルドの面々としてはあるけど、
報酬も無いのに冒険者に行ってくれ、というのはできないのは確かだ。
「たまたま俺達は手すきでな。だったらタダでいいから行ってみるか、
とそういう話になったところだ。で、お前たちが昨日、
父親に弁当を届けた冒険者ってことでいいか?」
横合いから話しかけてきた冒険者は一言でいえば、筋肉、だった。
何かの塗料を塗っているのか、真っ黒な革鎧。
それらは体の各所を覆いながら、膨らんでいる。
そう、鍛え上げられた体の邪魔をしないようにと
動きやすさを重視しているようだった。
短く刈られた髪はくせ毛なのか、ツンツンと上を向いている。
元は金髪なのだろうけど、ややくすんでいる。
『なかなかのやり手だな。強いぞ』
ご先祖様がそう言ってくるだけの実力者、ということになれば
筋肉もはったりではないはずだ。
こちらも緊張してしまうところだけど、
挨拶ぐらいはちゃんとしないとね。
「あ、はい。僕はファルク、彼女はマリーです」
「若いが腕は良い。おまけに全属性らしいからな」
受付のおじさん、ジルさんの言葉に目の前の相手は表情を少し変えた。
「……カードは」
「これです。まだE評価ですけどね」
相手の言葉に僕は躊躇せずにカードを差し出し、見てもらった。
途端、相手は何が気に入らなかったのか、
表情を渋くするとカードを受け取ったままジルさんに向き直った。
「確かに若いな。隠すものを隠そうとしない。おい、ちゃんと教えておけよ。
もうすぐD評価への昇格だろう?」
「隠したってどっかから漏れて騒ぎになるさ。
お前さんだってもうすぐBへの挑戦権があるだろうに」
問い詰めるような言葉にジルさんはばつが悪そうな顔で
ごまかすようにそうつぶやいた。
僕には何のことかよくわからないけど、
何かやっちゃったんだろうなということはわかった。
「ったく。おい、ファルクだったな。そっちの嬢ちゃんもだ。
全属性は貴重だ。変に利用されないようにしっかり自覚して……鍛えろ。
ちょっかいを出せば痛い目を見るぞ、ってわからせるようにな。
しかもなんだ、スキルも隠さず。いいか、冒険者にとって情報は命だ。
何かで敵対するかも……」
その後、お説教のような形でのありがたい助言がしばらく続いたのだけど、
泣き止んだヤグーのみんなが行ってくれるの?という言葉に
全員が正気に戻る。
ちらりとマリーを見ると昨日のようにこくりとうなずいてくれる。
「う、うん。僕達はいいよ。後は……」
ジルさんの言葉からして、C評価冒険者の3人が
ついてきてくれるなら非常に心強い。
「ちっ、俺はベルフ。こいつはドゴール。ドワーフの鍛冶師兼戦士だ。
でこっちがミル、短剣使いだ。お前たちは両手剣に杖、魔法か。5人で十分だな」
「僕達はいつでも行けますよ。魔法の袋に大体入ってます。イタッ!!」
熟練者との冒険はいい経験だ、と内心喜んでいた僕に
ベルフさんのげんこつが襲い掛かる。
思わず頭を抱える僕だけど、ベルフさんは構わずに
僕の腕をつかんだまま歩き出した。
慌てて一緒に外へと歩き出す。
「ベルフ、そろそろいいんじゃないのかい?」
「同感だ。若いのが歩きづらそうだぞ」
腕をつかまれ、歩きにくい状態のまま
昨日の鉱山への道を歩いていた僕に
ずっと静かだったベルフさんの同行者2人、
ミルさんとドゴールさんが口を開いた。
「……まあ、そうだな。まったく噂の新人がお前たちだとはな。
嬢ちゃんはわかってるようだが、ファルク。もっと鍛えろ。
Cとは言わんがDに上がってしっかりとな。わざと目立っておいて
襲われる機会を抑える。作戦としちゃあ悪くない、悪くないが……。
逆に言えば格上からすりゃ後の事さえ考えればなんとかなる、って
言いふらしてるようなもんだ」
「確かに、そうですよね……浅はかでした」
