MD2-036「グリーングリーン-6」
目の前の驚くしかない光景と、
突然の復活ともいうべきご先祖様の声。
何にどう声をかけるべきか悩んでも仕方がないと思う。
ひとまず僕は頭の中に響く方から片づけることにした。
(今まで何してたの?)
『せっかくエルフの里に来たからな。よりファルクの役に立つようにと
俺自身を色々と調整をしていた。なかなかうまくいかなくてなあ』
聞こえる声は結構疲れた感じだ。
というか調整って……やっぱりただ魔道具に宿った意志、ってわけじゃないんだ。
ますます不思議だけど、今は目の前の状況も大事だ。
(なんとかなりそう?)
『ひとまずの問題はこのままだと穴が塞げないことじゃないだろうか』
言われてそちらに視線を向けると、
確かに大きく割れたままの、森の結界。
気のせいか徐々に広がってるような?
「あれ、広がってます?」
「はっ! 二人とも!」
僕の指摘に、エメーナさんは慌てて姿勢を正すと
後ろに待機したままのエルフさん2人に声をかける。
こちらも正気に戻ったように首を振ると、
何事かを唱え始めた。
それは魔法だったようで、2人から魔力が立ち上ったかと思うと
何かよくわからない煙のような物が穴に伸び、徐々にふさがり始める。
「このままだとあの地竜が邪魔……っぽいです?」
まだ少し震えているマリーの声に
僕も地竜2匹を見るが見事に穴をまたいでいる。
どちらも移動させるには苦労しそうな巨体だ。
「確かに私たちで運ぶのは厳しいね」
サフィリアさんが答えながら
既に息絶えている様子の地竜に触れる。
倒れていてもサフィリアさんほどある巨体は迫力が……あれ?
僕は改めて地竜を見る。
4本の足で素早く走れそうな太い足、
やや平べったい特徴的な頭。
倒れこんでも見える立派な尻尾。
間違いなく話だけだけど聞いていた地竜だ。
でも……僕が聞いた地竜の話は、
大人4人はありそうな高さで走ってくるという物だ。
こうして倒れていたとしても大人2人分は高さがあるはず……だ。
そうなると……。
「えーっと、これ、子供じゃないですか?」
「なのかな?」
マリーの疑問交じりの答えが正解のようだった。
改めて見てみれば、鱗はともかく
爪や顔つきもどことなく、若い。
兄弟かどうかは別として、どちらも地竜の子供だ。
「でも運ぶには里から人を呼ばないと……とんでもないね」
地竜も竜種だ。
2匹いればたとえ子供だとしても
素材としてはかなりの価値を持つはずだ。
これが親ともなればそれぞれの素材の価値も……。
(……親ともなれば?)
『あり得るな。というよりその可能性が高そうだ』
唐突に僕の頭に嫌な考えが浮かび、
ご先祖様がそれに追従する。
そう、子供がいるなら親がいる。
それが世の中だ。
「この大きさは…子供だって言ってましたよね。そうなると……親はどこに?」
僕のつぶやきに、エメーナさんまでもがぎょっとした様子で
地竜と、穴と、僕とを視線を行き来させる。
「なんてこと……結界はともかく、中に入られたら止めるのは難しいわ」
「ちょっとひとっ走り行ってきますよ。なんとかしないと」
地竜の成体の力を知っているのか、
エメーナさんは青ざめている。
それはどちらかと言えば里に入られてしまった際の
他のエルフへの被害を心配しているようだった。
サフィリアさんも里に一度戻ろうと駆け出す準備をしている。
悩む僕の頭に、ご先祖様からの何かが流れ込んでくる。
これはアイテムボックスの利用方法?
「サフィリアさん、僕の腕輪に手を!」
その内容を理解するや否や、僕はそう叫んで片方の手を地竜に添えていた。
「何をどうするんだい?」
「魔力を共有化してアイテムボックスに無理やり入れてすぐに後ろに出します。
魔法使いが何人も集まって魔法を合わせて撃つような物です」
試しに2人の間で魔力を通すことを試す。
ご先祖様の補助の性か、思ったよりも順調に魔力が動き、
2人の間をなんともいえないくすぐったさで行き来する。
「これは……エルフでも熟練者じゃないと難しい技を……。
できるのかい?」
「正直、わかりません。でもやらないといけないことですから」
僕はサフィリアさんにそう強く答え、
そばにいるマリーに顔を向ける。
「マリーはいざというときに備えて。
最悪、風の魔法で僕達を吹き飛ばすぐらいの勢いで魔法を撃ってくれればいいよ」
「ダンジョンの時みたいに気絶しちゃだめですよ?」
笑いながら、マリーはエメーナさんたちのそばに移動し、
杖に意識を集中し始めた。
僕もまた、地竜に触っている部分と腕輪ごと
僕の腕をつかんでいるサフィリアさんに集中する。
僕の中にサフィリアさんから流れる川のように
次々と魔力が動くのがわかる。
と、どこからか強烈な気配と、感情のこもった咆哮が聞こえる。
「これは…間違いありませんね。親が偶然……いえ、
見せつけながら運んできた、というのが自然ですか」
硬いエメーナさんの声。
その中身は言われてみれば確かに一番あり得る物だった。
そうなると、ここに地竜を投げつけたあの気配は
それだけ頭が良いということになる。
意識してこんなことが出来る相手、一体どんな相手なのか。
出来れば理由を知りたいところだけど、今は目の前の地竜だ。
『さすがエルフ。単位時間での出力は敵わんな』
感心した様子のご先祖様の謎の言葉を問いただす前に
僕の体へと腕輪を通じて流れ込む魔力。
アイテムボックスに意識を向けると、
どこまでも続きそうなひどく大きな穴が頭に浮かんだ。
(これなら……!)
