MD2-026「よぎる不安-3」
「二人の魔法ならここでも崩れることはなさそうだから、
必要なら遠慮なくばらまきなさい」
そういってランダさんはホーンウルフではなく、
なおも増援がありそうなオークの方を睨む。
つまりは、ホーンウルフはなんとかしなさいよ、ということだ。
『ホーンウルフはゴブリンを蹴散らすぐらいの奴だ。
だが、単純な強さでそうという訳じゃあない』
矢を放つべく狙いを定める僕の手の中で、
ご先祖様による魔力のめぐりが1つの形をとる。
それは僕にとってもなじみのある力。
「マリー、面で対抗だ」
「は、はいっ!」
オークとルクルスさんたちの咆哮のような叫びからの戦いの始まり。
その声を合図に僕達も動き出す。
ホーンウルフは狼型のモンスターだ。
狼型のモンスターは毛皮の色や牙の形、あるいはその能力で
いくつも種類があり、数多い。
森に住むものもいれば、草原を好むもの、
岩山に住むこともあるらしい。
共通して言えるのは、しなやかな体の動きと、素早さ。
そして鋭い牙と爪。
何よりも、その戦い方が強敵なのだと言う。
広間に入った時には正面にいたオークとホーンウルフ達が
いつのまにかホーンウルフ達が壁際を走るようにして回り込んでくる。
ランダさんが僕達にホーンウルフを任せるようにしたのはこのせいだ。
人は両方を向いて戦うのは難しい。
位置を変えたかと思うと、さらに砦跡の壁や瓦礫を
足場にこちらに飛び込んでくるホーンウルフ達。
それらは互いに間合いを調整し、隙を与えない。
ゴブリンやコボルトより強いというその力で獲物は無残に切り刻まれるのだろう。
「赤き雷鳴! レッドシャワー!!」
何もしなければ、だが。
矢を放つ前に、僕とマリーは飛び込んでくる相手と
その後ろへと赤い光をまさに雨のように撃ちこんだ。
省略気味の詠唱は威力を下げてしまうけど、
当たれば熱いし、碌に毛皮の無い場所であればそのまま怪我となる。
レッドシャワーはそういう魔法だ。
甲高い悲鳴と焦げ臭いにおいが漂うが気にしてはいられない。
魔法で相手がひるんでいる隙に矢を撃てるだけ撃つ。
「マリーは援護よろしく。僕が惹きつける!」
ちらりと見れば、既にハヤテさんはこちらへ来ようとしているオークの相手に向かっているし、
ホリィさんも僕達が動きやすいようにオーク側に移動し始めている。
(信用してくれてるんだろうけど、いきなりこの数はきつそうだなあ……)
『下手に受けるな。必ず避けろよ。相手は思ったより体が大きいぞ』
近距離で戦いにくい弓から片手剣へと持ち替え、
アイテムボックスの中から用意しておいた小盾も構える。
さっそくとばかりに飛びかかってきた1匹の噛みつきを避けると同時に
その横顔に小盾の表面をたたきつける。
ひるんだ相手にさらにと思ったが素早く相手は後退した。
(いいな、この盾)
僕は自分の手の中の、金属の確かな感触に恐らくは笑みを浮かべていた。
この小盾、売れ残っていた奴なんだよね。
ジガン鉱石となんだったかな……別のを混ぜ込んであるらしいんだけど、
狙いに失敗した上に小さいのしか作れなくて、
ルクルスさんみたいな人が使うには小さすぎるんだとか。
僕にとっては受け流し用のなだらかな感じや、
所々にある突起物がぶつけるのはいいのだけど、
確かに剣を受け流そうとしてその突起物に引っかかります、というのは
盾の狙いとしては失敗なのかな?
こちらの戦力の中でも僕とマリーが一番弱い、食べやすい相手だと
ホーンウルフ達も理解しているのだろうか。
僕が苦労するまでも無く、明らかに彼らの視線は僕とマリーに向いている。
ちりりと、肌に何かが突き刺すような感覚が続く。
(これが殺気という奴か)
「まったく、もうちょっと段階を踏みたいもんだよ」
愚痴のようにつぶやいて僕は気合を入れなおしてホーンウルフ達に
挑みかかるようにして踏み出す。
きっと、ホーンウルフ達にはそれは隙だらけに見えることだろう。
でも、僕にはご先祖様が、仲間がいる。
『左、飛んでくる!』
熟練した冒険者のソレには遠く及ばないだろうけど、
僕の足がわずかに沈んで姿勢を変え、
ホーンウルフの連携による突撃は僕の髪の毛を少し揺らす程度にとどまる。
僕はそのご先祖様の補助を少しでも自分の物にすべく必死に
体を動かし、すれ違いざまに剣を振るう。
そうして僕に意識が向いていたホーンウルフの背中へと
マリーからの魔法が突き刺さる、という流れだ。
(? なんだろうこの光……)
外でオークが倒されたときもそうだったけど、
最近モンスターを倒すと何かぼんやりとした光が
相手から立ち上ると、僕とかに吸い込まれてくるのだ。
『精霊の力だ。レベルアップ、あー……まあ、強くなれる元だから喜んでいいぞ』
ご先祖様も説明しにくい物の様だけど、
悪い物じゃないならいいや。
そうして何匹かのホーンウルフに傷を与え、
3匹倒れた時、ホーンウルフの気配が変わる。
「ん? 怖気づいた……わけはないか」
慎重になっただけ、と思った方がいいだろう。
現にまだオークは奥の方から出てきているようだし、