口調は強いけど、僕達のことを心配してくれるのを感じた僕は
歩いたまま、そう頭を下げた。
「ファルクさんは優しいですからね」
「うぐっ」
こんな時ばかりはマリーの気遣いが逆に男心にぐさっとくるのである。
何が面白かったのか、ベルフさんたちは笑い出し、
それは鉱山への道の途中、何度も繰り返されるのだった。
そうして、僕達は鉱山の入り口にやってくる。
「そういえば、昨日はスライムがまったくいなかったって?」
「はい。ヤグーのお父さんの護衛の人達もおかしいって言ってましたね」
突入の準備にと隊列の確認などをしながらの中、
ミルさんがランタンの準備をしながら聞いてくる。
ミルさん、おしゃべりが好きそうなのに意外と静かに黙ったままが多いんだよね。
「なるほどね。同じ原因なのか全く別なのか。ドゴールはどう思う?」
「見ないとなんともな。だがここは良い山だ。そうなるとまったくいないというのはおかしい。
どこかにスライム共が集まるような何かがあるのかあるいは……」
「いきゃあわかる。よし、行くぞ」
斥候も兼ねているらしいミルさんを先頭に、
僕達は鉱山へと進む。
「確かに何もいないね。静かなもんだ」
「ふむ……この辺はスライムが出てきておらんようだの」
拍子抜け、と肩をすくめるミルさんに
誰かが掘った後であろう屑岩がそのままなのを確かめるドゴールさん。
魔法の灯りを遠くに飛ばし、僕達が先や後ろを確認している間に
2人は何かの痕跡が無いかを確認しているようだった。
「昨日と変わってないですね」
「うん。横穴はこうだったよね」
マリーの言うように、昨日帰る時に目に入った光景とほとんど変わりない。
ベルフさんは戦闘担当、と言わんばかりに立ったままだ。
「ファルク。昨日父親がいたという場所まで急ぐぞ。案内しろ」
「了解です。こっちですよ」
何かの結論がベルフさんの中で出たのか、
先を急ぐように言われ、僕達は駆け足ほどの速さで動き出す。
そうしてしばらく後、昨日の現場にたどり着く。
着いたのだが……。
「あの穴は昨日は無かったです」
僕が指さす先、ヤグーのお父さんたちがいた場所より
少し進んだと思われる場所にぽっかりと穴が開いており、向こう側は暗闇だ。
「一晩で掘ったにしては小さいね。というより掘ったら崩れましたってとこかな?」
「であろうな。この山に限らんが掘った壁一枚向こうに穴があったというのはよくあることだ」
5人そろって周囲を警戒しながら穴に近づく。
と、良く見ると穴の周囲に荷物がいくつも残っている。
「これ、ヤグーのお父さんの背負い袋です。昨日見ました」
「ええ、ファルクさんのいうように私も見ました。間違いないです」
その中の1つ、ヤグーの父親がお弁当箱を仕舞い込んだ袋を僕は手にした。
中を見ればそこには昨日渡したはずのお弁当箱。
それを取り出してみればベルフさん達も頷いて次に穴に目を向けた。
「何かがあってどこかに逃げたか、あるいは……」
穴に飛び込んだか、という言葉をベルフさんは飲み込んだ。
穴に近づいて覗き込むと、穴の向こうには川があった。
といっても流れ自体は細く、畑の畝ほどの太さ。
問題はその向こう側に広がる土手のような部分だ。
土というより細かな砂利というべき物があるということは
長い間向こう側はこういった空間だったということになる。
「向こうには渡れそう……ん? ベルフさん!」
魔法の灯りを向こう側に打ち出した僕はある物を見つける。
「なんだ? ん、なるほどな。足跡か。ミル、新しいように見えるがどうだ」
「ちょーっと待ってよ。ああ、うん。誰のかはわからないけど、最近のだ」
そう、川の向こう側にある砂利にいくつもの足跡があったのだ。
こちら側に残っている荷物の中には採掘に使うであろう物も
