MD2-245「戦いの形」
久しぶりの両親を交えた日々はとても充実していた。弟たちは寂しさからか、小さい時のように……って、今も小さいよね。それでも最初はどこに行くにもべったりだったのが段々と落ち着いてきたから2人とも、本当に良い子だ。
村で過ごす両親も、段々と冒険者らしいトゲというか険しさが減り、雑貨屋を営む元冒険者の夫婦、なんてのが似合う雰囲気に戻ってきた。強さを感じた僕としてはもったいないような、そうでもないような複雑なところだ。
いずれにせよ、その時がやってきた。
「そうか、行くのか」
「うん。ずっとマリーも自分の故郷を放っておくわけにもいかないしね」
畑から採れたての野菜を美味しそうに食べるホルコーを撫でながらの会話。ふと、隣に立つ父さんとの背の違いに時間を感じた。見上げるような形だった父は、いつの間にか横に並び立てる状態になっていたのだ。もちろん、まだまだ父さんの方が大きいんだけどね。
それは父さんも同じなのか、こちらに向けられた手が少し迷ったかと思うと頭ではなく、肩に降ろされる。大した勢いではないそれには、色々な想いが籠っているように感じた。じんわりと温かさすら感じ、そのまま横を向いて無言でうなずいた。
「あら、何男同士分かり合ってますよなんて劇をやってるのかしら?」
「母さん、いつの間に」
振り返って、驚いた。母さんの後ろにマリーがいた。いたのだが……見慣れない装備だった。杖はそのままだけど、全身があれこれ変わってるんだ。しっかりとした質感のローブ、足元もただならぬ気配を感じる。よく見ると髪留めもただの装飾品じゃなさそうだ。思わず隣の父さんを見ると、何やらしまったという顔をしていた。
「話が決まったら渡す予定だったんだが……先を越されたな」
どうやら両親は僕たちが出かけることをわかっていたみたいだ。まあ、思い出話として色々話したもんね。予想はつこうというものかな。それにしても、随分とその……高そうだ。こうしてるとわかるのは、素材の時点でかなりの物だということだ。
『今は大きさ的に着れないんだろうが、相当な業物だぞ』
(だよね。マリーもなんだか装備に着られないようにいっぱいいっぱいって感じだし)
でも、それだけ両親は僕たちのことを心配し、期待してくれている。そのことがわかってなんだか嬉しくなった。もじもじしているマリーにはちゃんと似合うよ等と声をかけ、改めて父さんから餞別代りの品物を受け取った。
動きやすい部品別になっている胸当てに、見た目のわりにすごく軽いグリーブ。靴も元々履いていた物よりより力を感じる一品だった。他にもいくつも指環とかを貰い、必要に応じて付け替えろと言われた。1つ1つがかなりの値段だと思うけど、こんな時ぐらいは親らしいことをさせろと言われれば断ることもできない。
「物をあげるぐらいしかできなくて、悪い親だな」
「確かに独り立ちには早かったし、ルーファスたちも泣いて大変だったかな。だけど、だからこそ今の僕がある。むしろ、僕のほうがちゃんと2人の息子ですって言えるようになってるかな」
ずっと、それが気になっていた。冒険者としては結構強くなったと思うし、他の人にはない物を持っている自信もある。だけど、息子としてはどうだろうか? だって、結局はルーファスたちを置いて旅に出てしまった。あのまま村で帰ってくるのを待っていた方がよかったんじゃないかって思った日は一度や二度じゃない。
「当り前だ」
短く、紡がれた言葉と一緒に抱きしめられた。そうして僕は一人の冒険者として、ようやく立てたような気がしたのだった。
弟たちは意外なほどにすんなりと僕の旅立ちを受け入れてくれた。また帰ってくるというのを不安に思ってないということなんだろうか。ちょっと拍子抜けだったかな。区切りにと弟たちとお風呂に入り、一緒のベッドで寝て……翌日。
装備を身に着け、貰った物はアイテムボックスに入れて……準備は万端。お弁当を作ってくれた母さんと抱擁をして……先に出ているマリーの元に向かう。空は良く晴れて風もほとんどなく、気持ちのいい朝だった。
「私だけ先に行ってもよかったんですよ?」
「そうもいかないさ。じゃあ、行こうか」
いつの間にか村の皆も集まっていた。事前にホルコーが飛べるようになったことは伝えてあるからか、子供たちはホルコーをあれこれと撫でては騒いでいる。そんな姿に笑いながら、彼女の背中に飛び乗り、みんなを見る。
「いってきます」
「ああ」
短い父さんとの会話。視線だけは熱く語っているのを感じ、頷きを返した。心残りが全くないわけじゃないけれど、いつまでもそうしてるわけにもいかないから前を向いてホルコーに合図。一鳴きしたホルコーの背中に魔力の翼が産まれ、みんなから歓声があがる。そのまま空へと舞い上がり、一気に上空へと向かう。
「また来ましょうね」
「うん。さあ、今度はマリーの故郷へまっしぐらだ」
風を切り、雲を抜け……一気に南下する。立ち寄って挨拶ぐらいはした方が良い場所はいくつもあるけれど、後々ゆっくり手紙でも出すことにして今回は真っすぐオルファン領に向かうことにした。一晩は野宿だったけど、次の日には見覚えのある街並が見えてくる。
村と同じく、驚かせないようにと離れた場所に降り立ち、そのまま普通に馬として移動してもらう。以前見つかったダンジョン……正確にはダンジョンになってしまった、かな? が影響しているのか街は賑わっている。そのままオルファン家の屋敷に向かうと、門番に立っていたのは見覚えのある青年だった。
「んん? まさか……お帰りなさいませ、お嬢様! それに、未来の旦那様!」
「もう、わざとやってますよね!?」
久しぶりの再会だというのに、旧来の親友のように対応してくれるのは嬉しいけれど、あまりにも大きい声で言う物だから他の門番や、周囲を歩いていた人たちの視線も集まってきた。中にはマリーのことをちゃんと知ってる人もいるみたいで、ちょっとした騒ぎだ。
「何やら騒がしいが……おお、マリアベル! 無事に戻ったか!」
「はい、おじ様」
屋敷から出て来たランドルさん、かつては色々あったけど領主代行としてしっかりと代役を務めてくれてるらしいことは周囲の表情からもわかる。ホルコーから降りて優雅に挨拶するマリーに、目を細めて何度も頷いている。
「ひとまず両親は無事に見つかりまして、こちらに戻ってきた次第です」
「そうか、となると?」
マリーと一緒に過ごすことが出来るのか、と聞かれた形なのでしっかりと頷いた。周囲からも祝福の声を貰う中、やっと肩の荷が降りそうだよ、とつぶやいていたのが印象的だった。
屋敷と現状の案内を受け、さっそく明日から領地の運営と状況把握を始めることになった。もちろん僕は領地の運営なんて初めてだ。だから、マリーの補助になる。しばらくはランドルさんと一緒に動いていくことになるだろうね。
「これからもお願いしますね。ファルクさん」
「僕で出来る事だったらなんでも、ね」
僕の冒険の旅はひとまず終わり、新しいマリーとの生活が始まる。




