MD2-255「永遠の母」
女神は……女神様は確かに神様だった。ただそこにいるだけなのに、圧倒的に自分達と違うと思わせる何か。それはそう、在り方が違う……そう言えるのかもしれない。
間合いとしては遠い。相手の表情がぎりぎり見えるかどうかといったところ。太陽のような輝きを背景に、向こう側が透けて見える半透明な布を服のようにまとい、空に浮かぶ雲を思わせる姿で女神は立っている。腰ほどまである髪は薄い金色で、とても儚さを感じる。
何よりもその背中には1対の大きな大きな翼が生え、下側は地面に付きそうなぐらいだ。見た目はとても強大な力を持った相手には見えない。だというのに、目の前で諸々を鷲掴みにされたかのような力を感じる。そんな相手を前に僕は……。
「っ! 精霊は……いつでも僕達のそばにいる」
そんな相手からの問いかけに応えるべく一歩前に出る。そしてマリーとシーちゃん、2人を女神の視線から隠すかのようにした。小さく、本当に小さく……2人の杖と剣を持つ手が震えているのを感じたからだ。踏ん張れ、ここで頑張らなきゃ僕は僕でいられない!
種族は違っても、ホルコーと飛竜も寄り添うようにして耐えている。わかるよ……やっぱり女神は別格だ。それは例え、大きく進化したホルコーにとっても、竜種の一角にいる飛竜でも同じ。そんな中でも僕は前に出る。お腹に力を入れて、膝をつきそうになる心を勇気づけて……。
『あまり時間はかけられない。いるだけで、消耗するぞ』
(うん、そうだ……ね)
こんな時でもご先祖様はいつものご先祖様だ。いや、気のせいかもしれないけれど、むしろいつもより興奮気味だ。色んな伝説を産み出したであろうご先祖様も、女神と出会い話をする機会はそう多くなかったに違いない。
「ええ、そうです。精霊は全ての物に宿り、そしていつか世界に帰ります。そこにまず例外はありません。あるとしたら……私たちのような……」
語り続ける女神は僕を見ていないように思える。どこか遠くを……? なんだろうか。寝起きのようなぼんやりとした瞳に、不意に光が戻った。その途端、羽根は小さくなり、ふんわりしていた服もなぜかどこにでもいそうな布の服へと変化した。それどころか……。
「お母さん……?」
「お母様……」
女神の姿がにじむようになったかと思うと3人の女性へと変化していく。大きさは違うけれど、2頭も新たに出て来た。言うまでもない、ホルコーや飛竜の母、そして僕達の母の姿だ。誰もが優しく、受け止めるという顔をしている。
出会ったのがこんな場所でなければ、きっと普通に接していたであろう状況だった。沸々と、僕は……湧きあがる感情を抑えていた。僕はまだ、会える。シーちゃんも確か……そう。ホルコーたちはどうだろうか、わからないな。だけど、マリーは……彼女だけは。
「大きく、なりましたね」
「お母様、どうしてっ!」
いろんな気持ちが込められた言葉だった。どうしてここにいるのか、どうして急に死んでしまったのか、何故、どうして……。無事に見つかるまで、僕も同じような気持ちを抱えていた。結果生きていた僕とは違い、彼女の両親は間違いなく亡くなっている。だから目の前の相手が本物なのか、それとも違うナニカなのかは僕にはわからない。
ただ1つ、わかることは……僕の母の姿をしている相手は本物じゃあないということだ。
「ファルク? どうして母にそんなものを向けるの?」
「もしかしたら、送り出してくれた母さんも内心ではいかないでと思っていたかもしれない。ううん、きっとある程度はそう言う気持ちがあるのが親心ってやつだと思う。だけど、だからといってこんな場所でこんな風に僕の前に立つ人じゃあ、ない。子供の決断を、未来を、邪魔するような……母親じゃあ、ない!」
言い切って、明星を真正面に構えつつ全身の力を解放する。感情も糧に、ここにいない母へ、そして父へも届けとばかりに。鍛えられ、ご先祖様によって導かれた僕の力はその気持ちに応えてくれる。足の先から切っ先まで、僕の力が十分に伝わったのを感じた。
「女神様、貴女はずるい。ううん、これもすべての母と思う貴女の愛なのかもしれない。だけど、何度でも言うよ。子供は独り立ちして、母の愛の腕から巣立つときが来るんだ」
「外はつらく、悲しく、時に理不尽に痛い物です。我が子にそんな目にあって欲しくないと思うのが我がままだと言いますか?」
僕の返事は、解かない構えだ。僕の母の姿をとっていた相手は、出てきた時と同じようにじんわりと消えていく。それはマリーやシーちゃんらの相手もそうだった。マリーが杖を構え、シーちゃんも剣を、ホルコーと飛竜もそれぞれに女神と向かい合った。
「これまでありがとう。でも、ずっと貴女の腕の中にいるわけにはいかない!」
「どうして……どうしてですか……。ああ、わからない。苦労したいという貴方の気持ちが、わからない。みな、そうやって私の手から旅立ち、命を落とすというのに……」
嘆く女神が顔を覆い、その指の隙間から落ちるのは涙。その涙が地面に落ちた途端、再び光があふれる。その光の中から現れたのは、戦女神にも似た姿。誰もが武器を構え、こちらに向けている。あれかな、言うことを聞かない子供へのしつけ? ははっ、懐かしいな。
「マリー、シーちゃん。お話するためにはどうにかしなきゃいけないみたいだ」
こちらが3人と2頭に対し、相手は見える限りでも10人はいる。1人1人がきっと相当に強い。命を奪うようなことはしてこないかもしれないけど、反撃できないような状況にはされるかもしれないね。まったく、物騒なことだよ。
「私は、ファルクさんを信じますよ。それに、母も眠っていてほしかった」
「おにーちゃん、夢の通りに……かとー!」
そしていざ、と前に一歩踏み出した時のことだ。上空から、何かが落ちて来た。力の込められた何かが。それは地面に突き刺さり、周囲に力の風を産み出す。たまらずに腕を前に耐え、その落ちてきたものを見ると……槍?
『この力……そうか!』
「上? あれは……」
上空から槍を投げてきた相手、それは何人もの羽ばたく戦女神たちだった。ここで相手にさらに増援、か。厳しいなあ……そう思ったのだが。
戦女神たちは僕たちに背を向け、女神と、零れ落ちた人たちの間に立った。考えてみれば彼女らの背中側は初めて見たな。鎧と羽根がとてもきれいだ。それに、力を感じる。
「娘たちよ、何のつもりですか」
「母よ。対話の時、私はそう言ったのです。わからぬのならわかるまで話せばいい。それが出来ないというのなら、私たちが露払いぐらいはして見せましょう。人の子よ、行きなさい」
「ありがとうっ!」
すぐに始まった目を奪われそうな戦いを前に、立ち止まることなくホルコーと飛竜に飛び乗り、迂回するように僕たちは進む。向かう先は……女神の目の前!