武器の当たる音や魔法の音、声が止まらない。
ちらりと見た限りでは大きな怪我も無いようだった。
そうなると、問題は……。
「数が、多いっ!」
戦いながらも、ご先祖様の言うところのスキルの上昇や習得が
いくつか起きている実感はあれど、きついのには変わりない。
マリーもさっきから息が上がり始めている。
無理もない、魔法を撃ち過ぎたのだ。
いくら魔力回復のスキルがあるとはいえ、それも補助的な意味合いでしかない。
幸いにも僕自身はご先祖様の支援もあり、
大した怪我は負っていないからまだ行ける。
ホーンウルフ自体は数があまりいないのか、
あるいは外に出ているのかあまり増援は無い。
思い出したように1匹、2匹といったところだ。
それでもなくなるということは無い。
そして途中から明らかに別個体だろうというような
大きさの1匹がやってきたが後ろの方で待機したままだ。
と、僕達のいる広間に笛の音が響く。
「来たっ!」
前線でのルクルスさんの叫び。
ほぼ同時に、僕のスキルや虚空の地図に光点が増える。
赤くない、つまりは味方だ。
一緒に来ていたはずの冒険者達がようやく追いつき、
笛を合図に一斉に砦跡へ突入を始めたのだ。
事前に、後からの突入の際には笛を吹くように話し合っていたので、
冒険者達もこちらが先に突入していることは感じ取っているようだ。
そうとなれば、このホーンウルフ達も早く片付けなければ。
「マリー! つっこむ!」
「任せてください!」
僕の視界の中で、マリーは元々の杖と、
別途買っていたもう1本の杖、
両方を手にしている。
『ランダに実戦中に教わったみたいだな。器用なもんだ』
魔法使いの使う杖は魔法を使いやすくするための補助道具だ。
逆に言えば、無くても魔法は使える。
そして、強力な杖などは普段の実力以上の力を発揮させるのだ。
走り出す僕の背後から、雷魔法の金色の光と火魔法の赤い光が走る。
ホーンウルフの群れの中央付近にいるやや大きな個体。
その左右にいるホーンウルフへと魔法が襲い掛かり、
恐らくは群れのボスへの僕の道を作り出す。
オークの支配下にいるようだからボスと呼ぶべきか気になるところだけど、ね。
相手も僕へと向き直り、牙をむき出しに襲い掛かってくる。
「速いっ! でもねっ!」
そう、巨大サボタンの針の速さほどではないのだ。
触らずともその毛皮の感触がわかりそうな至近距離を
ホーンウルフの体が通り過ぎる。
その横腹に、僕は小盾の表面をたたきつけるというより
押し付けるようにして突き出す。
距離が近すぎて、もたれかかってきた相手をどかすような動きになる。
当然、そんな距離では盾で相手が吹き飛ぶということは無い。
相手もそれがわかっているのだろう。
続けて僕に襲い掛かろうと体をひねるのがわかる。
(でもね、逃がさない!)
魔法使いにとって杖は大事な武器だ。
良い杖であれば魔法を使う上で、普段以上の強さの魔法を撃つことが出来る。
でも、杖でなくても魔法は別に使えるのだ。
「レッドバンカー!」
僕とホーンウルフの間で赤い光が広がる。
それは赤い槍となってその背中まで突き抜けた。
多くの魔法、スキルを知っているご先祖様からしても、
使える場面はあんまりないな、と言わしめた微妙な魔法。
至近距離、しかも発動面が接していないと発動しない極端な魔法だ。
射程やらなんやらを犠牲にして、
詠唱も省略前提なので色々と融通が効かず、
威力と貫通力を高めたという力が
僕が普段なら容易には倒せない相手の命を刈り取った。
周囲の冒険者達が増援を蹴散らしているのか、
広間に追加の増援が来ることが無くなった。
そうなれば僕よりはるかに強いルクルスさんたちは
確実にオーク達を討伐することに成功するのは道理だ。
あと残る問題は……この場所がダンジョン化した理由と、
その対処だ。
ダンジョンそのものは対策を取ればランド迷宮のように
良い稼ぎ場所となることが多いらしい。
たまに、どうしようもない場合には
ダンジョンを完全につぶしてしまうらしいのだけど。
他の冒険者達も大きな被害は無かったようで、
続々と集まってくる。
互いの健闘を称えたり、多く討伐に成功した相手をからかい気味にねぎらったりと
冒険者らしい空間が出来上がる。
そんな中、ハヤテさんをはじめとする斥候の人たちが戻ってくる。
どうやらダンジョンの核らしい場所を見つけたようだった。
ただ、その話を聞いたルクルスさんたちの顔がゆがむ。
「どうしたんですか? 強力なモンスターがいた、とか?」
「いんや。面倒だなあってとこだ。どうもよ、裏手に墓地があったらしい。
そこが核だ。トレントとアンデッドがうじゃうじゃいるらしい。
良かったな、燃やし放題だぜ?」
それがルクルスさんなりの励ましであり、
僕達を気遣っているのが良くわかった。
周囲の冒険者達は嫌そうな顔をしながらも
各々の武器や防具の確認を始めている。
僕もまた、マリーにアイテムボックスから
気分転換にとポーションを渡しながら気分を切り替えるのだった。
『どうも……タダでは終わらなそうだな』
ご先祖様の気になる言葉と共に。




