MD2-004「ランド迷宮初層-1」
「あ、あの。冒険者登録に……」
建物の中にいた明らかに冒険者らしい人たちの視線を浴びながら、
僕は我ながら見事なまでにおどおどとした様子で
カウンターにいる女性に声をかける。
「え? ああ、そうですよね。依頼人があんな入り方しませんよね」
すいません、変な入り方で。
僕の声にはっとなった女性はカウンターに置いてある紙の束から
一番上の1枚を手にし、僕へと差し出す。
「記入はできますか? 一応代筆もやってますけど」
「たぶん、大丈夫です」
ちらりと、渡された紙の中身を見る限りでは何かの問題集という訳でも無く、
登録に必要なのであろう項目ばかりだった。
これでも親の代わりに店番をしていた身である。
計算や日々の記録も自分がやっていたのだ。
名前や出身等を書いていき、自薦ではあるが得意な武器等を書いていく。
武器は長剣でいいかな? 他に持ってないし。
魔法は独学で少々、としておこう。
「はい、これで大丈夫です。あら、魔法も行けるのでしたらこれに手を乗せてもらえますか?」
言葉と共にカウンターにある何かの台座に置かれたのは赤ん坊の頭ほどの水晶球。
ただし、最初に女性が出そうとしたものとは別の物だ。
「これは?」
わざわざ別の物を取り出したということは何か違いがあるのだろうけど、
僕にはイマイチ違いが判らない。
ただの水晶球に見えるんだけど……。
「マジカル測定球くんです。さっき私が出そうとしたのはビギナー測定球くんといいます。
魔法を使うには才能がいるので、もう魔法に目覚めてる人はこっちを使うんですよ。
えっと、これを使うとその人が強くなれるかもしれない可能性がわかります」
(なれるかもしれない、と可能性が、ってものすごいあやふやなような?)
疑問を頭に浮かべながらも拒否する理由は特にないので僕は徐に
マジカル測定球くんに手を乗せる。
瞬間、視界が焼けた。
「まぶしっ!」
「きゃっ」
『しまった。これがあったんだった!』
思わずの叫びを上書きするかのように頭の中でファクトじいちゃんの声が響く。
口ぶりからするとこれのことを知っていたみたいだ。
僕は両目をふさぐように手をやり、よろめいて水晶球に腕が当たったような感触があった。
するとどういうわけだか光は収まり、まだ視界が変だが平穏が戻ってきたようだった。
気が付けば周囲が騒がしい。
今の光のせいだろうか?
『間違いないな。おい、故障じゃないかとかいってもう一回やらせてもらえ。今度は大丈夫だ』
「あ、あの」
「は!? はい、なんでしょう!」
カウンターの女性も光にやられたのか、ひどい顔だが
僕が声をかけると仕事を思い出したように姿勢が整う。
すごい根性なのではないだろうか?
「何かの故障ですかね? もう一回やってみても?」
「え、ええ。そうしてください。全属性が良適正の白、しかもあれだけの光なんて……」
女性のつぶやきの中身に僕は内心顔を引きつらせながら、
そっとご先祖様を信じて手を置く。
今度は目が焼かれることは無かった。
やや桃色の、明るいがまぶしくないほどの光だった。
『よし、一時的に俺とのつながりを薄めたんだ。これが今のお前自身の評価ってやつだな』
「えーっと、火を中心に他の属性も苦手ではないようですね。かなり希少ですよ。
明るさも悪くない。努力のし甲斐ありってところですね」
落ち着いてきたのか、女性はそんな口調で何やら紙に書いている。
背後の冒険者達も、先ほどの光がマジカル測定球くんの誤動作ということで
納得したのか、また思い思いの会話に戻っている。
「それで、強くなれるかもしれない可能性というのは?」
「あー、そうですね。これでわかるのは本当に可能性、なんですよ。
必ず冒険者として役に立つ成長が保証されるわけじゃないんです。
過去には水に特化した反応の人もいましたが攻撃には使えず、
砂漠地帯で水を供給する仕事で大儲けしてる人もいますよ」
なんでも手を触れた入れ物に水が沸き立つ特殊な魔法を
覚えることが出来たとのこと。
入れ物の大きさに上限は無く、地上に掘ったため池用の穴でも
入れ物と判断され水を湧き立たせたとか。
『上手く使えば洪水で一網打尽、という使い方も出来たかもしれないが、
確かに使いにくい能力だな』
僕は女性とご先祖様両方の話に頷く。
しばらくして、女性が差し出してきたのは金属製の板。
「身分証明か何かですか?」
「ええ、そうです。他の土地に行くと詳細はわかりませんが、
この土地で冒険者をしていたこと、依頼の達成回数なんかが記録されます。
さすがに離れた場所で詳細な情報を確認することは難しいので、
かなり簡易な物となりますけど」
それでも自分が何者か、を証明できるというのはすごいことだなと感じた。
入り口から差し込む光が、出来立ての僕の冒険者証を照らす。
「あちらの掲示板には冒険者あての依頼が貼り出されています。
ギルド経由ではありますが、依頼を出す側がその話に詳しいとは限りません。
達成が非常に困難であったり、割に合わない物もあるかもしれませんので
十分注意してください」
「何か罰則とかはないんですか?」
見える限りでも依頼の数は多い。
これだけあると未達成、あるいは踏み倒す相手もいそうだけど……。
「そうですね。頼む側はギルドに前金を預けますから、何かあればそれがまるまる損になりますね。
冒険者側もただの未達成はともかく、おかしいことをしたらギルドに出入りできなくなります。
他の土地で心機一転、というのも出来なくはないでしょうけど
やっちゃう人はどこでもやっちゃいますから遅かれ早かれダメなんじゃないかなと」
その言葉に頷きながら、そのほか禁止事項、
極当たり前の殺人や強盗等の犯罪関係の話などを含め、
大雑把にだが注意点を聞くことが出来た。
『いい感じにルールが残ってるな、よしよし』
ファクトじいちゃんの時代と大きく変わらないのか、
響く声はかなり満足そうであった。
「それと、一応冒険者には評価の段階というか、そう言ったものがあります。
ざっくりいくとFからAAAです。ここに指名依頼だとかも重なりますが
それは後からでもいいでしょうね」
「じゃあ僕はFからで、無事にこなせば上がっていく、と」
非常にわかりやすい段階設定に念のための確認をし、
さっそくやれそうな依頼が無いかを確認すべく掲示板に向かおうとした時のことだ。
「セシリー! レア物はどこ!?」
乱暴に扉を開ける音が響き、ほぼ同時に
建物の中に女性の声が響き渡った。
入ってきたのは恐らく20歳は超え、成人しているであろう冒険者姿の女性だった。
『ほう、ミスリルの軽鎧に下は魔力を感じる毛皮の加工品。
武器は恐らく銀を含んだ両手剣に魔法媒体の杖もあるじゃないか』
綺麗だな、とだけ思っている僕の頭にはご先祖様の素早すぎる目利きの声。
僕の目を通して何かスキルでも発動してるんだろうか?
