MD2-247「巣立ちの心と親心」
空からは1つ1つに重みを感じる状態で言葉が舞い降りて来ていた。すぐに気が付いたことがある。これは人だけに向けているんじゃない、と。鳥や庭にいた馬なんかも急に空を見上げたからだ。
遠くにいるのに近くにもいるように感じる女神の声は続く。
─生きる全ての者よ。これまでも守ってきました。これからも守ります、ずっと
─そのためには、行き過ぎた刃は折らねばなりません。その刃は……母が持ちましょう
─さあ、その刃を差し出しなさい
恐らく、本当に予想でしかないけれど人以外にも伝えているからこんな感じなんじゃないかなと思う。人にとって見るとひどく曖昧で、何を言ってるんだろうと思う人もいたと思う。けど、僕にはなんとなくわかる。これまでの旅で、女神様があくまでも人の女神ではないということを十分理解してしまった僕には。
「ふんっ。籠の鳥に未来を生きる力があるものか。あいつはそれがわからんのだ」
「どうしてここに……」
女神がこうすることを知っていたであろう黒龍の言葉に思わず問いかけてしまう。これで僕の方がもう少し大きかったら痴話げんかでも始まるのかみたいな状況だ。まったく、なんでこんな格好をしてるんだか。
「気に入ったからだよ。そら」
「くあっ!!」「ああっ!」
忘れ物でも投げて渡すかのように黒龍の手が僕に向けられると、他に並び立つ者はいないだろうと心から思う気配が襲い掛かってくる。これはもう、攻撃も同然の濃密な物だ。現に、後ろ側にいたけれどそばにいるメイドさんなんか顔を青くしてぱたりと気絶してしまった。
対するこちらは……。
「ふむ。何の防壁もなしに正面から耐えるとは、やはり良いな。思った以上に強くなっている。それでこそだ」
「趣味が悪いですよほんと……説明頂けます?」
竜とかの類は力を確かめないといけない決まりでもあるんだろうか? まあ、黒龍は本当に名前の通り龍なのかはわからないんだけど……。ずっと黙ったままのご先祖様のことも気になるけれど、今は情報が欲しい。
「構わん。こちらにくるこの国の兵士共も聞いておけばいい」
言い切るのと同時に、飛び込んでくるランドルさんたち。きっと部屋の外に漏れ出た今の気配に慌ててやってきたんだろうね。みんな武装していて、室内を見渡し……犯人が黒龍だとわかっても見た目はただの女性だからか困惑している。確かにここに相応しい格好かは疑問が残るけどさ。
「おじ様、みなさん。大丈夫です。こちらの方は私たちが旅先で出会った偉大なる方ですから。少しばかり無理難題を押し付けてくるかもしれませんけど、良い人ですよ」
「マリアベル、今の紹介で何をどう安心しろというのだね? まあ……信じないわけにはいかないが」
視線の先では何がどう気に入ったのか、背中から1対の黒い翼を出している黒龍。腕にも見えていた素肌部分に黒い鱗が現れてきていた。竜人、そう呼べそうな姿だ。
「話は簡単だ。女神は星の生き物を守り、慈しみ、育てる。間違わぬよう、お互いを滅ぼすような力を得ないよう。対する黒の王は翼と牙を失わず、未来への気持ちは持っていなくてはいけないという厳しさを持つ。今はその天秤が少し傾いたのだ。子に甘すぎる母、甘すぎるがゆえに……」
「自分では何もしなくていいから家にいなさい……」
どこの家庭でも同じようなことはあるのか、マリーのつぶやきにみんな納得したような顔になっている。僕もふと、強い人たち……英雄の力を思い出す。それぞれではあるけれど、彼らは使いようによっては国が1つどうにかなるような力の人もいたと聞いている。そんな力は危ない、だからお母さんに渡しなさい……そういうことか。
「どうすれば女神は認めてくれるんですか?」
「認めるということはないだろうな。横っ面をひっぱたいてやるしかないだろう。子供はいつまでも子供ではない、全部に口出しはいけないとな。ほら、最初のしつけが来たぞ」
指差す先には、空に浮かぶいくつもの黒い点。何かが飛んできている……?
