MD2-244「取り返した日常」
故郷は小さな村だ。誰かが来たらすぐに村人の目に留まる。それが何年も帰ってこなかった父さんたちならなおのことだ。すぐに村中から人が集まり、騒ぎとなった。
「無事か!? スピリットじゃねえよな、足もある、透けてねえ!」
「ちょっと待ちなよアンタ。あの子達が先だろ?」
畑仕事の途中だったのか、泥だらけのまま再会を喜ぶ人もいれば、洗濯中だった人もいる。良く連れ帰ったと僕を褒める人もいて……ああ、帰ってきた……そう思うことの出来る光景だった。誰もが笑顔で、僕たちが戻ってきたことを祝福してくれる。そのことがとても嬉しくて、冒険に出てよかった、そう思った。
いつも賑やかに接してくれた知り合いのおばさんに背中を叩かれるように押され、実家へと向かい……たまたま外に出て来た2人と出会う。
「あ……」
「ただいま、ルーファス、メル」
その後のことは詳しく語るまでもないよね。水桶を放り出し、駆けてくる2人を父さんと母さんはそれぞれに抱き留めた。わんわんと泣く2人の声を聞いてか、店から出てきたのはザイーダ爺ちゃん。前に見たよりも髭がもじゃっと濃くなり、細い目も柔らかい物になって満足そうにうなずいている。
「戻りました」
「うむ、良く戻ったの。どちらかはいないという覚悟はしておったが……」
さすがに爺ちゃんも元冒険者。冒険者が戻ってこないというのはどういうことか、よく知っているからこその言葉だ。だから僕も嫌な気はせず、やりましたとだけ告げるのだ。店の横にホルコーをつなぐと、元からそこが自分の定位置とばかりにのんびりした姿勢になる。思い返せば、ホルコーも村を出る時は普通の馬だったし、あんな冒険に付き合うとは思ってなかったんじゃないかな? 今は、世界に彼女だけだろう……空を飛ぶ馬だ。
「ホルコーもお疲れ。ゆっくり休んでね」
「ほれ、二人も中に入りなさい。店番ぐらいはしてやろう」
爺ちゃんの言葉に甘え、泣きじゃくる2人を半ば抱きかかえるようにして家に入る両親の後を追う。一度帰っては来たけれど、やっぱり……なつかしさで一杯だ。ちょっと埃っぽいけど、懐かしい家の香りが胸いっぱいに広がり、ほっとできる。模様替えなんかはほとんどしていないから、両親が出かけた時のままのはずだ。あ、寝室はあれだ、弟たちが寝てるからごちゃごちゃかな……母さんの悲鳴のような声が証明している。
「ファルク!」
「はいはい、それだけ寂しかったんだからいいでしょ? 五年だよ、五年」
ちょっと卑怯な言い方になったかなと思うけれど、そのぐらいは許してほしい。昨日までは、そんな気持ちだってぶつける相手が弟たちにはいなかったんだから……僕だって寂しいぐらいなんだ、弟たちに両親の気持ちも考えるようになんて言えないもんね。
僕までいなくなって、余計に寂しい思いをさせたんじゃないかって思ってたけどやっぱりそうだったんだなと胸も痛くなる。
「僕が冒険に出てる間、ザイーダ爺ちゃんと2人が店番してたんだよ。在庫の補充もね。ゆっくり話してなよ、その間ご飯の準備ぐらいはするからさ」
そんな気持ちを誤魔化すように、今度は軽い口調で有無を言わせずという感じでの前に向かった。自然とマリーが横に来てくれることで、2人での作業が始まるのだ。
「スープみたいな軽いもののほうがいいですよね」
「そうだね。鍛えてるといっても冒険帰りだし」
適当にアイテムボックスからも材料を取り出し、汁気の多い煮込みを作ることにした。材料は昔から我が家でよく作っていた物、味付けも分量を量る必要もないぐらい、良く作った。両親がいなくなってからは最初は結構味付けに失敗したっけ。これぐらいしかできなかったんだよね。なんだか懐かしいな……。
騒ぎに首だけを向ければ、ルーファスとメルに連れられ、両親は家のあちらこちらへと連れていかれ、さらには店の方にまで出かけている。ずっと溜まっていた何かが吐き出されるような光景に、マリーと2人して小さく笑ってしまう。
「マリー……ありがとう」
