MD2-033「グリーングリーン-3」
お話自体はあんまり進みません。
「う……わぁ……」
僕のその声がどこまでも飛び、溶けていくような気がした。
きっと隣にいるマリーも同じような顔をしていることだろう。
気配からして、入る前と同じ状態に感じるホルコーのほうがおかしいのだ、うん。
前に立つサフィリアさんは柔らかい笑みを浮かべている。
それが僕達が驚いていることへの笑みなのか、
故郷に帰ってきたからなのかはわからない。
エルフは森と共に生き、森と共に眠るという。
であればそう。
ここはもう、エルフの里の中なのだ。
里に行けるという転送柱の1つの前に立った僕達は
サフィリアさんに言われるままにその柱、
言われないと見落としてしまいそうな人一人ほどの大きさの真っ白な柱に触る。
銀貨を支払って利用が可能だという転送柱、門と比べると
随分と簡易というか、武骨というか、無駄な物を排除した印象を受けた。
「これらはもう何百年も前どころかそれより前からあるらしいからね。
古めかしい、というべきなのかもしれない」
僕は思わず感想を口にしていたようで、
サフィリアさんがそう言いながら笑って柱を撫でた。
「じゃ、行こうか。ホルコーもこっちに、どこでもいいから触れさせておいて」
「わかりました。ほら、おいで」
大人しいホルコーの首の後ろを撫でるようにして
頬ずりをするように柱に触れさせる。
そして何事かを呟いた後、足元の地面が無くなるような不思議な感覚が僕達を包む。
(あれ……? これ……)
その感覚に覚えがあった僕が疑問を口に出す前に、
驚きの光景、エルフの里の光景が飛び込んできたのだ。
「大きくて、太くて……すごいですね」
どこか呆けたようなマリーの声。
その声に感動からか興奮が混じっているのを僕は感じた。
僕も口を開いたならば同じような感想になってしまうだろう。
大木、巨木。
敢えて言うならばそう言うしかない木々。
でも目の前の光景はそれで表現するには足りないような光景だった。
上を見ればどこまでも伸びる太い幹。
木漏れ日が降り注いでいるのはわかるけど、高すぎて上が見えないほどだ。
そして木漏れ日の射さない場所でも暗いということは無く、
どちらかと言えば明るい。
何かを読んだりするには十分なぐらいだ。
途中のあちこちに枝が思い出したように伸び、緑の葉が生い茂る。
いくつかの木々はその中に色とりどりの実をつけていた。
と、沈黙を破るような声。
思わず視線を向ければそこに飛ぶ小さな鳥たち。
名前も知らない、でも命を感じた。
木々の間を通り過ぎる風の音や、葉っぱのこすれる音、
枝のしなる音、そしてそこに生きる生き物たちの音。
それらが一見無音に見える空間に響いていた。
『だいぶ、賑やかになったな……』
ご先祖様のつぶやきが、妙に僕の中に響いた気がした。
ずっとそうしていても仕方がないので、
サフィリアさんに頷いて僕達は移動を再開する。
ホルコーに乗っていて万一があってもいけないので今は下りたままだ。
大人しくホルコーは手綱で引っ張られるがまま。
対する僕は大自然というべき光景の衝撃が落ち着くとともに、
別の理由からどきどきしっぱなしであった。
見てみろ、とご先祖様が勝手に起動した精霊感知。
これがいけなかったというか、不意打ちだった。
この里というか森は精霊が濃いのだ。
明るすぎる場所に飛び込んだ時のような感覚になってしまう僕だったが
ホルコーが突然ブルブルとしゃべるようにしたかと思うと
手綱を引っ張り、僕はよろける。
ふと見れば何かありましたか?と言わんばかりに大人しい姿のホルコー。
まさかね、と思いながら偶然に感謝してサフィリアさん、そしてマリーと共に歩く。
そうしていくつもの木々の根を超え、歩いた先に木々以外の物が見えてくる。
「建物、ですね」
「うん。アレが……」
「ふふ、そうだよ。ようこそ、エルフの里、世界樹の森へ」
演劇のように言うサフィリアさんの声は誇らしげだった。
その声が届いたわけではないだろうけど、
近づく度に建物から人影が出てくるのがわかる。
見えてくるとその姿はある意味予想通りの物だった。
1人、2人と増える人影は皆、すらっとした体格に
風に流れるような髪。
そしてやや細長い耳。
エルフにはいわゆる不細工な人は存在しないのかな?