そもそもご先祖様は自分だけで周囲が見えるのか?
そんな疑問に声が答える前に、
カウンターに歩み寄った女性が先ほどの受付の女性、彼女の言葉から
セシリーさんだとわかった相手に詰め寄っている。
「フローラ、光らせたのはあの子だけど、故障よ故障。その後は希少だけど稀にあるぐらいだったもの」
そのあたりは秘密にする情報という訳ではないのだろうか?
あっさりと口を割ったセシリーさんの言葉に
飛び込んできた女性の顔がこちらを向く。
まるで獲物を見つけた狩人のようだった。
いつのまにか会話を止めた冒険者達の視線を感じながら、
僕は動くことも出来ずに固まっていた。
こんな時に限ってご先祖様は何も言ってくれない。
『馬鹿言うな、見守ってるさ』
(あの、それって何もしないってことでしょ?)
頭の中でそんなやり取りがあることを知らないであろう女性、
フローラさんは素早く僕の目の前まで来ると
上から下まで何かを計るように顔を動かす。
あ、香水かな? 良い匂いがする。
『そう言いながらお前も案外余裕じゃないか』
これは衝撃に動けないだけです、っと。
「ふむふむ。確かに変な癖はついていなさそうな駆け出しってところね。
キミ、名前は?」
「え? あ、ファルクです。村から出てきたばかりなんです」
腰まで伸びた銀色の長髪に、きりっとした瞳。
鎧に潰されているのか体格に合わせているのか、
体系的にはすらっとしたという表現が似合うのだろうけど、
女性に慣れていない僕にとってはどきどきしてしまう距離だ。
「そっか。よし、この後どうせ冒険の準備か最初の依頼の吟味でしょ?
お姉さんが付き合ってあげよう」
「え、いいんですか?」
正直、話の展開が急ではあるが非常にありがたい。
ファクトじいちゃんに教わりながらでもいいのだけど、
年月の差はどこに出てくるかわからないし、
新人のはずなのにあれこれ知ってるように動くのも変だなと思っていたのだ。
『うんうん。そうしてもらえ』
頭の中も大賛成であった。
何よりもこんな綺麗なお姉さんと過ごせるのだ。
それだけでも楽しそうだ。
「おい、絶壁に捕まってるぜ」
「馬鹿、聞こえるぞ」
いつのまにか騒ぎが戻っていた中、
そんな言葉が耳に飛び込んできたかと思うと目の前の人物は別人になっていた。
僕にもわかるほどの気迫、いや、これが殺気という奴か?
「今、絶壁っていったのはどっち? お姉さんに教えてほしいな」
「馬鹿言うな、おれの方が年上っ」
瞬きの間に、フローラさんはぼやいた男の目の前におり、
こぶしをその顔へと突き出していた。
思わず言葉が止まってしまうほどの芸当だ。
「いいのよ? このまま貴方の顔がつぶれて平たくなっても。
それに、私はまだ成長するのよ!」
フローラさんが自分の鎧の胸元をぺんぺんと叩きながら真剣な声を出すのを
僕は茫然として見ていた。
『なるほど……大きければいいってものじゃないのにな』
どうやらご先祖様は何がどうなったかわかっているようだが
僕にはさっぱりであった。
そんな僕の状況に気が付いたのか、フローラさんは
真っ赤になって僕の元に戻ってくる。
「ごめんなさいね。さ、行きましょ」
そういって僕の手を取り、フローラさんは歩き出す。
「え?」
思ったより、いや、遥かに強い力に逆らえずに
僕はそのままギルドの扉を出てしまうのであった。
「さ、まずは実力が見たいもの。実戦よ」
「えええ!?」
僕は二重に驚いていた。
1つは何か道具を買い込むでも、依頼を見繕うでもなくいきなりダンジョンで実戦だということ。
そしてもう1つは、肝心のダンジョンが徒歩ですぐの場所にあることだった。
小高い丘のふもとにぽっかりと空いた穴。
それが入り口だった。
「大丈夫大丈夫。ここは簡単だから!」
どこか軽い、安心できるような不安なようなフローラさんに押され、
僕はあっさりとダンジョンに初突入を果たすのだった。
Cは普通でDから苦手という段階で
最初の光の時は適正ALLでS、二回目はAが1つに他C、みたいな。




