MD2-024「よぎる不安-1」
始まりはギルドでの未確認情報からだった。
「オーク……ですか?」
「はい。規模などはまだ不明ですが……。間違いないだろうと思われます」
今日も今日とて、とヒルオ草達を十分な量採取し、
安定した稼ぎを手にした後のランスさんとの雑談の際の事だ。
オークの集団が近くにいるだろうから遠出には注意するように、と。
「直接の目撃情報はまだありませんが、
ホーンウルフが森から何者かに押し出されてきています」
ランスさんはそういって、カウンターに常備してあるらしい
モンスター図鑑とでもいうべき冊子からホーンウルフを指さしてくれる。
ホーンウルフは額に細く鋭い角を持ったモンスターだ。
『まんま狼だが、噛みつき以外に角は危なかったような記憶がある』
ご先祖様の言うように、ランスさんもホーンウルフで怖いのは
突進からのこの角の一撃だと口にする。
「普段は森の奥の方にいるんですけどね。ここ最近、目撃事例が増えてきました。
ゴブリンやコボルト程度では相手にならない強さのモンスターです。
この近辺でそれが可能とするとオーク、しかも少なくない数です」
「オークってあれですよね。大きい体に、見た目はぶよぶよしてるけど
意外と動きが速いっていう」
ランスさんが続けて示してくれる図鑑でも
オークは見た目が醜悪で、お近づきにはなりたくない類のモンスターだ。
「ええ、そして我々と比べると差はありますが考える頭はあります。
集団の主格となる個体がまとめ上げ、洞窟や廃墟なんかを根城にして
ある程度の規模になってしまうことがあるんですが、
恐らく今回はその類かと思います」
同じ話はほかの冒険者にもしているのだろう。
すらすらと説明してくれるランスさんの表情はやや硬いながらも
どこか落ち着いた物だった。
もしもオークの存在が確定したら、冒険者全体への依頼が出るだろうから
近くにいたほうがいいかもしれない、と助言を受ける。
僕はマリーと話し合い、その助言に従う形で
自己鍛錬とご先祖様の助言を受けての物資の確保に勤しむのだった。
「よっ、ヒルオ草の。元気か」
「ルクルスさん、僕はファルクですよ、もう……」
朝晩に涼しさを感じ始めたある日の事。
ギルドに顔を出した僕達に1人の男性が近づいてくる。
両手剣を主に使うC評価冒険者のルクルスさんだった。
逆立った赤毛、鍛えられた体、意志の強さが見える瞳、と
何所を見ても立っているだけで迫力満点だ。
装備も金属製の防具に予備の武器すら両手で使える斧、と
ガッチガチの前衛である。
ひょんなことから面識のある彼だけど、
朝一番で話しかけられるのはこれまでなかったことだ。
僕のその疑問が顔に出ていたのだろう。
ルクルスさんは僕の肩に勢いよく手を回したかと思うと
抱き寄せるようにして顔を近づけてくる。
そのまま壁際のテーブルまで歩き、外から見たら
朝のじゃれあいのような姿となっているだろう状況となる。
正直、あまりの実力差と男としての体格差にちょっぴり怖いのは内緒だ。
「発表もすぐだろうけどよ、大掛かりな狩りがある。
そこで、だ。将来有望そうなお二人さんに先に声をかけておこうと思ってな」
「……オークですか?」
囁くような、それでもはっきりと耳に届いた声。
その内容で思い当たることは僕には1つしかなかった。
依頼書を見繕っているマリーの後ろ姿に
視線をやりながら、声を思わず僕も小さくしてしまう。
「さすがにわかるか。だろうな、と思う。
おめえ、アイテムボックスと弓も使えたろ? すぐに矢を買い集めて来い。
出来れば水の入った樽なんかもボックスに入れておけ。
こういう大規模な狩の時にはな、直接の討伐以外に
貢献度みたいなので報酬が上乗せされるんだよ」
「魔法も使えるマリーも一緒にルクルスさんたちの補助と
気が利く新人ってところでギルドの覚えもさらに良くなる、と。
戦いの方ではお互いに安全が確保できる……ってことですね」
僕がわかるように分かりやすく言ってくれるルクルスさんへと
正直に答えると、彼はにやりと笑う。
(うう、この迫力はまだ慣れないや)
『要経験、だな。ただまあ、旨みは多いだろうな。
格上の戦いを身近で見られる機会だ』
ある種の励ましの声に内心頷きながら、
僕はルクルスさんの提案に肯定で答え、
マリーと依頼をこなす流れで物資の確保に動く。
成長の結果か、僕のアイテムボックスの容量は順調に増えている。
矢も無理のない範囲の金額を確保し、水の入った樽も5樽を入れることが出来た。
水は飲んでもいいし、何かを洗うのにも使えるはずだから無駄がない。
結局、ギルドから正式に発表があったのは
ルクルスさんの提案から4日後の事だった。
ルクルスさんの仲間である人たちと僕とマリー。
合計7人の集まりで道を行く。