すぐに身につけられる防具だけは取り出し、僕は明星を掴んで外に飛び出した。状況を理解した兵士のみんなもとりあえず外に出て来てくれた。後は……彼女は何も言わずに杖だけを手に僕の横。
小さく微笑んで、杖と柄をなり合わせ……空から迫る相手を迎え撃つ姿勢をとった。
「見た目に惑わされるな! 武器を持つのならば敵である!」
こういう時は年上に叫んでもらった方が良い。そう思ってランドルさんに目配せをしたのだけど見事に考えを呼んでくれた彼の叫びが庭に響いた。どうしてここに直接来るのか、他の場所は、他の町は大丈夫なのか? そんな疑問が浮かぶけど今は目の前に集中だ。
舞い降りてきたのは天使……だけど人形のように表情が無く、その顔も誰ともわからないどころかそもそも目鼻がほとんどない。ただ白い人形に翼がある、そんな状態だ。だというのにその手にした刃だけは異様なほどに自己主張をしている。
「刃はこんなに危ない物なんですよ?って言いたいのかな。余計なお世話過ぎるっ!」
叫びながらの戦いはしばらく続き、幸いにも大したけが人はなく終わった。空を飛んではいるけれど、街道に出る魔物よりは少し強いかな?ぐらいだった。これで終わりということは無いと思うけど空を睨み……何も来ないことを確認する。すぐに謎の襲撃者が来ることを領内に知らせるべく騒がしくなる。
「マリー。僕は行くよ。どこかわからないけれど……女神に言わないと。僕たちは……僕たちでも出来ることがあるんだって」
「ファルクさん……」
卑怯だな、と自分でも思った。僕たちの旅自体は両親が見つかり、マリーの故郷に戻ってきた時点で一度終わっている。だから守りたいものは何か、考えるんだ……そう言っているのと同じだからだ。本当は一緒についてきてほしい。もしくはここでオルファン領だけ守ってるのも正解かもしれない。だけど……。
「お前だけではだめだ」
そんな僕の考えを蹴り飛ばすかのように言い切ってきたのは黒龍。出会った時と同じ服装のままでこちらに歩いてくる。すぐそばまでやって来たかと思うと、徐に左肩に手をやり……服をずりさげた。
「わっ!? そ、それは……」
服や髪の毛は全身黒いのに、肌だけは真っ白だった黒龍の肩には、大きな傷があった。治り切っていない……って待ってよ。黒龍はあの黒の王なんだ。こんな傷が治らないってことはないはずだ。例外があるとしたら……。
『神にとっては500年は数日と一緒か。ファルク、女神は勘違いしてるのさ』
「この気配、ようやく決心がついたか……まあいい。かつてのやんちゃの報いでな。今も疼きが思い出させてくれる。自分が万能ではないことを、自分が最上ではないことを、何よりも自分が世界の一員だと」
黒龍はなんだか傷が大切な物だと言わんばかりに優しい顔で撫でている次にこちらを見た時には何か決心をしたようにも見える表情だった。
「女神は愛を間違えている。ひどく過剰な、愛だ。世の母ならわかるのではないか? 例えばそう、子供に包丁を持たせない、危ないから外に出さない……もちろん外の世界には、どこかで自制しなくては危険は増すだろう。だが、それでは生き物は育たない。自分で立ち、自分で外の世界に立ち向かい、自分で自分のしりぬぐいはしないといけない。それを教えてあげる必要がある。それが出来るのは限られた者だけだ。そのうちの2人が、お前たちだ」
黒龍に、きっと神様だろう相手に言い切られ、僕は全身に鳥肌がたつのを感じた。勇者とも違う……なんだろうか、不思議な感覚だ。
「僕たちが……やります。マリー、戻ってきてすぐで悪いんだけどさ」
「ええ、何度もいなくなる不良領主ですからね。またかって思ってくれますよ」
クスリと笑って、2人して手をつなぐ。それはまるで黒龍を前に何かの宣誓をするかのようだった。