「ていっ!」
短い掛け声。
結果として、あっさりと作戦は成功した。
ずぼっといれてはすぐに吐き出すだけだ。
1匹目を終え、2匹目に取り掛かる。
ただ入れて出すだけ。
それでも無理してるということなのか、体中から
ごっそりと何かが抜け、疲労が襲い掛かる。
「やったね。ファルク君、成功だよ」
サフィリアさんの言う通り、無事に2匹の地竜を
穴をまたぐ位置から僕達の後ろへと移動させることに成功したのだ。
後は穴をふさぐだけ。
瞬間、視線の先で森が吹き飛ぶ。
煙の合間に見えた明らかな巨体。
そして咆哮。
地竜の親だ!
「近すぎる。このままじゃ!」
僕が叫ぶまでもなく、サフィリアさんは槍を構えているし、
結界の穴をふさぐ2人も先ほど以上に真剣な顔だ。
マリーもまた、杖を構えて穴の向こうを睨む。
どれほどの時間がたっただろうか?
沈黙が周囲を満たしてすぐ、
濃密な気配が穴のすぐ向こうに現れる。
無理にでも何か攻撃を叩き込まないと、と僕が思った時だ。
すっと、滑らかな動作でエメーナさんが前に立った。
その手にはいつの間にか、歴史を感じる両手杖。
先端の石がまぶしいほどに緑の光りを放つ。
「それは壁、それは家。顕現せよ、鉄壁の森林!」
エメーナさんの体から、スキルなしでも見えそうなほどの魔力が噴き出す。
それは緑色の光となり、エメーナさんと
穴から顔を出した地竜との間に壁を作った。
巨木が無数に折り重なったような壁は
地竜の突撃を受け止める。
衝突、そして爆音。
僕やマリーはとっさに身構えるが、
エメーナさんは無事なまま、杖を構えている。
『今のは言うなれば森の魔法の最上位だ。使い手は5人もいまい……』
ご先祖様の感嘆の声。
僕もまた、目の前で繰り広げられる光景に目を奪われていた。
「これは……サフィリア、いけそうですか?」
「何とかやってみます」
悔しさをにじませるエメーナさんの声に
そちらを向けば、その頬にはうっすらと汗。
「ファルク君、こいつは思ったより成熟した相手だ。
私はこれからなんとか追い帰そうと思う。
逃げるなら今のうちに……いいのかい?」
覚悟した表情で口を開いたサフィリアさんの横に
僕は長剣を構えて並び立つ。
マリーもまた、笑みを浮かべて反対側に。
「ここで逃げるなんてできませんよ」
「まったくです。さあ、やりましょう!」
恐らくは、いや、間違いなく無謀な戦いが始まる。
飛び交う魔法。
轟音と共にめくれるようにはじける地面。
僕達の必死の攻撃も地竜にはいまいち効いていなさそうだ。
代わりに相手の攻撃は当然のごとく一撃必殺。
当たれば誰もがそのまま終わりだろう。
ふさがりつつある結界と、
展開され続けるエメーナさんの魔法に
地竜は動きを制限され、
僅かな隙間から上半身だけを出して襲い掛かってくる。
その顔は僕から見ても怒りそのもの、だ。
後ろに倒れたままの地竜の親に違いない。
仮に2匹を返したとしても、相手は止まらないだろう。
どうせこっちが殺したと思われているだろうからだ。
しかし、このままではじり貧もいいところだ。
どうにかしなくては……でもどうしたら?
『1つ、なんとかできるかもしれん。俺が生前使っていた奥の手だ。
駆け出しでも熟練でもやれる手だが……今のファルクに制御が出来るか……』
(あるならやろう。教えて!)
