MD2-239「彼方より来たる者-2」
それは吹き荒れる力の嵐の様だった。剣が振るわれれば不可視の力が刃となり、逃げ場をなくすかのように飛び交う。かと思えば湯気のように沸き立つ魔力を糧に炎が、氷が、荒れ狂う。
地面はえぐれる……と思いきや破損する様子はない。そこに疑問を抱いている余裕は正直、ないんだよね。だって、さっきからこういう攻撃をしているのは僕たちなんだから。
「さあ、好きなだけ力を出し切りなさい。貴方方はそれだけの実力を持っているのです」
「!? これは!?」
戦女神が戦いを宣言してすぐ、周囲の状況は一変した。むせかえりそうなほどの精霊の気配。濃密、なんて言葉じゃ足りないぐらいだ。その影響はマリーやホルコーにも及んだ。ホルコーの背中には立派な魔法の羽根が産まれるし、足元にも魔力を帯びた光が靴のように現れている。マリーもまた、引き継がけれ来たという杖と、いつだったか手に入れた杖の二刀流ならぬ二杖流状態で一気に貯まる魔力に戸惑っているようだった。
迫る戦女神の長剣、飾りの多い儀礼用にも見えるソレをはじくべく明星を振り抜き……僕は驚いた。魔法剣にしていないのに、刀身どころか僕の腕からは魔力がそのまま伝わり、まるで光の剣のようになった明星が相手の剣を見事に弾いたのだ。
『戦女神は全力の戦いを判断に使う。この場所はそう言う場所だ。弱くなる手加減は苦手だからな、こちらの強さを最大限引き上げて戦うのが常なんだ』
(嬉しいような、はた迷惑なような!)
「ウィンタック! うわっ!」
試しとばかりに前方に向け左手を突き出し魔力を集中。繰り出すのは足止めに使う風魔法ウィンタック。いつもなら精々強風ぐらいなんだけど……僕自身が後ろに数歩吹き飛ぶように後退した。
前で魔法に巻き込まれた戦女神はもっととんでもないことになっていた。回避や防御を考えていないのか、それともこの行動では怪我を負わないということがわかっていたのか。まともにぶつかった挙句、かなり後方へと吹き飛ばされていったのだ。
「いいですね。普段は周囲への影響やその後力尽きたらどうしよう、と考えてだれしも実力を出し切れません。ここでは心配は不要です。精霊たちがいつでもどれだけでも力を貸してくれるでしょう」
言い切る顔には、笑顔。どこまで僕たちがやれるのかを楽しみにしているんだろうなあと感じる。戦女神とご先祖様の2人が言う通りなら、僕もマリーも、そしてホルコーもそれだけの実力を持っているということに他ならない。突然のことで驚きだけど……どこか、嬉しく思う自分もいる。
「マリー!」
「いつでもっ!」
言葉は、いらない。駆け出しながら足に、腕に、そして明星へと力を伝えて一撃一撃を全力で繰り出す。打ち合いながら、その余波が光の破片となって周囲に舞う。まるで鏡を砕いたような光景の最中に、マリーから放たれた魔法や魔力弾が飛び込んでくる。視界に入った彼女は、ホルコーにしっかりと跨って体を固定している。縄なのか、それともホルコーが覚えたスキルなのかはわからないけどちょうどいい。
「いいですね、良い連携です。並みのモンスターや実力者であれば圧倒されて終わりでしょう。ですがっ!」
上段から振り下ろした明星が……止まった、いや止められた。いつの間にか盾は放り投げられ、両手で剣を持った戦女神の表情が笑みに変わる。思ったよりも感情溢れるその姿に、戸惑う自分もいた。
彼女の背中にきらめく羽根が震えたと思うと、そのまま魔力を帯びた風が僕を吹き飛ばすべく吹き荒れる。たまらず後ろに間合いを取り、構えなおす。
『戦女神や天使は結構数がいてな。真面目なお堅い奴もいれば、結構不真面目な奴もいるんだ。こいつは感情豊かな相手らしいな』
どうやらそういうことらしい。次に動けるようにと魔法を途切れないように撃ち続けるマリーも自分が思う通りに魔法が撃ててまんざらでもないようだ。これが自分の実力だと言われたら……まあ、悪い気はしないよね。問題は外では同じことは難しいだろうということだろうか?
「私の予想以上に力を秘めていますね。これならばなんとかなるかもしれません」
「それはどうもっ!」
喋りながらも、互いの剣がぶつかり合うのは止まらない。光の刃は触れたら危ないなと思わせる威力だと思うけれど、戦女神に当たることがないから本当に威力があるのかはわからない。僕の剣、そしてマリーの魔法は止まらない。鋭く、磨き上げられた攻撃の力が踊る。と、どこか冷静な自分が警戒の声を上げる。攻撃が強くなった割に、防ぐ方はそうでもないぞ、と。
「ブロッカー!」
盾代わりの土壁も、周囲の影響を受けているようだけどそれで止まる戦女神の攻撃ではなかった。それどころか見事な一撃は土壁を砕き、砂煙さえあげて僕に迫り……砕け散った。
「氷像っ!?」
「アクア、お願い!」
茶色に混じるキラキラと輝く破片、それは氷だ。マリーの手から放たれた冷気がいくつも氷像を産み、戦女神の視界の邪魔をする。当然、見た目は氷像なのでどんどん砕かれるけどそれ自体は大精霊であるアクアの生み出した物なのだ。ただの氷像では、無かった。
「冬の嵐……魂さえも凍える夜を! フリージングダスト!」
冬の女王と争うと思えば争える、そんなことを言っていた精霊、ラーケルから教わった魔法がさく裂する。これまで、使いどころが限られていた大規模な魔法だ。見渡す限りを氷の檻に封じ込めるという魔法で、範囲が調整できないのでこれまで機会が無かったのである。
「この程度っ」
「決めるっ!」
本当に全力なら、ここで切り札であるマテリアルドライブを発動させるべきなのかもしれなかった。けど、僕はそうしなかった。とんでもない相手と戦ってきた僕自身のカンのようなものが、実力を計る場には違うだろう、と感じ取ったのだ。
マリーの魔法に、凍り付くことはなくても動きを鈍くした戦女神。寒波耐性を発動している僕にはなんら影響がない。戦女神はかなり強いと思うのに、こういった能力は持っていないのだろうか?
疑問を胸の隅に抱きながら、今は目の前に集中するべきだと思い駆け出した。
『来たっ! 攻撃用のスキルだっ!』
「っ! ドラゴニック・スマッシュ!」
やることはただの振り下ろし。けれど飛び上がり、上から押されたかのように一気に急降下する僕の体は力に包まれていた。ドラゴンの名を冠するこのスキルはまるで成竜が全力で腕を振り下ろしたような一撃を繰り出す……と頭に何故か情報が染み込んできた。
こちらを見上げる戦女神へ向けて突撃し……振り抜かれた明星が地面に半ば突き刺さるようにめり込む。少し遅れて風が吹き荒れ、さらに遅れて……金属音を立てて戦女神の構えた剣が中ほどで切れた。
「お見事。試しとしては十分でしょう」
すぐ横にある戦女神の口から、称賛の言葉が紡がれるのだった。




