MD2-252「雲上の地へ」
気が付けば周囲はまばゆいばかりの精霊たちによって騒がしくなっていた。無数の、空や地面が見えないぐらいの精霊たちがあふれ、祭壇のある場所を笑いながら漂っている。そう、笑っているんだ。
「ファルクさん、精霊の顔が……」
「うわー、みんなかわいいねー」
真剣な表情のマリーとは対照的に、自分のことのように笑顔になるシーちゃん。僕も数歩下がり、2人と合流してその光景を眺める。ご先祖様、ファクト爺ちゃんから譲り受けた力と物の内、純銀貨を思うままに解放した結果が広がっている。
目の前の光景は嘘のような物だった。口を開ければ口に精霊が飛び込み、深呼吸をしたならば一気に入り込んでくる。大げさに思えるだろうけど、そんな状況なのだ。精霊に味だとかがないだけましだけど、驚きの光景である。
『しっかり願うんだ。精霊は善悪を持たない。望むものに力を貸すだけの存在なのだから』
(願う……女神への道を……僕たちに!)
もう一度そう強く願うと、好き勝手に漂っていた精霊たちがいつの間にか段々と流れを作っていく。川面を漂う落ち葉のようにゆっくりと、なだらかに……でも、確実に。その流れはいつしか真っすぐと空へと延びる物になっていく。
そんな中、精霊たちの中から1人の大き目の精霊がこちらに来た。髪の毛が長く、小さな戦女神って感じで鎧も身に着けている。精霊としては珍しい姿だ。元々、姿がはっきりしてる精霊ってのもあまり見ないのだけど……じっと見つめられた。
声なき声が聞こえたかと思うと、精霊の背中に羽根のような物が生え、羽ばたき始める。すると、ちょうちょの羽根から粉が飛び出るかのように光の粒がどんどんと飛んでくる。それは僕だけでなくマリー達も覆い始めたので、慌ててそばにいたホルコーと飛竜も一緒にとみんなで固まり……周囲は光に包まれた。
しばらくした後、目を開いた僕が見た物は、光る絨毯のような物の上に立っている光景と、目の前に続く階段だった。どこまでも続くような階段は眩しくない程度に光っており、こちらへ進めと言わんばかりだ。
「行こう」
僕とマリーはホルコーに跨り、シーちゃんは飛竜の首裏へ。そのまま飛竜の体重でも大丈夫らしい階段を進んでいく。不思議と、音も立たずに静かな時間だった。1歩進むたびにホルコーや飛竜の足元に光の輪っかが産まれて光の粒となって消えていく。まるで湖の上を歩いているみたいだった。
「綺麗ですね……」
「うん……見て、地面があんな下だよ」
「あのお山、ヒーちゃんの住んでる場所だー」
無邪気に飛竜の上ではしゃぐシーちゃんの姿に、僕はこっそりと覚悟を決める。彼女も戦う力が無いわけじゃあ、ない。だけど、ここから先で起きるたぶん戦いは……。
無意識にか力が入っていたみたいで、繋いでいたマリーの手が握り返してくるのがわかった。僕の腕の中にいるマリーが、少しだけ顔をこちらに向けて……また手を握る。
「……私が」
「うん」
言葉少なく、僕たちはそのまま前とその後ろに見える地上の風景という二度と味わえないだろう不思議な光景を目に焼き付けながら進んだ。どれだけ進んだだろうか? 明るかった空も段々と夕焼けが近づき、そのうち夕闇が迫るだろう時間になってきた。山の上に太陽が近づいてきたからね……かといってここで休むというのもどうかなあという場所だ。
『ファルク、もしかしたら俺のできなかった色々を押し付けることになるかもしれない。すまない』
(今さらでしょ。それに、まだ役には立ってもらうよ? だって、僕の切り札は爺ちゃんなんだからさ)
急にお年寄りのような声になって謝ってくるご先祖様に驚きつつも、元気づけるべくそんな風に心で返した。そのまま段々と空が暗くなり始める頃、僕は階段の途中で野営を覚悟したのだけれど……。
「何か、ある……」
最初は雲かと思った。けれどそれは違った……見えてきたのは、空中に広がる大地だ。下から見ると本当にそうとしか言えない。そこに向かって階段は伸びている。少なくとも、たどり着いて無意味ということは無いだろうと思えた。
だから、少しだけホルコーたちに頑張ってもらおうと速度を上げ、駆けるようにそこに向かい……何も問題なくその大地の上に抜け出た。
「シーちゃん、私たちから離れたらだめですよ」
「うん。あっ、何かいるよ!」
その言葉にマリーと一緒にすぐにホルコーを降りて戦闘姿勢を取る。と言ってもいきなり抜きはなつのではなく明星に手をかける、というぐらいだけど……その姿勢のまま固まった。空の上の大地、それだけでも驚きだけどその大地には建物が無数にあったんだ。
空中都市─その言葉が頭に浮かぶ。人や魔物、地上の生き物がまずたどり着けないだろう場所だという直感があった。僕と一緒になったご先祖様の知識でも、確証が持てない場所だ。その知識が訴えてくる。ここに、女神がいると。
「人の子と、竜の子……獣の子もいますね。来て……しまいましたか」
「貴女は……女神様? いや、違う……?」
言いながら、話しかけて来た人影が女神ではないことに気が付く。確かに女神かと思うほどの姿であるけれど、圧倒的な気配というものは感じない。十分力は感じるのだけど、それだけだ。
多くはご先祖様によって引き出された僕の力のせいだと思うのだけど、黒龍、黒の王が自分と対等のように話すからには女神は同等かそれ以上の存在と考えるべきだった。
「母たる彼女に会うには、まだ足りません。今会えば、何もできずにひれ伏すことでしょう」
「それでも僕たちは女神様に会わないといけないんです」
なんとなく、彼女は嘘を言っていないと思う。このまま出会えば戦うまでもなく、負けると。だからと言ってじゃあ帰りますという訳にもいかないのだ。すぐそばに感じるマリーとシーちゃんたちの気配に後押しされるように、しっかりと地面を踏みしめて目の前の不思議な女性と向き合った。
「人……エルフ……ドワーフに竜……ああ、強き精霊も……なるほど」
最後の一言だけは妙に力強い物だった。そのまま彼女が指を鳴らすと急に雰囲気が変わる。周囲から魔力とも違う何かが彼女に吸い込まれ……少女のように小柄だった姿が急に大きくなる。その身に着けている物は、鎧。その手には武器。背中には2対の羽根が生えて来た。
「足りぬのならば積みましょう。曇りがあるならば磨きましょう。我が名はリザイア……星が産まれ、命が産まれる前から繰り返される祈りと願い。貴方を磨く一助となりましょう……!」
『くるぞ! 隔離される!』
「!? マリー、シーちゃん!」
「こっちは任せてください!」
決意に満ちた声と共に、どこからか光の輪っかが降りて来る。1つは僕だけを、もう1つはマリーやシーちゃん達を大きく覆おうとしていた。今さら一緒にというのも難しそうだ。それに、相手は僕だけをお望みらしい。
降りて来る輪っかが僕の腰ぐらいになったとき、それは縦や斜めにと回転し、段々と光の球体で覆われていく。いつしか視界は光だけとなり……それが収まった時、僕は天井のある闘技場のような場所に来ていた。
『懐かしい、と思ってはいけないんだろうがな……戦女神の決戦の場だ』
「さあ、思う存分磨かれるのです」
静かないつものご先祖様の声、そして優しくかけられる声に小さく息を吐き……明星をしっかりと抜き放つ。もう少しだ、きっと……もう少し。
決意を込めて、走り出す。




