MD2-256「始まりと終わり」
次回、最終回です。長らくありがとうございました。
「全ては私という母の腕の中に……ずっと、ずっと」
まるで人間のように涙で目を赤くはらした女神。彼女の言いたいこともまったくわからないわけじゃあ、ない。確かに幼く、弱いうちは何かに守られて生きている。それは確かなんだ。
「それでは私たちが大きくなっても、強くなってもそうしろと?」
「ずっとは、うーんってなっちゃうよ!」
口々に叫ぶ彼女たちに、女神は何かを我慢するようにしたまま頷いた。女神は話の通りならこの世界が産まれた時からずっとこうある存在だ。となれば多くの命が産まれ、死んでいくのを見たのだろう。その中には守りの腕から抜け出し、命を落とした存在も多かったに違いない。
だからと言って……。
「寒ければ暖めましょう。暑ければ冷やしましょう。飢えないよう、渇かぬよう、傷つかないよう。それの何が悪いのですか? 互いに奪い合うだけの生き方は問題です」
「それでも、それでも僕たちは生きている。自分の力で立ち、前を向いて。僕たちは……貴女の、神様の人形なんかじゃない!」
女神の返事は光る鎖だった。咄嗟に明星で打ち払い、マリー達の分も切り裂く。言うことを聞かないなら縛り付ける? それは愛というには、問題だ!
周囲に鎖だった物が散らばる音が響き、後ろでは戦女神たちが戦っている音も聞こえる。きっと後ろの戦いもどっちが勝つにしても長くはないと思う。何より、ゆっくりとだけど僕もこの場所に削られているんだ。
『全部をぶつけてやるしかないな。大丈夫だ、女神や黒龍なんかは死なない。ただその力を休めるだけだ』
(何がどう大丈夫なのかはわからないけど、わかったよ)
「マリー、やるよ」
「はいっ」
いつかしたように、2人して手をつなぐ。そうしてつながる僕という存在とマリーという存在。すぐそばに感じる相手の命。精霊がどこにでもいるというのなら……どうか、この願いをみんなに届けて。
「「巡れ……廻れ……回れ……マテリアルっ!」」
「母の元へ」
それは一瞬だった。女神の一言で、僕の体から一気に力が抜けた。理由はわからないけれど、そのせいですぐに発動するはずだった切り札が不発に終わる。魔力の消耗が無かったのが救いだろうか?
「あっ……くうっ」
「マリー!」
力の抜け具合は彼女の方が深刻なのか、膝をついた彼女を慌てて抱きかかえる。手にした杖の先にある魔石も光が心許ない。アクアは……まだ存在してる。となると全部が全部女神の元に引っ張られたわけじゃ……ん、今僕は何を。
(これは……精霊とのつながりが遠くなった!?)
『……るか。聞こえるか? やられた。これでは……』
すぐそば、腕輪に宿っているご先祖様の声すら遠い。ご先祖様は事実上精霊だからというのもあるだろうけど、これでは何もできない。女神は明星でただ切り付けただけで力を失うような存在じゃないはずだ。
振り返れば青くなったシーちゃんを抱きかかえるように飛竜は寄り添い、ホルコーも座り込んでしまっている。今の余波はあちらにも及んだみたいだ。
「大人しく、母の腕に抱かれると良いのです」
「冗談っ、ここまで来てっ!」
口ではそう言いながらも、打つ手がなさ過ぎた。魔法もスキルも、あらゆるものは精霊の力を借りて行う物だ。それが出来ないんじゃ……さすが女神、始まりの存在だけはある。後から産まれた僕たちじゃ……後から?
「まだ抗おうというのですか」
「言うことを聞かないのは、子供の特権でしょ?」
マリーを立ち上がらせ、女神と向かいあう。こうしてるとその力をすごく感じる。やはり、女神は圧倒的な存在だ。そう、あの存在のように。
彼、彼女かな?に出会っていなければもっと早い段階であきらめていただろうね。
「昔さ、クエストってあったんだってね。色んな英雄が、色んな事件を解決して祝福を得る」
『そうか、その手がっ! アイツならお前の声を聞いてくれる!』
咄嗟の思い付きだったけど、ご先祖様の声がその背中を後押しする。僕はにやりと笑い、お腹の底から叫んだ。
「黒龍ぅうう!!! 聞いているんだろ、見ているんだろ! 僕に、クエストをよこせえええ!! 女神を、全ての母を……説得する!」
静寂。戦女神たちすら、動きを止めてしまうほどだった。それからの時間が長かったのか短かったのか、それはわからない。けれど、終わりの時が来た。
「ククク、人使い。いや……神使いが荒いな。始まりの精霊であり、神でもある存在を呼びつけたのは初めてなのではないかな?」
全く気配を感じさせず、僕とマリーの肩を掴む形で黒龍が現れた。いつか見たような人の姿だ。こんなそばなのに、いつものような圧迫は感じない。僕が受け入れ、相手もそういうつもりだからだろうか?
