MD2-029-小話「ガールズサイド~フローラ~」
外伝的な。21時22時で2話連続。
「さて、ちゃっちゃと片づけますか」
自分1人の声が、夕暮れの街道に響く。
「あーあ、本当は1人は寂しいんだけどねえ、しょうがないっか」
ため息1つ、1歩。
それだけで、視線の先にいる異形、ナイトベアーは
わたしを敵と認識したようだった。
まだ世界を赤く照らしている陽光が
わたしの剣と、ナイトベアーの体を赤く照らす。
「ごめんなさいね。貴方はこの場所に来るべきではなかった。
森に……ううん、もう人を覚えちゃったものね。
おやすみなさい」
体格としてはわたしの倍ほどはあろうかという巨体。
C評価冒険者ではある程度人数をそろえないとまともに戦うことが難しい相手だ。
ましてやこのナイトベアーは夜間を主に活動の時間帯としている。
夕方に出てきたこの子が、人の味を覚えてしまった異常個体ということなのだ。
危ないというのに、まともに護衛もつけずに
街から街へ移動を試みてしまった不幸な商人。
まあ、その商人の性で討伐になってしまうのだから
本当に不幸なのはこのナイトベアーなのかも。
「良い動き……せめて、しっかり糧にさせてもらうわね」
考えている間にも、ナイトベアーはわたしへと
手加減の無い爪、牙、体当たりと様々に襲い掛かってくる。
それらは十分な威力を誇っており、
わたしがエンシャンターでなければあっという間に犠牲者となっていたことだろう。
そうしてしばらく。
かすりもしないことに焦り、大振りになったところを狙い、
太く、力強さを誇っていたナイトベアーの首を、斬り落とす。
「これで毛皮と心臓も使える、と。儲けは街の防壁修理に使わないとね」
わたしは近くまで持ってきていた台車に物言わぬナイトベアーを乗せ、
若干気だるげに帰路につく。
「恩恵があるから文句は言えないけど、隣のエンシャンター管理区域との間までは
どんだけ広くても自分の管理区域ってのは広いよね、うん」
そうつぶやいてもきっと許される、うん。
わたしを慰めに来たのか、周囲の草むらからふわりふわりと
精霊さんたちが飛び上がってくる。
「こうやって触れ合えるのは楽しみの1つ、かな」
どうしても独り言が多くなる自覚はあるものの、
それをどうこうするには寂しすぎる旅路なのも確かだ。
適正があまり無く、こうして獲物の保存ぐらいにしか使えない氷魔法を
台車にいっぱい作りだし、少し離れてたき火。
「むー、ファルクくんは元気かしら……」
思い出されるのは、ギルドで出会い、少しばかり手ほどきをした少年の事。
実際のところ、セシリー、受付のなじみに聞かなくても
わたしには誰があのマジカル測定球くんをまばゆいばかりに光らせたのかはすぐわかった。
まるで夜の闇の中、唯一明かりがついている家のような輝き。
その本人は体の中心と、腕輪とが光っていたのだ。
すぐにまぶしいのでスキルを一度切り、普段の視界に戻したぐらいだ。
わたしはその時、正直に言って震えた。
人の目が無ければ、抱き付いて自慢の銀髪が絡むのも構わずに
一緒に暮らそうなどと言い出してもおかしくなかったぐらいだ。
そう、その才能に惚れたのだ。
エンシャンターにはいくつもの特典というか利点がある。
1つは言うまでもない強力な戦闘力。
1つは、副作用らしいけど肉体の若々しさの維持。
老けにくい、衰えにくいってところだけどね。
他にもあるけど、大体ではあるが相手の伸びしろがわかる、なんてものもある。
もっとも、この伸びしろはその時点での、となるらしく
鍛えた結果、伸びしろが大きく増えた例も多い。
そんな中にも、稀にいるのだ。
伸びしろがいい意味で全く見えない人が。
これは伸びしろが無いということではない。
逆だ。
頭打ちという物が──無いのだ。
わたしがぞくぞくと内心震え、軽口のままにひとまず連れ出した理由がわかるだろう。
とんでもない値打ち物になる原石が目の前にあり、
しかも自分がそれをどうにか出来る機会がある。
そこで何もしない子はそもそもエンシャンターになれないだろう。
エンシャンターになるための資格はその街が好きであり、
マテリアル教の教えを守り、後輩の育成を好きでやれる、
みたいな部分が必須なのだから。
選定に通った人、落ちた人を見る限りこれは間違いない。
だからこそ、わたしは彼を見逃さなかった。
そして目論見通り、彼は良い子だった。
どうやら身に着けたままの腕輪に秘密があるようだけれども、
素人臭い動きの中にも時折、妙に鋭い動きが混じる。
それはそこでそうしないとこけてしまう時の体重移動であったり、
剣を受ける時の剣の向き等。
けどファルクくんは次からはそれを自力でこなして見せた。
そして何よりも、一度だけ見た大海原のようなただひたすらに、大きな中身。
戦う者が身に着けることになるスキル。
これらの行使には魔法と同様に自らの魔力に似た何かを消費する。
スキルを使いすぎると魔法はあまり使えず、
