MD2-240「彼方より来たる者-3」
戦女神に認められた。そのことを自覚する前に周囲はまた景色を変えていく。折れた剣を鞘に戻した音が響くと同時に、あれだけ濃密な気配があった周囲の精霊たちは幻だったかのように消え去ったんだ。
どこかに吸い込まれたとかそう言ったことは考えにくい。つまりは場所が変わった……そういうことだと思う。
「気が付いているかわかりませんが、人の子よ。貴方方は強い。ただ今はその強さを振るう理由があまりないだけなのでしょう。だからこそ気が付きにくい。かといって力の限り振る舞えばよいという訳ではないのが世の中の難しいところでしょうね」
「随分と人間臭いんですね」
そんな感想が口から出るぐらい、先ほどまでとは雰囲気がまるで違った。剣を納めれば戦いは終わり、ということの様だった。隣に寄り添うマリーと手をつなぎ、戦女神と向き合う。背丈は僕よりも大きいけれど、何よりも存在感はこうなっていてもやはり、違う。
『現実問題として、肉体があってないような物だからな。食べることもないし、飲むこともない』
生きているけれど生きていない、そういう感じらしい。寂しいような、究極的なような……でも、今はいいかな。試験のような戦いが無事に終わったということは1つ前に進んだということなのだから。
「人は……いえ、地上の生き物は己だけでは生きていけません。それは実は精霊でも同じ。自分だけでは何にもなれず、寄り添って初めて何かになれるのです。逆に言えば、寄り添うことでそれらしく変わっていきます。私も役目のままに……それはまあ、いいでしょう。では始めましょう。駄目でも滅びたりはしませんからね」
「ちょっ!?」
少しどころじゃなく物騒な気配を感じたのだけど、了承していたのは自分だ。止める間もなく、戦女神が鞘を掴み僕たちへそれを向けると……白く光ったのだけはわかった。
音が無かった。視界には無数の、それこそ見渡す限りの音を紡ぎそうな存在があるというのに。だというのに僕はどこか遠くからそれを眺めているだけだった。近づくことも、指先でつまむこともできない。なぜなら僕が今いるのは遥か上空であり、僕はとても巨大な……。
(これは……記憶?)
気が付けば僕はちゃんと僕だった。どうも空に浮いているような感じではあるけれども……こんな黒い空、あっただろうか? それに、目の前に広がる大きな白い丸いのはなんだろうか? 青い部分、茶色い部分、緑の部分。白いもやっとしたものがあちこちにある。
よくわからないけれど、ものすごく上の方にいるっていうのだけはわかる。でもこの場所だとどっちが上だか下だかわからないね。なんだか急に怖くなって、自分以外に誰もいないことにも気が付いて寂しくなった。
と、僕が何かから抜け出しそうな感覚を覚え、それは駄目だと思った。この感覚は、ずっと持っていないといけない。だから僕は魔力ともつかない何かを使って僕が今いる器のようなものごと掴み……光る白い丸いのに降りていった。
急に動く景色。段々と近づくそれは……地上?
「いったあああああい!?」
確かめる暇はなく、僕は硬い何かに叩きつけられているのを感じた。無理やり気味に目を開くと、そこは戦女神に出会った霊山。空には太陽はなく、なぜか明るい場所で……腕の中にはマリーがいた。まだ目を閉じている……あ、起きそう。というか起きてこちらを見た。
「不思議な夢でした。孤独で、寂しくて。でも見守ってあげたくて……あれは……母親」
「無事に戻ったようですね」
かけられた声は戦女神の物。そしてすぐそばにホルコーもいることに気が付いて慌てて立ち上がる……と、その違和感に気が付いた。戦女神は変わらない、変わらないはずなのに圧倒的な存在というより、強さのわかる存在……そう見えたのだ。
これが霊山で自由に動くための資格を手に入れた人の感覚なんだろうか?
「これで両親を探せますか?」
「ええ、ですが一時的な物。さすがにずっとという訳にはいきません。そんなことをしては人でいられなくなりますからね」
「やりましたね、ファルクさん!」
断言する戦女神と、横から揺さぶってくるマリーの叫びにようやく実感が湧いてくる。ホルコーの顔を舐める感じも、僕を祝福してくれるかのようだった。2人と1匹して喜んでいると、じっと戦女神がこちらを見ていることに気が付く。
何か変なところがあったかな?と思って自分を見渡して見ると……胸元に白い結晶のような物が貼りついていることに気が付いた。夢?で見た白い丸みたいな感じだ……。
「運命と呼ぶには絡み合う物が多いですね、人の子よ。古き力を借り、新しき力を借り、そして先の力を産み出す。私には、我々にはできないことです。だからこそ……」
少し寂しそうにそうつぶやいた戦女神に問いかける前に羽根が羽ばたき、こちらに風が迫ってくる。じりじりと下がる姿勢に驚くけれど、お別れの時間なのだと感じた。じっと黙っているご先祖様も、何かをしている気配がある。戦女神が僕の右腕、その腕輪を見ているからよくわかる。
『また、会おう』
「ええ、全ては精霊と共に」
一際強い風に僕たちは吹き飛ばされるようになり、目を開けていられないと顔に手をやる。ホルコーに捕まりながらその風に耐えているとそれもいつしか収まった。
目を開くまでもなく、そばに気配を感じた。少し前まで一緒にいた気配、ケンタウロスのサラディンさん達だ。みんな無事で、よく見ると装備が変わっている。
「おお、そちらも無事に終わったようだな。特に武具を授かったわけではないようだが……うむ、強者の気配を感じるぞ」
「おかげさまで。サラディンさんはもう帰るんですか?」
事前に聞いていた彼らの目的は達成されたはずだ。となれば少し寂しいけれどお別れの時間だ。元々、同じ場所にそれぞれ目的があるからという約束だからね。
そう思っていると、ずいっと目の前に来たサラディンさんは僕の肩を思い切り叩いてきた。高さのある所からのことに思わずよろけてしまう。一体、と思って顔を上げるとサラディンさんの彫りの深い顔が目の前にあった。
「せっかくなのだ。付き合おう。よくわからぬが、力も意思もいるのだろう? ならば我らを力として使え」
「我々も若と同じ気持ちですよ。貴方方との旅は面白い」
「ありがとうございます!」
改めて同行者となったサラディンさんたちと一緒に再び霊山探索を始める。今度は行きと違い、僕たちがどんどん先導していく。見えるのだ、道が。感じるのだ、気配を。
こっちは変なところにいる、こっちは魔物がいる、僕の知りたい気配は……こっちだと。
『上手く見つかれば、旅はひとまず終わりだな』
ぽそりとつぶやかれた言葉に、僕は胸の痛みを覚えていた。