珍しく迷いが強いご先祖様の声。
でも僕はその話に飛びついた。
絶対に無理、なら言ってこないはずだという信頼と共に。
『わかった。説明するよりこのほうが速いな』
そして魔法を覚えた時のように、僕の中に何かが流れ込んでくる。
その利点、そして逆に問題になるであろうことも。
「サフィリアさん、マリー! ちょこっとだけ時間頂戴! なんとかする!」
「なんだって?……よし、友を信じることにするよ」
「わかりました!」
僕の叫びに2人は頷いてくれ、
サフィリアさんが地竜に駆け寄りわざと攻撃を誘う。
そしてマリーが魔法で土を舞い上げ、
その視界をふさぐ。
僕は数歩下がり、深呼吸。
「ふう……」
背中にエメーナさん達の視線も感じるが今は無視だ。
腕輪に、そして自分の体に意識を集中する。
ご先祖様から教えてもらった奥の手。
かつての英雄たちが幼いころから使っていたという
女神様の祝福による逆転の一手。
まずは1つ違う自分になる。
「精霊よ、我と共に在れ。ウェイクアップ!」
ほのかに自分の体を光が覆うのがわかる。
これはきっと僕の可能性。
頑張って強くなればこうなれるよ、という未来。
きっと、無理の様でも何かできる気がした。
現にそう、いつの間にか足元には人影。
エルフの里で見た古の意志。
声は聞こえないけど、励まされた気がした。
そして1つの魔法を教えてもらう。
元気を胸に、本番。
「巡れ……廻れ……回れ……マテリアル……ドライブ!!」
その瞬間、僕は世界と1つになった。
あふれ出そうになる力を抑え込みながら駆け出す。
目指す先は地竜、その鼻先。
「ファルクさん!?」
マリーの叫びを耳に、僕は右手をそのまま突き出すと、地竜の鼻先に触れる。
思ったより湿ってるな、そんな感想が頭をよぎりながら僕は力ある言葉を口にする。
「フォレストバンカー!」
緑の、森の力を借りた近距離魔法。焦がすように相手を焼き尽くすレッドバンカーと違って、これは太い丸太を杭にしたような何かが生み出され、直撃する。
最初はレッドバンカーの予定だったのだけれども、
古の意志から伝えられたのはこちらの魔法だった。
一発でも普通の相手なら十分すぎる威力のはずだけど、
相手は地竜、しかも成体の親。
僅かに音が響き、衝撃を与えるだけだった。
地竜が、笑った気がした。
でも、僕も笑い返す。
余裕そうな地竜の表情がゆがんだ気がした。
その理由は、詠唱もそこそこに連続で繰り出されるフォレストバンカーにあった。
無数の、勢いのある杭。
それが連続で叩き込まれるのだ。
マテリアルドライブ、ご先祖様の切り札は
一定時間、特定のスキルや魔法を撃ち放題、というものだ。
そう、次の発動前に必要な時間すら無視して、だ。
結果として、無数の杭が地竜に向かっているわけだ。
でも、僕の魔力はまだまだ小さい物だ、
そして使える魔法も、その魔力に比例して威力はすごい高いということは無い。
それでも火の系統が何かを燃やすように、
この魔法は相手に杭が刺さる以外に影響を与える。
巨大な何かがぶつかるという衝撃を、だ。
「くううう!」
轟音が続き、僕は後ろにじわりと押し出される。
地竜にフォレストバンカーがぶつかるたびに
僕へも反動が来ているのだ。
(でも、相手も押し出されている!)
僕の視線の先で、最初は鼻先に当たっていた杭が
相手の顔が上がるとともに首、首元、ときて胸元に当たり続けている。
事前の説明通り、確実に減るこの不思議な時間の限界までの時間。
耳が痛いほどの連続音の後、
長いような短いような時間の果てに地竜が浮いた。
そう、地面にしっかりと立っていた相手が浮いたのだ。
「そこだぁあああ!」
僕は叫びと共に気合を振り絞って手に力を籠める。
それに答えるように産まれるのは一際大きな杭。
一番の手ごたえを感じたのはきっと気のせいではない。
その証拠に、まるでひっくり返るかのように
地竜が吹き飛んでいく。
「今です!」
エメーナさんの声と同時に一気に結界が閉じるのが見える。
そして、突然の静寂。
あたりには僕を含めて荒い吐息だけが聞こえる。
「終わった……んですか?」
呆然としたマリーの声に、
僕も終わったんだろうか、と一人つぶやく。
「ええ、元々ここに穴や入り口はありませんでした。
これで、終わりですよ」
ほっとした様子のエメーナさんの声を聞きながら、
僕はあおむけに倒れたかと思うと気絶するように意識を閉ざしてしまうのだった。




