MD2-242「思いは時を超えて」
僕は、こんなにもおしゃべりだっただろうか? いや、どっちでもいいのではないだろうか? 今は、きっと許してもらえる。
「それでね、それでね」
「ふふ、ファルク。元気ね」
母のそんな言葉に、僕も自分がどれだけ子供っぽく話しかけていたかがわかった。霊山から離れるほど、周囲は安全になる。別に霊山自体が危ないという訳でもないのだけど……ね。このあたりには魔物も多くないのだ。
近くの集落までと、サラディンさん達も同行することになった道すがら。疲労している人や母のように怪我をしていた人は馬に乗ってもらっている。ケンタウロスの人たちも快く背中を貸してくれたんだ。
良い出会いだったからその駄賃だ、とサラディンさんが言ってくれたおかげだ。
「あの、ファルクさんのお父様。目的は達成できたとのことですけど……」
「ああ。実はあの2人が霊山に向かったまま行方不明になったと聞いてね。探索のために来ていたのさ。長年の、友人だからね」
そんなことを言う父の表情は少し迷いがあった。きっと僕や弟たちに寂しい思いをさせたことを悔やんでいるんだと思う。どちらを選んでも何かしらの犠牲があったんだろうなと今の僕ならわかる。仮に僕たち家族を優先し、村にとどまったとしても友人たちは両親を怒ることはなかっただろう。けれども逆にそれが重しとなってしまう。
僕も、どちらかを選ばないといけない時……選べるだろうか? どうするにせよ、自分で決断し、自分の覚悟を持って選ばないといけない……と思う。
『あの2人に、随分懐かしい気配を感じるな。霊山でだいぶ昔に行ってるんじゃないか?』
ご先祖様が意識を向けるのは両親が仲間と一緒に助けたという友人の男女。こちらも夫婦とかなのかな? このあたりでは見ない服装なんだよね、なんだっけか……。
「そうだ、ファルク。何か服を持っていないか? 2人のあの格好は目立つ」
「あるよ。そういえば、どこの服装だっけ? 覚えがないんだけど」
村の人へのお土産や、何かあった時のためにと色々と買い込んでいる中に服もあった。染め色が綺麗だったんだよね。渡すついでに2人の服に手を触れる。素早くご先祖様の力も借りて、鑑定である。
そして浮かんできたのは……ルミナスという名前。
「信じられないかもしれないが、500年は前の東国の服さ」
『っ! そうか……彼らがあの時の……』
驚くことに、ご先祖様には心当たりがあるらしい。あまりいい思い出ではないのか、2人は不思議な世界に迷い込んだ、とだけ言ったけどなんとなく見えてくるものがある。
かつての精霊戦争の時、戦争を起こした国の1つ、それがルミナスだ。東も東、東端に位置する土地を支配する大国だ。こちらとは中間の大草原や山々がなければ今もぶつかっていたかもしれないという間柄。今は交流そのものはあるけれど、距離が距離なので細々といったところのはずだった。
(まあ、そうでなくても戦争した同士、だとちょっと気にもなるか)
その後、無事に集落にたどり着いた僕たちはサラディンさんとは別れることになる。元々、霊山でたまたま一緒になっただけの間柄。出会いも運命というのはちょっと言いすぎかもしれないけれど、出会えてよかったとは思う。
「代えがたい経験が得られた。礼を言うぞ、人の子、ファルクよ」
「こちらこそ。無事に両親と会えたのも皆さんのおかげです」
大人と子供、元々の体格差に加えて相手は馬に乗ったような状態だ。少しばかり握手には苦労したけれど、それだけだ。まだめぐる場所があるということでお別れだ。
ケンタウロスの珍しいこちらの土地で過ごすのは色々と大変だと思うけど、その苦労もこみこみの旅路だということだった。そうして後に残ったのは僕達人間っていうとちょっと変かな?
「俺たちは休息後、故郷に帰ろうと思う」
「そうだろうな。その方が良い。本当に、助かった」
いきなり宿を探すには人数が少々多いけれど、なんとか部屋を確保した僕たち。唯一あった酒場で食事となり、父さんたちは今後の話をしていた。僕とマリーは、元気になってきた母親のお世話を……もとい、からかいをしのいでいた。
旅路、そして戦いはかなりの物だったのかほっそりしたのは太る余裕がなかったからかしら、なんていう母に、マリーも自分の親のことのように微笑む。母の瞳が妙に光った気がした。まったくどうして、女親というのはこういう時には妙にぐいぐいと来るのだろうか?
『あきらめろ。それが母親ってやつだろう。5年だ。可愛い盛りに会えなかったんだからな』
こんなことでルーファスたちと再会したらどうなるのか?と思いながらも久しぶりの母親との会話を僕も楽しむ。なんのことはない、僕もまだ親に甘えたい年頃のままな心を持っているのだ。時々勢いに押されて困った気分にもなるけれど……悪くない。なんていうと子供らしくないなんて言われちゃうかな?
「そうだ、お母様」
「あらあら、お母様だなんて……もうファルクとはそういう関係なのかしら」
「か、母さん!」
訂正。やっぱりこういうことがあるから、困る。マリーもマリーで照れながらも否定はしないし……いや、まあ……否定されたら寂しいんだけどさ。順番ってあるんじゃないの? あ、どこかで指環とか買わないとだ。彼女にあげたいもんね。もしくはご先祖様となら作れるかな?
『何も問題ない。落ち着いたらそうしようじゃあないか』
そんな調子で時間は過ぎていき、疲れからか父さんたちも随分と静かになってきた。既にうとうとしだしたマリーを母さんに任せ、僕は父さんたちの隣に座る。一人だけ若いというのもちょっと変だけど……こんな時間もいいよね。
「ファルク、今さらだが本当にすまない」
「いいよ。今ならわかるもん。自分ではっきり片づけたかったんでしょう?」
実際、僕が同じ立場だったら友を助けることを選んでいたように思う。子供達と離れるとは寂しいだろうけど、自分の子供だからこそ、乗り越えられるんじゃないかと信じて……。
父さんは少しばかり苦い顔をしながらも、頷いた。自分の子供に言わせる言葉じゃない、とか思ってるのかな?
「良い息子じゃないか。おかげで俺たちは助かった」
「聞いてもいいですか? 昔の国とかはどうだったか……」
「不思議な……国だったよ。あの日、霊山で迷った俺たちは何かの転送柱に触れたか、門をくぐってしまった。転移した先は……ルミナスだったんだ。独特の建造物、それに人々の服。間違いなかった……状況を探っていると、何かに襲われた」
霊山で行方不明になっていたという2人が語り始めた内容は、とても不思議で……なぜかご先祖様が息を呑む気配がするのだった。




