MD2-253「精霊は全てをつなぐ」
ドワーフの職人がある意味命を賭けて作り上げてくれた長剣である明星。何度も戦いを切り抜け、いつも僕と共にあるもう1つの相棒みたいな存在だ。片手でも両手でも使えるようにとやや重く長めの刃が、今は魔力そのものに光っているかのように輝いている。
「でぇぇぇええいっ!」
特に属性も決めず、明星を魔法剣と化して切りかかる。ただ金属で切り付けたのでは、相手は倒せない……そう感じたんだ。体があるように見えるけど、恐らくは半分は見せかけ。戦女神とも天使とも区別がつかないリザイアはそんな存在だと直感していた。
『そうだ、それでいい! 上位存在は常に魔力を、精霊を介さないと接触すらできない!』
僕の直感が正解だと、ご先祖様が叫びながら教えてくれる。その力を僕にくれてから、ご先祖様は急にお爺ちゃんになったような雰囲気があったけど少し安心した。今も、こうしてすぐそばで僕を励ましてくれる。
光の輪っかが僕を包みそうになったここに来る直前、ホルコーから飛び降りてマリーの元に行ってもらったからきっとあっちは2人と2頭が頑張ってくれているはずだ。それにつながりを感じるから、マリーは大丈夫、そうわかる。
「まずは一つ。既に磨かれていますね」
「それはどうもっ!」
全身に溢れる力に振り回されないように注意しながら、これまでの経験から最高の攻撃を繰り出していくのだけどかすりもしない。それでも防御されているということは、受けるわけにはいかないと判断されていると……そう思いたい。
何度も切り付け、何度も防がれ……と、リザイアの右手にある剣が青く輝き魔力を感じた。すぐさま明星をしっかり握りしめ、僕も魔力を練り上げる。刀身がそのまま赤い光に覆われ……リザイアが冷気を放つのと、僕が赤い斬撃を飛ばすのはほぼ同時だった。両者の間で力がぶつかり、強風が吹き荒れる。
煙のように広がる靄の向こうからきっとリザイアは来る……そう思ったのだけど意外なことに、靄が張れた向こう側でリザイアは静かにたたずんでいた。
(どういうことだろう? それに今の一撃、僕とほぼ同じだった?)
「風よっ!」
ご先祖様によって引き出された僕の力は、魔法剣に使うことと限ればほとんど詠唱を必要としなくなっていた。単純な力が刃に宿り、その色を変えて思う通りに発揮される。今もまた、リザイアから放たれた火球と風の刃がぶつかり、空中でさく裂した。周囲を明るく染める赤い光、その熱が少しばかり僕の肌を熱くさせるけれどそのぐらいだ。
「……そうか!」
こちらを見つめるリザイアの瞳にはあまり感情が感じられなかった。逆に言えば、こちらを見下すような感情もない。あるのはただ、こちらを観察しようというものだけ。
つまりは、言葉通りリザイアは僕を磨こうとしているんだ。
「行きます。……ウェイクアップ!」
これまで使っていたこの力は一時的に僕の出しきれていない力を発揮する物、そう思っていた。けれど本当のところはもう少し違う物、ほんの少し、力を上乗せする物だ。瞬間、背中に羽根が生えたかのように体が軽くなる。
まるでナイフを使うかのように、明星を軽々と構えて再度突撃した。
「ファストブレイク! ブイ……レイド!」
魔法も僕の力だというのなら、スキルだってそうだ。不思議な世界の力を使わない手はない。ただでさえ軽く感じる体があり得ない速さで動き、斬撃を繰り出す。それらも受け止められてしまうけれど、気のせいかさっきまでよりもしっかりと受けられているように思う。手ごたえが、あるのだ。
「人の子よ、貴方は強い。そして伸びる力を持っている。努力して結果がついてくるのはもうそれだけで英雄の才能でしょう」
「僕だけの力じゃないよ。みんなが、マリーが一緒だったから頑張れたっ!」
思い浮かぶのは出会った時のマリーの姿。とても危なっかしくて、とても魅力的で、すっごく放っておけなくて……そして、優しくて。あの時、一緒に旅をするって言ってもらえなかったら僕は果たしてどこまで行けただろうか?
