MD2-257「めぐりゆく未来」
あれから1年が過ぎた。
あっという間、それを実感する1年だったと思う。関係者へと顔を出し、実家にも一度帰り……そして。
「なんだか緊張するなあ」
「晴れ舞台なんですから、堂々としてればいいんですよ」
「そうは言ってもさあ」
軽く言いながらも相手も笑っていることに気が付き、僕も微笑む。少し笑ったおかげでなんだか緊張がほぐれたかな? 僕のことをよくわかってるってわけだ。
今日までの付き合いですっかり仲良しになり、まるで義兄弟のような関係の兵士とそのまま時間を潰す。もうすぐマリーが……準備完了になるはずだ。うう、考えたらまたどきどきしてきたぞ。
「ご準備の方が整いましたよ」
「よし、じゃあ行こうか旦那様!」
「旦那様はちょっと……まあ、いいけどさ」
向かう先はこの日のために飾り立てられたバルコニー。慌てず、ゆっくりと歩き、外から見えない位置に立っている彼女を見つけ、微笑む。隣には同じく着飾ったランドルさんがいる。マリーの服装は純白で要所要所の装飾品がきれいに輝いている。
「マリー、似合ってる」
「はい、ファルクさんもです」
一足早いからかいの口笛に肩をすくめつつ、マリーの手を取り……バルコニーへ。日差しと共に外が見えてくると、歓声が飛び込んでくる。街中から集まってくれたみんなの物だ。口々にオルファン家やマリーを称える声が響いている。いくらかは僕にも注がれ、くすぐったいね。
「これで今日からファルクさんもオルファン家の一員です」
「うん。どうぞよろしく、末永く」
そう、今日は領内への結婚の宣言の日なのだ。だから僕も白で統一した服。マテリアル教の人が来てくれる手はずになってるんだけど、どうも……偉い人のような気がする。だってさあ、服装がなんというか、うん。豪華なんだよね。だからどうってことはないのだけど。
みんなが見守る中、伝統だという祝福の語りが始まる。少し頭を下げて聞く2人の手はつながれている。僕が左、マリーが右なのには理由がある。今だに僕の右腕には腕輪がはまっていて、マリーの左腕にも同じ装飾で色違いの物がはまっているからだ。あの日、気配もなく、返事もしなくなったご先祖様。だけどこの腕輪2つを僕たちに残してくれた。
「……であるからして、2人が望む限り精霊は常に見守り続けることでしょう」
しまった、うっかり話を聞き流していたぞ。幸いにもちょうど終わりのところだったみたいで、祝福として二人の頭の上を儀式で使う葉っぱのついた木の枝が通り過ぎるところだった。
これで僕とマリーは夫婦となる。ちょっと年齢的には早いと思う人もいるかなって思うけど2人の気持ちが大事だよね。それに、マリーが今後領地内のあれこれをするのに独身のままというのも問題だったんだ。
結婚の儀式を終えたところでマリーが数歩前に出る。僕はその半歩後ろだ。男女で継承に差はない。だからあくまでも領主はマリーの方なのである。そんな彼女の口から領民の皆へと語られる言葉は未来への希望と、共に歩もうというものだった。
大人が言えば、何をきれいごとをと思われそうなほどの言葉。だけどマリーという若さがその言葉に純粋さを感じさせたんじゃないかなと思う。
「私と、皆さまの未来に幸福を!」
途端、周囲がざわめく。空に、いろんな色の火の玉が飛び上がったからだ。音は控えめ、だけどこの数が撃ちあがると相当目立つ。火の玉たちはみんなの目を楽しませる結果となり、それがまたざわめきを産む。これはご先祖様が残してくれた魔法の知識から再現した昔からある遊びの魔法らしい。それを領内の魔法使いに覚えてもらい、合図と共に打ち出してもらったのだ。