と思わせる姿だった。
「みなさんお綺麗ですね。すごい……」
このマリーの感想が全てといっていいんじゃないかな。
最初は不意の来客というか招かねざる相手として警戒されるかと思いきや、
近づくほどにそれはわかった。
皆、笑顔なのだ。
「同胞よ! 青き瞳の子、サフィリアが友を連れてきた!」
叫ぶようにサフィリアさんが言うと、その笑顔はさらに明るい物となった。
結論から言うと、エルフはお祭り好きというか、
刺激に敏感らしい。
というのも、集落に入った僕達は口々に歓迎のあいさつを受け、
恐らく森の花々で作ったであろう花輪を首にかけられた。
そして誘われるがまま、広間に通され、果実を使ったと思われる飲み物を
手渡されたかと思うと乾杯の礼を受けたのだ。
宴の種として、僕達がエルフの里に来てみたかったことや、
学びたいことがあること、祝福を得に来た事、
そしてその果てに何をしたいかをざっくりとだけど話す。
エルフたちはその話に聞き入ってくれたものの、
段々となぜかバツの悪そうな顔をしていつしかサフィリアさんに視線を向けていた。
「? まさかっ」
サフィリアさんはその視線にしばらくは首を傾げていたのだけど、
急に真剣な顔になると僕とマリーの首にかかった花輪、
そして受け取っていた器を手にし、天を仰ぐようにして片手を顔に当てる。
「どうされたんですか? 何か私たちが手違いでも?」
マリーもその姿に不安になったのか、
おずおずという様子でサフィリアさんに声をかける。
僕もそばにいるホルコーの足を撫でながら、
様子をうかがう。
「……えっとですね、非常に言い難いのですが。
お二方の花輪、合図で縮まる魔道具みたいなものなんです。
ついでにこの器で飲んだ飲み物もちょっとした魔法でしびれ薬に代わるものでして……」
「それは……その……」
サフィリアさんの言った事がどういったことか、
すぐには理解できない様子でマリーが呟く。
僕も驚いたけど、考えてみればもっともだった。
『敵意が無いなと思ったが、日常であれば敵意も無いか』
ご先祖様のつぶやきの通り、これがエルフの人たちの
ある意味での日常なのだ。
人間の村がよそ者に警戒するのと同じ。
いくら迷いの魔法がかかっていたり、
エルフじゃないと使えない転送柱だとしても
物事に抜け道がある、というのは良く知られたことだ。
それに、直接害されたわけじゃない。
もしも、の対策を取られただけなのだ。
だから……。
「お騒がせしています。改めて、僕はファルク。苗字はありません。
こちらはマリー。僕にはもったいないぐらいの魔法使いの仲間です。
そして馬のホルコー。良い奴なんですよ」
花輪はきれいだし、飲み物だってすごくおいしい。
飲んじゃった物はしょうがないけど、
花輪は言葉を交わしたうえで横に置けばいいのだ。
そのまま丁寧にあいさつをし、わざわざ立っていうのも
仰々しいかなと思って座ったままで頭を下げた。
「ご紹介に預かりました。マリー、マリアベル・ウィートです。
エルフの方々に出会えて、感動です」
マリーも、自分が麻痺や首が締まるような目に会うかもしれなかったというのに
優しく、周囲のエルフたちに挨拶をした。
「頭を上げておくれ。人の子よ。せっかくの友だというのに
もしかしたら、と疑ってしまった」
「そうですよ! ファルクさんたちはそんな……」
輪の中の1人、ややお年寄りな感じのエルフの男性が頭を下げ、
サフィリアさんがそれに声をあげたところで僕は首を振る。
「いえ、年若い僕でもエルフの人々と良い関係を結べているところもあれば、
中にはエルフの皆さんを利用しようという人間がいることも知っています。
だから……」
言葉を切った僕に、エルフの人たちとマリー、
そしてなぜかホルコーの視線が集まる。
「飲みなおしましょう! それでおあいこです」
「……ぷっ」
ちょっとわざとらしいかな?とも思ったけど
僕は本心からそう笑っていい、
横で聞いていたマリーが思わず噴き出したところでそれは周囲に
瞬く間に広がった。
飲み物はいつしか軽いながらも酒精の入ったものに変わり、
どこからか焼かれた肉や料理が出てくると
僕達はそれを少しずつ食べるように促される。
宴の主役は僕達2人と、ホルコー。
そして友を連れてきた、とするサフィリアさんだった。
なんでもエルフが他種族の、たとえば人間を里に招くことは思ったより重要なことらしい。
サフィリアさんはかなり軽く言ってたけど、一生に数度しか許されない行為なのだそうだ。
通常は試練のような物を乗り越えたり、時間をかけるらしく、
今回のようにすぐ招かれてやってくるのは稀だという。
相手を友と思うほど早く里に連れてくるのが礼儀で、
今回ほど早くつれてくるということは
それだけサフィリアさんが僕達を良く思ってくれているということだった。
そうなると不思議なことがある。
依頼で出会っただけで、数度鍛錬をしたぐらいの相手であるのに、
僕達のどこをどう信用し、里に連れてくる気になったのか。
その答えはすぐそばにあったのだけど、
実際に声がかかったのは宴が始まり、
2刻は過ぎた頃の事だった。