近くを他の冒険者の集団も各々歩いている。
向かう先はとある森。
その中にある放棄されたかつての砦跡を目指しているのだ。
「聞いてもいいですか? 砦跡って、なんで森の中にそんなの作ったんですかね?」
道すがら、僕は気になっていたことを先輩諸氏に聞いてみた。
砦跡にオークが住み着いた。
これはまあ、わかるのだけど、なんで深い森の中にそれがあるか、が謎だった。
「だよな。恐らくは最近のじゃなく、ずーっと昔。
それこそ百年以上前に作られた奴が放棄され、
周りに森が出来てしまったってのが正解だろうな」
ルクルスさんは話してみると随分と陽気で気さくな人だった。
今も、5人の代表なのに僕の疑問に笑いながら答えてくれる。
「オークが無駄に壊していなければ、研究してもいいかもしれないね」
そういって思案気に呟くのはルクルスさんの仲間の一人であるエルフ。
そう、エルフだ。
すらっとした体格で、とがった耳。
男の人なのにやや長めの髪も妙に似合っている。
「サフィリアが言うと不思議な物ね。アナタ、ルクルスに負けず劣らずの攻撃馬鹿じゃない」
横合いからの突っ込み、その声の主は恐らくは魔法使い。
まあ、大きな杖と、魔石らしい物の付いた腕輪が見えるからなんだけどね。
彼女に言われてみてみれば、エルフ、サフィリアさんの背中には
高そうな槍が背負われていた。
「あのっ、エルフって魔法に長けているって聞いたことがあるんですけど」
少し上ずった声でマリーが問いかけると、サフィリアさんは
歩きながらもどこか寂しそうな顔になる。
「おおむねそうなんだけどね。私は魔法を撃てないのさ。
攻撃にまとわせるのが精一杯でね」
そういって、何も持ってない右手の指先を振ったかと思うと
その指にはわずかだが炎。
「これを槍でやってより強力な攻撃にってわけさ。
ファルク君とマリーちゃん複数の属性で撃てるんだろう? 逆にうらやましいな」
そういって微笑む姿は僕も噂に聞いているエルフそのものなのだけど、
実態は思ったものと違うようだった。
『筋肉ダルマじゃないだけマシか……』
ご先祖様のどこか疲れたつぶやきを聞きながら、
僕達は先に進む。
ルクルスさんの集団、パーティーは
戦士職としてのルクルスさん、サフィリアさん。
魔法使いのランダさんに斥候のハヤテさんに射手として弓を使うホリィさんの5人だ。
サフィリアさん以外は普通の人間なのだけど、
ハヤテさんはこの辺で見ない姿だと思ったら東の国の出身らしい。
やや中・後衛部分が薄いのが悩みだったそうで、
今回は僕達2人がそこに入ることになる。
街からほぼ2日。
僕達はほかの集団に先んじて目的地の森の前にたどり着いていた。
「おいおい、どういうこった」
「あれって、オークですよね」
森といってもある程度は切り開かれた入り口がある場所だ。
多少雑草が生えたところでその道が飲み込まれることが無い……はずの場所。
今はそこに2体の人影、オークが立っていた。
まるで、門番であるように。
まだ距離がある状態で、物陰から僕達はその姿を観察していた。
『おい、アイテムボックスに入ってましたってことでこれを使ってみろ』
(これは……遠見の筒? こんなの持ってたんだね)
ご先祖様に言われ、手にしたのは魔力を少し込めるだけで
遠くが見えるようになる魔道具、遠見の筒。
いくつか種類のある、そう特殊でもない魔道具なんだけど、
今は間違いなく役に立つ道具だ。
「ルクルスさん、これ」
「お? ちいと古そうだけど十分だな。
俺達のはこの前壊しちまってよ。助かる」
さっそくとばかりにルクルスさんは遠見の筒を覗き込み、
オークたちを観察し始めたようだった。
「さて、こうなるとできれば正面からはぶつかりたくはないわね」
「ええ、間違いなく。片方でも逃せば厄介ですね」
ランダさんのつぶやきにサフィリアさんも頷き、
他の面々も同様だ。
「……いや、そうでもないかもしれん。あいつら、だらけてるぜ。
大方、言われるままに立ってるけど暇してる感じだろう」
そう言われ、ルクルスさんがそうしていたように覗き込むと、
半分立ったまま寝ているかのようなオーク2体の姿。
「思ったよりも集団の数は少ないってことかね?」
「……条件付きで同意」
どこかおどけた様子のホリィさんに、ハヤテさんが物静かに同意することで
僕達の中に1つの考えが産まれる。
「……隙を見て、あるいは夜明けにでも奇襲でしょうか」
マリーのつぶやきに、その場の全員が頷いた。
その後は少し森から離れ、後で追いついてくる冒険者達にも考えを伝え、
隠れるようにしてそれぞれの配置につく。
夜になるとこちらも大変なので、と
次の日の夜明け直前から始まると決まった。
初めての大規模な討伐に、僕の心は期待と心配であふれていくのであった。




