MD2-243「絆の翼」
何百年も前に転移していたという父の友人たち。村にいたころの自分なら何を言ってるんだろうと疑ってばかりだっただろうけど……今の僕なら否定はできない。それだけの経験は積んできたからね。
「残念なことに現場で捕えられ、多分隷属に近い魔法を使われたのだろうな。意識はあるが、自分の思うようには行かない状態だった。色々と喋らされたよ。私たちの時代の事、知っている歴史の事……不思議と食事だとかは自分で出来るんだ。そんなある日、戦場に連れていかれた。手元に置いておきたかったのか気まぐれなのかはわからない」
周囲も騒いでいる酒場の一角だ。中身を聞いている人はいなさそうだった。思い出すようなつぶやきはとても興味深い内容だった。幸いにも、乱暴とかそういったことはされていなかったらしい。
風習が大きく違うからか、食事があわなかったのだけは最悪なんていうぐらいだから冒険者としてはしたたかってやつだね。
「前線に出ることはなかったけれど、激しい戦い……たぶん第二次精霊戦争はアレのことを言うのだろうなと思う戦いも見た覚えがある。そしていつの間にか戦場に取り残された俺たちは西の人間に保護されたんだ。今思えば不思議だが、保護してくれた相手は俺たちの話を信じた。物資を渡してくれた上、霊山にまた送ってくれたんだ。再び登り、そして彼と出会えた」
「道理で話より若いはずだ。もう少し歳食ってると思ってたもんな」
「つまり、おじさんたちと父さんとでは年月が違うってことかぁ。すごいなあ」
本当は過去に行ったおじさんたちのほうが年上だったはずなのだけど、父さんの方が先に年を取ったらしい。それにしても、助けれくれた人はかなりのお人よしだよね。普通、信じないもん。っていうか、きっとご先祖様か関係者だ。そうでなければ、普通の人は霊山のことなんかあまり知らないもんね。
『名乗らない方が、良いんだろうな』
(まあ、ややこしいしね)
姿を見せられないから説明にも苦労するだろうし、やっぱりややこしい。僕はご先祖様のことは黙っておくことにして、おじさんたちの話を聞いては相槌を打っていた。いつの間にか酒場の喧騒も少しずつ消え、さすがに眠たくなってきた。
翌朝、改めてお互いの確認をしたうえでお別れとなった。元々無理やり気味に再結成した形らしく、次は祝い事で集まれたらいいな、なんて言いあっての物だ。話を聞く限り、仲間に欠員は出ていないのが誇りのようだった。
僕たち親子と、マリーの4人とホルコーの1頭だけとなって随分と寂しくなったような気がする。早くルーファスやメルに会いたいな。父さんたちは僕よりもっと会いたいだろう。
「ホルコー、2人だけ先に行けるかい?」
「ファルク?」
馬を1頭買うのもいいけど、もっと早い方法があるにはある。そう、ホルコーの飛翔だ。だいぶホルコーも階位が上がったし、長時間飛べる。それに、夫婦水入らずなんてものいいんじゃないかな、なんてことも思うんだ。
けれどホルコーは首を器用に振ると、返事の代わりにか魔力を僕の方に伸ばしてきた。それはなんだかつながる糸みたいで……あれ、なんだろうこの感覚。マリーと組んでるパーティー?っていうのとも違う……視界に僕の顔が見えて来た? 隣にいるマリーも見える。これはもしかして……。
『ホルコーが新しく魔法を覚えたみたいだな。マナリンク……これを覚える馬がいるとは……』
ざっくりいうと、魔力共有が出来たり、能力を一緒に使えるらしい。この場合の能力とは……飛翔。両親にはホルコーは飛べるんだよ、とだけ言ってとにかく乗せた。僕はそのままマリーの手を握り……いや、万一を考えてしっかりと脇に手をいれて抱き寄せる。
「ファ、ファルクさん……」
「離したくないから……ね」
少しばかり両親たちの視線が気になるけれど、ごまかすのもなんだし……うん。恥ずかしさを振り払うように、ホルコーに頷いた僕はそのまま滑るように走り出した。既に足元には風。水上も走れそうなほどの風を産み出し、隣を走るホルコーと一緒に空へと舞い上がった。
(残念ながら翼は無し、っと。この方がいいかな)
人間の背中に羽根が生えたら天使か!?なんて変な噂が出るもんね。ふふっ、父さんたちも驚いてるや。でもすぐに真面目な顔になって前を向けるあたり、やっぱり冒険者だね。
空には国境はない。地形も何もかもが自由だ。ホルコーにとっても村は故郷だ。むしろ村の馬がここまで成長するなんて誰が思うだろうか?
「これがホルコーが飛んでるときの気持ちなんだ……」
「なんだか素敵です」
元々ちゃんと寒くないようにと対策はしてるけど、腕の中の彼女のぬくもりが僕の心も温かくする。ぐいぐいと景色は通り過ぎていき、いくつか見覚えのある街を通り過ぎる。
マナリンクでホルコーとつながったことで互いの魔力残量がよくわかる。今のところは飛んでいても何の問題もなさそうだ。馬車ならどれだけかかるかわからない距離をどんどんと進む。これならすぐに故郷に着きそうだ。
ふと……遠くの山を見た時に気が付いた。雲が広がる中、ちょうど晴れ間なのか光の柱が地上に注がれている箇所がいくつもある。まるで天使や戦女神が降りて来るかのような幻想的な光の柱だ。人がそういうのを気にするのもわかる気がする。
「ファルクさん、だいぶ近づいてきましたよ」
「そうだね。いったん降りようか……お土産も買いたいだろうし」
いきなり村に行ってもいいのだけど、心の準備ってやつもあると思う。父さんたちは初めての空の旅で驚いてばかりだろうし……うん、買い物と休息だ。
ホルコーに合図を送り、街外れの森に近い場所に降りることにした。ここからなら冒険者の依頼帰りとしても不自然ではない距離だしね。ふわりと舞い降り、飛行の魔法を解いたところで両親を見ると……随分と興奮した様子だった。
「本当にファルクか? 中身が別人ってことないよな?」
「あっ、ひっどいなあ。これでも頑張ったんだよ? 弟たちに……早く会わせたかったから」
「はいっ! ファルクさんは頑張ってましたよ。色んな人を助けて、助けられて……立派な冒険者で、将来の領主です」
「えっと……領主?」
笑顔で言葉のやり取りをしていたところに、マリーの落とした言葉が全部持って行ってしまった。しまった、そのあたりの説明を全然していなかった……弟たちと再会してからでいいかなって思ってたもんなあ……。
「後でね。二人とも、早く帰りたいでしょ?」
ひとまずはこの場はどうにか誤魔化して、一通りの買い物をしてから村へと進むのだった。