逆もまた……ということで最近の話では大元は同じだろうとのことだ。
ファルクくんは、恐らくその力をためるための器が途方もない。
まだ粗削りだし、これから、ということなのだろうけど、楽しい。
「と、そんな訳なのに彼はでかけちゃったわけよ」
「冒険者なんだから、しょうがないじゃないのよ」
ある日の昼過ぎ。
わたしは依頼を終えてギルドのカウンターでセシリーと雑談に興じていた。
雑談と言っても、戻ってきたら旅に出てしまったファルクくんの事ばかりだけど。
なんでもランド迷宮の初層部分は突破し、運よく祝福を得たらしい。
既にわたしのエンシャンターとしての活動範囲を
恐らく超えているだろうから、次に会う時はこっちに戻ってきた時だ。
「そうなのよねえ……あ! 彼の村、一応私の管理範囲なのよね。
盗賊がまた来てないか、見に行こうかしら!」
「あっち方面に依頼は……まあ、無くはないけど」
そういってセシリーが選び出したのは、なるほど。
確かに、無いわけではなかったのよね。
「街道沿いの巨木が倒れているらしい、確認の上で排除せよ、か。
まったく、冒険者は荷物運搬の巨人じゃないのよ!」
叫ぶ先で、見事なまでに老木が倒れている。
寿命か……と見たところでわたしは変なことに気が付いてしまった。
「うう、追加調査が必要じゃないのよ、これ」
明らかに何かにえぐられた根元。
この前倒したナイトベアーでもこうはいかない。
幸いにも、巨木に宿っていた精霊たちはまだ霧散していないようだった。
「じゃあ~、ちょちょいっと!」
魔法と呼ぶにも微妙な、わたし独自の魔法発動。
一人が寂しいから精霊とお話したい、なんて開発理由は
わたしと精霊だけの秘密だ。
ほのかに魔法の光りで自分を覆いながら、
寄ってくる精霊と語らいというか、意識の感じ合いを始める。
「大きい……まあ、そうよね。硬い……なるほど。
狂気? 混ざってる? え? どういうこと?」
感じる精霊の声が段々と混乱していく。
ありえなくはないけど、ありえない、とよくわからない声だ。
基本的に精霊たちは自由だ。
そして、陽気だ。
そんな彼らがこうまで怯える?
調査が必要かと思っていたけど、
その答えは、意外と近くにあったのだ。
「なーるほど、こりゃ狂気だわ」
長髪を後ろでしっかりしばり、それを揺らしながら走るわたし。
そう、走っているのだ。
ただし、追いかけるのではなく追いかけられている。
ちらりと後ろを向けば、動く小枝。
いわゆるトレントの特徴だ。
そして音を立てる灰色の岩々。
典型的なロックゴーレムの特徴だ。
ただし、追いかけてくる相手は一体。
つまりは……。
「ゴーレムとトレントの合わせ子なんて初めて見たわ」
さすがに周囲に岩や木々がごろごろしてる場所では戦いにくく、
こうして開けた場所まで逃げてきたけどその異常さがよくわかる。
やや遅いはずのゴーレムの動きを
トレント部分が補助することで思ったより素早い。
そしてトレントは木であるがゆえに打たれ弱いが
それをゴーレムとしての部分が補っているみたい。
老木が自分のような存在になったら厄介だと思ったのだろう。
だから、トレントになる前に倒した。
そんな子供みたいな感情で動く、未知の強敵。
「かといってエンシャンターには退却は、無い、のよ。
街を、管理内の危機を見過すぐらいなら前のめりにして死ぬ。
エンシャンターになる時の約束だからね」
そういって、私は首にぶら下げた装飾品に手を伸ばす。
エンシャンターの切り札を切るために。
それはかつての時代。
ドワーフとエルフ、そして人間達が
己の領土を守るために協力して作り出した精霊への願いの形。
それはある種の魔法。
武具と、本人と街のと契約により発動する。
空を飛び、大地を砕き、ドラゴンをも圧倒したという英雄たち。
時代ごとに改良を重ね、この奇跡のような魔法は今、わたしの手にある。
「集え、星の輝き……ポゼッション!!」
仮初の、不屈の英雄。
その高揚感と、強い力であるが故の恐怖を覚えながら
わたしは謎のゴーレムへと遠慮なくその力をたたきつけた。
「さっすがに移動してからのアレは疲れるわねえ」
とぼとぼと、予定とは違う道から目的の村を目指すわたし。
体を引きづって、なんてほどではないけど
もう一戦は勘弁してほしいぐらいかしら。
森を抜け、草原となり、何やら不思議な地形に出てきた。
ちょっと休憩にしましょうかね。
良さそうな岩に腰を下ろし、一息、というところで
唐突な人の気配。
こんな場所でこんな近くに来るまで気が付かなかった!?
慌てて立ち上がって振り返ったわたしの目に入ったのは、
何かを抱えている幼い兄妹だった。
「おねえちゃん、だあれ?」
妹であろう子の可愛らしい、小さな声。
その声にわたしの緊張はあっさりと溶け、
苦笑しながら口を開くことになる。
「驚かせちゃったかしら? 私はフローラ。実はね……」
2人がファルクくんの兄妹だとわたしが知るのはすぐ後の事。
元気かな、ファルクくん。