「こちらこそ、ですよ」
窓からの夕日と、竈に灯る火の温かさが2人を包んでいる。後は煮込まれるのを待つだけ……そんな時間だ。竈の脇にある木樽に2人して座り、そっと手を握る。小さくて、柔らかい手。離したくない、そう思う。
座れると言っても所詮は木樽だ。自然と2人は密着している。服越しに感じるマリーのぬくもりにどきどきするけど、きっとマリーもそうなんじゃないかと思うと別の気持ちが湧いてくる。愛おしい気持ちに体が近づき……。
「にいちゃ!」
「あっ!」
元気なルーファスの声に2人して飛び上がってしまった。鍋に当たったりこぼしたりしなかったのは幸いだ。メルはやっぱり女の子なのか、声をあげたあとすぐにルーファスの手を引っ張って下がろうとしている。
「あはは、もうすぐご飯だよ」
恥ずかしさを誤魔化すようにそういって、竈に薪を足す僕とマリーがいた。
そして、夜。久しぶりの、本当に久しぶりの家族での食事を終え、ひとしきり騒いだ後、母さんとマリーがお風呂に向かった。ルーファスとメルも一緒だ。きっとかなりの騒ぎだろうね。
ザイーダ爺ちゃんも自分の家へと戻っていった。結果、父さんと2人…部屋に残り静かな時間が過ぎる。
「腕輪、装備できたんだな」
「うん。知ってるの?」
話だけはな……そういって父さんが語ってくれたのは一族に伝わる秘密。英雄の血統といったところは残してあった魔道具の話と同じだったけど、知らないこともあった。かつて、ご先祖様は随分と長生きだったらしい。それこそ、ごまかしきれずに隠れ住むぐらいには。
それでもいつか眠る時は来る。未来に希望の種をまいておきたいと願い、自らを魔道具に複製したそうだ。
「複製……」
『肉体は無理で、魂というべきものを。悪用されてはと、鍵はかけたんだがな。数は多くない』
聞こえてきた言葉をそのまま口にすると、父さんは驚いた様子で僕と腕輪を見る。どうやら当時の複製された人格が残っているとは思っていなかったらしい。
「意識があるのか、そうか……息子を、ありがとう」
『俺は俺だが本物じゃあ、ない。気にするなって聞こえないか』
「僕はさ、本物かどうかは関係なくってご先祖様に助けてもらってるもん。それでいいよね」
「ああ、成長したな……」
言いながら立ち上がった父さんは僕が一度も開けていない棚から何かを取り出した……お酒? 暖炉の火に照らされているけれど、中身が半分以上はあるお酒の瓶だった。
「良い感じに熟成されてる。一杯ぐらいなら大丈夫だろう。飯も食ったろ?」
頷き、小さなコップに注がれた液体を父さんに習って飲み干した。意外とむせることはなく、大きく息を吐いた。喉を焼き吐息と共に逃げていく熱、お腹に増える熱。そのどちらもが一つの区切りを知らせてくれた気がした。
「あの子は良いところのお嬢さんなのか?」
「たぶん母さんとも話してるからいいかな? マリアベル・オルファン、南にある貴族さんの……色々あって直系の後継者さんだよ。まあ一応、っていうと怒られるな。ちゃんと告白して、付き合ってる」
それ以上、何も聞いてこなかった。たった一言、支えてやれと……力強く言われた。こちらも異論はなく、深々と頷いた。と、それだけだというのに顔を上げた時にゆらりと視界が揺れた。
(なんだろうこれ……ふわふわする)
「ん? ああ、初めてにしてはきつかったか。水を飲んでゆっくりしてろ。……すまんな、ゆっくりする時間もあまりなかっただろう?」
言葉少なく、曖昧な笑みを浮かべ、ソファに沈み込みながらぼんやりと暖炉の火を見つめることにした。結構な時間の後、お風呂からあがってきた母さんたちに見つかり、ちょっと小言を貰ったりもしたけれど……それ自体、もう何年も味わっていなかった幸せな時間。
「……ありがとう、ご先祖様……ファクト爺ちゃん」
『子孫のためさ。じじいとばばあは孫には甘いと相場が決まってる』
楽しそうな言葉を聞きながら、父さんとのお酒という思い出に残る夜が過ぎていった。