それからは大騒ぎだ。事前に私財を投入して商人たちも呼んであるし、敷地内で無料で食事も振る舞っている。僕たちはそこにやってくる人々へとあいさつし、祝われる側だ。入れ替わり、立ち代わりとはこのことである。
「少し、疲れてきました」
「ははは。冒険よりもある意味過酷だね」
顔と名前を覚えるのが大変になってきたころ、会場の入り口のほうが騒がしくなる。新しいお客さんかなと思いそちらを向いて……思わず噴き出した。
豪華な馬車、これはまだいい。来る人によってはあり得る。その紋章は見なかったことにしつつ。そして降りて来た人達。大人の男女の方は見覚えが無いけれど雰囲気は似た人を見たことがある。何よりも降りてきたうちの1人は……シーちゃんだ。ということは、だ。
「おにーちゃん! おねーちゃん!」
「来てくれたんですね、シーちゃん!」
どう対応しようかぐるぐるし始めた僕とは対照的に、マリーは喜びを顔に浮かべて駆け寄ってくるシーちゃんと抱き合った。もしかしたら気にしてもしょうがないって割り切ってるのかも? 僕にはちょっとできない相談だった。
「出来るだけ迷惑にならない時期を狙ったが……どうだろうか」
「えっと、はい。きっといつ来てもこうなったと思いますので大丈夫かと。あっ、膝もつけずに失礼します」
「いいのですよ。今日は娘の知人を祝いに来た、ただそれだけなのですから」
予想よりも渋い声の男性に向けてしゃがみこもうとし、さすがにこの格好ではまずいかと思い直す。そんな僕に、女性の方は優しく声をかけてくれた。ただ、そうは言っても……王様たちにそのままというのも……うん。
「留まれば留まるほど問題になろう。結婚、おめでとう。ちなみに我が国では国王が認めれば重婚が許される」
「それはどういう……」
恐る恐る聞き返した僕の耳に飛び込んできた内容は……またの機会があれば。新たなお客様の正体に気が付いた周囲の騒ぎがとんでもないことになってしまったからね。
王様たちも帰り、お祭り騒ぎも段々と小さくなり……後は夜の酔っ払いたちだけとなった時間。僕たちは自室へと戻り、2人寄り添って空を見上げていた。夜もすっかり暗くなり、星が輝き……月も白い。
「これからまた忙しくなりますね」
「うん。でも、きっと楽しい忙しさだよ」
これは本当のことだと思う。大変だろうけど、幸せな騒がしさ。それをマリーと2人で過ごせるというのはとても嬉しいなと思った。こんな気持ちになれたのも……ご先祖様のおかげ。あの日からご先祖様は語り掛けてこない。気配もほとんど感じない。腕輪の力を維持するために何かが残ってる、ぐらいだ。でもそれは眠っているとかそういった感じじゃあ、無い。あの日、僕に託して消えたのだ。
「……落ち着いたら、探しに行きましょう」
「え?」
慌ててマリーの方を向くと、彼女の腕輪……僕のが黒いなら彼女のは白。そんな腕輪が目の前にある。2つで1つ、そう感じる腕輪だ。
「ファルクさんのご先祖様は1つしか遺さなかったわけじゃないですよね? だったら、どこかにあるはずです。それがご先祖様と同じかはわかりませんけど……」
「そっか……うん、ありがと」
微笑みを返し、月明かりの元で2人の影が1つになる。この幸せを伝えるためにも、きっと見つけ出そう。
僕たちの冒険はちょっと休息中。だけど、また……その時は、冒険だ。
精霊が世界をめぐるように、僕たちの冒険も、終わらない。
2年と半年、ありがとうございました。
前作と合わせてテーマがようやく終わります。
両方合わせると約7年、500話以上200万文字以上と長くなりました。
ずっと読んでくださった方、今作から読んでいただいた方、
1人1人、直接お礼を言いたいところですが、
ここでまとめてとさせていただきます。