いくつかあったけど、きっとあるであろう物、はない。
例えば掘るためのツルハシであったり、何かと使うであろう布袋、ロープなどだ。
「確かにこういう川沿いには良い鉱脈が露出してたりするがのう。
仮にも採掘を生業にするものが安易に乗り込むとは考えにくい。
……ほれ、証拠があったぞい」
ドゴールさんの指さす先、そこには粘着質の何かが這ったような光る道があった。
「このべたべたした感じは……スライム……」
マリーの声が妙に響いた気がした。
べルフさん達と立てた仮説はこうだ。
まず、ヤグーの父親達は昼食後の採掘であの穴を見つけたというか、
穴を開けてしまった。
向こう側を覗くと川、そして歩けそうな地形があった。
少し確認をしよう、となったのであろう。
これは自然なことだ。
なんでもこういう川は岩を削り、
ジガン鉱石や金銀等の鉱石類を避けるように侵食していくのだという。
あるいは途中の流れのよどみに削り出されたそれらの鉱石がたまることがあるのだとか。
どちらにせよ、鉱脈があれば掘りやすい部分が露出、
あるいは拾うだけで儲けもの、となるのだ。
そんな鉱山の中に現れた川であるからには
確認をするのが採掘師の性という物。
警戒しながらも踏み込んだ後、何かを見つけたのだ。
それは儲けになるような良い鉱脈か、スライム。
あるいはスライム以外にもいたかもしれない。
今のところ、スライムの痕跡が見つかってるだけだからね。
そしてどちらにせよ脅威は入り口が塞がれるような形で現れた。
「ジルに聞いた限りじゃ護衛の冒険者の腕は悪くねえ。
父親とは何回も組んでるらしいから、不慣れってことも考えにくい。
つーことはだ。よっぽどの相手とここで出会ったか、
そもそも奥に進んでいってから出会ったか、だ。
恐らくは後者だな。じゃなきゃよっぽどの奇襲でなければ
ここで戦うか穴の向こうに飛び込もうとした痕跡があるはずだ」
ベルフさんに言われて足跡を確認すると、確かに急いでいるような
物ではなく、規則正しく……という印象を受けた。
川で足を滑らせたりして転がらないようにと
ミルさんとマリー、僕とドゴールさんとで互いをロープで結ぶ。
誰かいないか、と声を出して呼び掛けたいところだけど
敢えて大声は出さない。
場合によってはその声で状況を刺激してしまうかもしれないからだ。
足元に気を付けながら、ゆっくりと下流へと進む。
警戒しながらなのでどれぐらい進んだのかが
わかりにくいのだけど、結構進んだ気がする。
いくつもの曲がり角を進み、川の水音と自分たちの足音、
時折当たってしまう装備が経てる音だけが聞こえる。
と、その時だ。
『何かの気配だ。思ったより近いか?』
「! ベルフさん、気配がします」
真っ暗な部分ばかりだった虚空の地図に、小さな丸が複数。
スキルを意識してそちらだけを探れば確かに人の気配だった。
「む? よく見つけたな。最悪でも1人は生きてるってこった。
いつでも魔法を撃つ準備をしておけ。駆け込むぞ」
気配の場所へはそう遠くない距離だ。
ベルフさんもそれを感じたのか、安全を重視、から
急ぐ形へと切り替え、僕達は駆け足気味に動き出す。
すぐに聞こえてくるのは何かがぶつかり合うような音。
そして悲鳴染みた叫び声。
視界に僕達以外の誰かが生み出したであろう灯りが現れる。
そこに駆けつけた僕達が見た物は、
巨大なスライムに片腕が飲まれた直後の冒険者だった。
「風だ!」
「「ウィンドバレット!!」」
ベルフさんの指示に、僕とマリーの声が重なる。
2人の手から飛び出した不可視の風の力がスライムへと迫り、
丁度冒険者を捉えた付近をまとめて吹き飛ばすことに成功する。
救出作戦の始まりだ。
最初はスライムの中に冒険者らしき何かが浮いている、
とかしてたんですがややマイルドに。




