MD2-030-小話「ガールズサイド~マリー~」
─マリアベル・ウィート。
それが今の自分の名前です。
でも、ウィートという苗字も本当は違う。
この名字は自分の魔法のお師匠様がくれた卒業の証みたいなものだから。
ファルクさんにはマリーと呼ばれているけれど、
そう呼ばれるのは随分と久しぶりです。
お師匠は私の事をいつも孫、孫っていうんですもの。
確かに歳と関係からいうとそのぐらいですけども。
そっと、ベッドの中でペンダントを撫でる。
ファルクさんにも見せていないけど、そこには刻印がある。
私の本当の名前。
マリアベル・オルファン。
実際のところ、末端も末端ですが
自分の実家は王家に連なります。
大国の1つ、オブリーンから分家に分家となった本当に末端の貴族ですが。
幸いにも、というべきか平和が長く、
末端の分家でも他も同様。
地元の名士程度ではありますが裕福ではありました。
いらぬ欲望を芽吹かせる程度には、ですね。
かつて、精霊戦争の際に小国は統合・吸収され、
多くが周辺3国と西方諸国へと組み込まれたそうですが、
いつしかそれは別れ、以前のような小国が増えたそうです。
同じ目が行き届かなくて問題が起きるなら、
自分たちの裁量で自己責任で、ということでしょうか。
ともあれ、今のところ私は戻る予定はありません。
戻っても何がやれるんだって話ですし、
何より……ファルクさんと一緒に旅が出来なくなってしまいます。
お師匠様が言っていました。
昔から伝わる術の中に、パーティーというものがある、と。
これは互いを仲間と認め、すべてを分かち合う契約のような物だと。
その分、互いが納得しないと結ぶことはできない関係で、
怪物との戦いが今よりひどかったころでは
結婚の約束代わりに使われるほどの物なのだそうです。
まあ確かに、背中を預けて戦える間柄、となれば
そのぐらいの立場になるのも早いかもしれませんね。
そのパーティーをファルクさんはあっさりと実行しようとしてきました。
きっと本人はどういう扱いの術か、なんて気が付いていないと思いますけどね。
勿論私は即了承です。
なんでかっていえば、ピンと来たからですね。
人生にはこれだ!って出会いがあった時には逃がさないこと。
これはお母様も良くいっていました。
まあ、お父様と夜会で出会って即座に接吻をしてしまうほど
積極的という言葉が裸足で逃げるようなお母様ほどの
偉業は自分には無理そうですけども。
わざと手を握りやすい状況にしたり、
半歩近づいたりするぐらいは許してくれるはずです。
誰が、とは言いませんけど。
そんな私は現在、ランダさんから魔法の特訓中です。
「いいね、いい。そうだよ、魔法の肝は精霊へのお願いの具体的な物だ。
ただ燃やして、じゃあなんてことはない力しか貸してくれない。
力ある言葉と、こうしたいという明確な意志。
それが合わさって精霊は十分に力を貸してくれるのさ」
ランダさんの教えは実戦的であり、理論もしっかりしています。
実にわかりやすく、それでお金が取れそうです。
でも人に教えるどころか冒険に出てばかりなのだそうです。
「なんでかって? そりゃあ、お嬢ちゃんみたいに
才能とやる気が一緒にあるやつは少ないし、
出来なかった時に文句を言わないやつはもっといない。
いや、まずいないって言っていいぐらいだね。
だから教える気分なんてわかないわけさ」
私の疑問に、ランダさんはそういって笑いながら怒るという
器用なことをしながら答えてくれました。
なるほど、実に実戦的です。
頷く私の、空の青い月、蒼銀とも呼ばれる髪が風に揺れた。
いつの間にか、束ねていたひもが緩んでいたようでした。
左右で縛った私に、ランダさんが若さよね、とか言ってましたけどどういうことでしょう?
私としてはもう少し歳を過ぎたらランダさん級になるのかどうか、
そこが非常に気になるのです。
何が、とは言いませんよ? ええ。
ファルクさんは大きさは気にしないみたいですから気にしません。
気にしませんっとも。
「何か嫌な気配がした気がしたけど、気のせいかしらね。
さ、今日の仕上げよ」
ランダさんに言われ、私は杖を二本構えます。
1本は元から持っている物。
もう1本はファルクさんが選んでくれたもの。
水辺から、私たちの気配を感じ取ったのかうごめきながら出てくるもの、スライム。
その数匹へ向けて、私は魔法を解き放つ。
しっかりと串刺しにする想像をして、魔力を杖に注ぐ。
そして撃ち出される2本の炎の槍。
矢の強化版魔法、その同時射撃です。
「うんうん。十分だね、1人1回しか使えないなんてのもそれが効率がいいってだけさ。
発動の補助が複数あれば魔法も2発以上同時にたれる、っていう気持ちが大事ってことさね」
これで仕事は終わった、とランダさんは力を抜き、荷物をまとめ始めた。
「ありがとうございました!」
私は心からそう言い、自分も片づけを始める。
「なあに、あんたらが活躍してくれれば私らも活動できる範囲が広がる。
お互いに利益がある話さ。冒険と無謀な旅は違うからね。
世の中に強い冒険者が増えるのは歓迎だよ」
そんな風にいうランダさんは言葉はやや物騒な割に、
女の私から見ても非常に可愛らしい笑顔でした。
そんなに歳が離れているようには見えないし、
やはり、家系なのでしょうか。
私も腕を組んだときにたわむぐらいになりたいものです。
街に戻ってからの水浴びの際、
ちょこっと自分のそこを見てため息をついた私を
責める人は1人もいないと思います。
その日、ファルクさんは別途特訓をしてきたのか
着替えた後、すぐに寝てしまいました。
まあ、そこ私のベッドなんですけどね。
きっと、寝る場所を交代しよう、といった事を
忘れてしまうぐらいの特訓だったのでしょう。
「傷が一杯……ポーションももったいないってあまり使わないんですよね」
既に夢の中らしい姿を見ながら、私はその腕とかにある傷をそっと撫でます。
ファルクさんは優しい人です。
きっと私が危機に陥ったらあまり深く考えずに
その凶刃の前に体をさらすでしょう。
それは、よくありません。
私も強くならなくては。
でも今は……。
荷物から内緒で買っておいた軟膏を取り出して傷口にそっと塗ります。
染みるのか、別の理由か。
ファルクさんは身じろぎしましたが起きません。
となれば、やることは1つです。
私も着替え、ベッドにもぐりこみます。
ただし、その先は今は私のベッドのはずですが
ファルクさんが間違えて入ってきてしまったベッド。
くっついているのはきっと不自然なので、
隣り合ってる、程度にしておきます。
正直、ものすごく恥ずかしいし、別の手でもいい気はします。
その葛藤も、ベッドのぬくもりと
気になる相手のほんのりとした匂いにより
徐々に溶け、私も眠りにつきます。
「うわわ!? ご、ごめん!」
翌日の目覚ましはファルクさんの叫び声でした。
こっそり抜け出せばわからないのに、正直な人です。
ともあれ、今の状況を使わない手はありません。
「あれ……? なんでファルクさんがいるんですか?」
とぼけた顔と表情で逃がさないように捕まえます。
繰り出す術はお母様直伝、オルファン流狩猟術です。
そう、本人が認めたら既成事実・亜種!
本当はファルクさんがもぐりこんだんじゃなく、
私がもぐりこんだのですがそこはそれ。
今日も楽しい1日が始まりそうです。
隠し肉食系の素顔が今!