「貴方は……!」
「久しいな。どうだ、子供に反抗される気分は……母であり過ぎたのだ。少しばかり、考え直すといい」
そういって、黒龍、黒の王は僕とマリーの背中を叩いた。途端、体中に力が戻る。見えない何かで縛られていたような、吸い取られていたような感覚が消え去ったのだ。
お礼を言おうとして、その口が細い指で塞がれた。やっぱり女の人なのかなあ? 神様には性別がなさそうだ。
「出来るのは打ち消すまでだ。同等だからな。さあ、後はお前たちの番だ」
頷いて、隣にいるマリーの手を握り直す。女神は起きていることが信じられないのか、驚愕を顔に張り付けたまま。この隙は逃すわけには行かない!
「「巡れ……廻れ……回れ……意思を紡ぎ、力を鍛え、世界に……旅立ちの声を! マテリアル……ドライブ!!」」
僕とマリーは世界と1つになる。取り払う制約は……人という枠! 制限時間あり、少しの間の……特別だ。
「私は……間違っていたというのですか? 愛することが、間違いだと」
子供がいやいやとするように体を揺らし、首を振る女神。とてもかわいそうではある、あるが……僕がすべきことは慰めでも、励ましでもない、そう思う。
「空の上で見ててよ。僕たちが、未来を作り出す姿を」
そうつぶやいて、マリーと一緒に駆け出す。その手の中にはあったはずの明星やマリーの杖が重なり、1本の光る剣となる。意思の光……そう感じた。そのまま駆け寄り、無防備に立ちすくむ女神へと振り下ろし……防がれる。女神がその手に生み出した小さな、小さなナイフ。まるで母親が悪漢へと立ち向かうかのように振るわれるそのナイフは彼女の叫びだった。
「私は……私は!」
『ありがとう、母よ。俺やかつての彼らをこの世界に導いてくれて。だから、休もう。ファルク、受け取れ。最後の1回だ……マテリアルドライブ!』
「終わりだっ!」
僕とマリーに混ざる力。それはご先祖様の……かつてこの世界に導かれた一人の青年の魂の力だった。まさに切り札となって、最後の一押しが僕の手に宿る。
「あっ……」
あっさりと、女神の手の中にあったナイフは砕けた。その途端、女神の体に変化が起きる。圧倒的なまでの力が霧散し、強いけれどただ1人、そんな雰囲気へと。恐らく、集まっていた無数の精霊、多くの力が元に戻っていっているんだと思う。母は、守るためにその身に多くの力を集めていたのだ。本来持たないだろう力も、子供の手で危険を産むよりはと……。
「ありがとう、子供達」
無手となった女神……女神様は、手を止めた僕とマリーの前に立つと、僕たちの握る剣の切っ先の前に自らの体を……沈めた。それは不思議な光景で、普段刃で命を奪っていたのとは違う感覚だった。それは眠るために必要だったのだと思う。
気絶するように女神様は脱力し、倒れ込む。慌てて僕とマリー、2人して抱きかかえると腕の中で女神様は穏やかに息をし、眠っていた。その体がほのかに輝き……光に包まれていく。
「お母さんはおねんねなの。起きたら、また笑ってくれるよ」
「シーちゃん……」
きっと彼女はここまでを見たのだろう。微笑む彼女に僕も微笑みを返す。気が付けば戦女神たちも戦いを終え、こちらを見ていた。先頭に立つ1人が指さす先を見ると、光の階段が出来上がっている。帰れるってことかな。
「人の子よ」
「黒龍……助けが無ければ、勝てませんでした。勝つっていうのもおかしいけど」
白の多い場所にあって1人目立つ黒龍。気のせいでなければ戦女神たちも緊張している。それはそうだろう、女神様と対となる世界の始まりの1人なのだから。
「気にするな。私も人の子に救われた。女神がその番になっただけのこと。女神が眠り、世界は優しいだけの世界ではなくなるだろう。しかと、生きるのだ」
「はいっ!」
背中にささる戦女神たちの視線を気にせず、黒龍は笑い、そして励ましてくれた。だから僕たちも笑顔になりながら、光の階段へと向かう。
長い長い、だけどあっという間だった旅の終わり。
あの日、ご先祖様と出会ったことで始まった僕の旅も……。
(ご先祖様?)
心のつぶやきに、応える声はなかった。