さらに浮かぶのは依頼で出会った人たち。街の人や先輩冒険者、それにシーちゃんやエルフやドワーフ。狼な人もいたっけな。色んな人がいて、色んな考えがあって……多くのことを学んだ。
「ですが母の前には無意味かもしれません」
「だからと言ってっ!」
僕よりも頭1つ分ぐらい大きくなったリザイアと正面から斬り合い、お互いに刃で受け流す。やっぱり、こちらを圧倒しようと思えば出来るはずなのにぎりぎりを攻めてきている。そのことがなんだか悔しくもあり、熱くなりすぎないように注意しながら僕はさらに踏み込んでいく。
上段から振り下ろされた相手の刃をしっかりと受け止めると、リザイアの背中で動く羽根。そのまま羽根先に魔力の光が見えた時、僕は頭に響くご先祖様の声に従って何もないところに小盾を作り出して文字通り盾とした。
響く金属同士がぶつかったような甲高い音。いくつもの音を立てて小盾が地面に落下し、役目を終えて消えていく。一時的に作り出した物で、ずっと存在は出来ないのだ。
「英雄の血が、目覚めましたか?」
「どうだろう。気持ちがなきゃ、どうしようもなかったとは思うよ」
ここにきて、ようやくというべきかリザイアの顔に表情が出て来た。それは即ち、さらなる力を発揮するという合図でもあったようだった。過激さを増す攻撃に対処する僕も何度も力を放って対応する。
火が吹き荒れ、風が吹き、時に氷や水が地面をえぐる。さらにはどこからか岩が飛んで来たり、生えていた木々が伸びたり……光が広がり、それをかき消すように夜のような闇が出てきたりと力の展覧会みたいだった。
『魔力残量は十分。ファルク、これがお前が磨いてきた力だ。お前の、生き方の結果だ』
(ははっ、すぐには信じられないね)
心の中で冗談を言うぐらいには、余裕があった。どこか他人ごとの様だった力が馴染んできたというのもあるかもしれない。今の僕なら、地竜を相手にしても必ず生き残れる、そう確信が持てる状態だった。
一体どれだけの時間がたっただろうか? すぐ? 半日? それとも……数日?
何故だか疲れを感じない中、何度も攻防が続き……ついに変化がやってくる。
「やりますね」
称賛の言葉を口にしたリザイアの手には半ばから折れた剣。僕が隙を見つけ、切りかかった結果見事に切り落としたのだ。そのことに油断せず、構え続ける明星にはまだ刃こぼれ1つ無い。
職人たちに感謝を捧げつつ、エルフの力を借りて周囲から力を集める。いつしか僕は自分だけでなく、周囲の精霊そのものに力を借りる術を身に着けていた。世界と混ざり合う感覚は、新鮮だった。
「そう、人も魔物も、竜ですら一人では長く生き、強くとはなれないのです。よくぞそれにたどり着きました」
言いながらリザイアは間合いを取り、折れた剣を何度か振るうと……その刀身が再生された。驚きつつも、そんなこともあるだろうなと思う自分がいた。どこまで続くかわからないけれど、戦うだけだ。
相手の状況を探る中、リザイアの回りに力が集まる。最初は火、そして水……どんどんと属性の力だとわかる物が集まってくる。それは空の虹のように無数の光となっていく。
『まずいな……あれはただの属性攻撃では防げない』
つぶやきと共に頭に浮かんでくるご先祖様の知識……それはかつての英雄が使った力の1つだった。幽霊のような存在であるスピリットには普通の攻撃が通用しない。銀なり、魔法なりで攻撃しないといけないのだ。それと同じように、普通には打撃が与えられない存在がいる。身近なところでは……精霊だ。
なにせ、魔法もスキルも精霊の力を借りているのだ。自分を殴るのに力を貸してくれというような物である。
それとは別に、普通じゃない相手と言えば、竜が思い浮かぶけどあっちはなんとか普通に戦うことも出来る。そんな中、リザイアの使おうとする力が必要となる相手は……竜の中でも特殊な存在であったり、とにかく普通じゃない相手だ。
例えばそう、天使や戦女神、あるいは……。
「その力はヤドリギのように……」
心に浮かんだ言葉はご先祖様からの物なのか。それとも力となってくれる精霊が教えてくれた物なのか。今の僕にはわからないけれど、今必要な物だと感じた。
アイテムボックスに片手をつっこみ、取り出すのは無数の宝石。1つ1つが魔石で、強い力を秘めた石だ。ついでに魔晶石も思うままに周囲に転がした。力の塊たちを足元にばらまき、その中央の地面に明星の切っ先を突き刺す。
そうでもしないと足りないと感じたのだ。これから行うことのためには!
「来たれよ。産まれよ……全ては精霊より産まれ、全ては精霊に還る……宝石剣、アレキサンドライト!」
力合う言葉と共に、地面の宝石たちが互いに光り、互いを光の線で結ぶ。その中央には明星。切っ先からさかのぼるように光が剣に集まり、いつしか明星は朝露が光るように無数の色のついた光に包まれる。
その剣の完成を見届けたように、リザイアの手から力が放たれる。少し前の僕なら何もできなかったであろう力の奔流。それに対し僕は明星を構え、ただ力一杯……振り抜く。
七色と七色がぶつかり、世界から音が消えた。




