MD2-237「四つ脚の同行者-4」
じわりと、場に恐怖にも似た感情が忍び寄ってきた気がした。夢中で進んできたけれど、よく見ると太陽は空に無く……日も暮れない。昼間のように明るいけれど、どこかおかしいことに気が付いたのだ。
「この砂が落ち切ると1刻経ったことになる。念のため、重ねて休息をとりながら様子を伺おう」
サラディンさんの部下である1人のケンタウロスが取り出したのは砂時計。僕も見たことはあるけど使ったことは無いかな? 赤ん坊ぐらいあるから持ち歩くには不便だと思うけどアイテムボックスがあるなら関係ないんだろう。
魔物が来てもわかるように、広い場所で改めて休息をとる僕たち。すぐ目の前には……誰かが作ったとしか思えない石で出来た道がある。まるで普通に街道脇にいるかのような光景だけど、ここは霊山のど真ん中に間違いない。ふと気になり、虚空の地図を確認していると視界がおかしなことになる。僕のいる場所を中心に、色々と光が見えるのだけど……一定の感覚でどんどんと塗り替わるのだ。まるで場所を入れ替えているみたいに……案外、正解かな。
『道さえ覚えれば問題ないはずの場所だが……女神あたりが干渉してるのかもしれない』
結局のところ、僕とたぶんマリーは女神様を絶対の相手として信仰していない。昔はともかく、今は。すごい相手だろうということは思っていても、必ず正しい相手とは思っていないと思う。
(女神様の敵と言われている黒龍……黒の王もそうじゃあ、無かった)
厳しく育てるか、そうでないか……そんな違いに思えた。でもこんなことを例えばどこかの街や教会で言って回れば混乱を産むか、それこそ非難の的だ。僕も例えば女神様が悪い存在だ、なんていうつもりは全くない。だけど……何か、何かが引っかかるのだ。
気が付けば結構な時間が経っていた。横になっていることで明るいけれど体は休息を求めていたのか、うとうとしていたみたいだ。すぐそばで同じようにマリーもどこかぼんやりとした瞳を周囲に向けている。
「寝ちゃってました。すいま……!?」
異様、その一言しか浮かばなかった。確かに目の前にホルコーも、マリーも、そしてサラディンさんたちもいる。けれど、その気配が微妙に薄まっているんだ。どこかぼんやりとした視線を空に向けて完全に無防備な状態だ。
ご先祖様からの警告が無いということはそんなに危険じゃないんだろうか? いつだってご先祖様は危ない時には声をかけて……。
「マナボール!」
瞬間、僕は自分の右腕、つまりはご先祖様の宿る腕輪に向けてかなり手加減した魔法を放っていた。スピリットによく効く精神、あるいは魂というべき物に攻撃する魔法だ。腕に当たった僕も、なんだかほっぺたを叩かれたような痛みを感じて思わずよろける。
『なんだぁ!? っと、俺の耐性を抜いてきた……ファルク、みんなに同じことを!』
「了解! マナボール!」
苦情は後から受け付けるとして、そのまま威力を弱めたマナボールを連打し……見事にみんなが正気を取り戻す。話を聞くと、昔の思い出を振り返っている状態だったとのこと、まるで夢のようだったと……。
「ここに留まるのも良くないようだな。進もう」
何が出て来るかはわからないけれど、いつの間にかやられている、という可能性も出て来た。今後何かあったら同じように互いを刺激して正気を取り戻すと決め、改めて進む。前と同じように景色が変わる……と思いきや街道のような道はそのまま続いた。
『前方に反応があるぞ。だが……随分と人数が多いな』
「人……? 霧が出て来た……」
進む先が、白い霧に覆われ始めてくる。視界は悪く、自然と僕たちは手が触れあいそうな距離になる。襲われた時には危ないけれど、はぐれる方がもっと危険だ。幸いにも10歩どころか数十歩先ぐらいまでなら見えるけど……。
「ファルクさんっ!」
マリーの声を背中に感じながら、僕は走っていた。見えた人影……その中にいた2人の姿に我慢できなかったんだ。あの黒髪、瞳、間違いない……父さんたちだ! やっぱり、生きてた! 生きてたんだ!
走っても走っても、追いつけなかった。少し先に見えているのに、なぜか近づかない。どうして、どうしてだろうか? もどかしさと、悔しさが同居して自然と涙が出てくる。ぬぐう暇も惜しんで走るけど……気が付けば僕は転んでいた。
「くそ……くそ!」
『ファルク……』
拳が痛むのも構わずに、硬い道に打ち付けていた。色んな冒険をして、魔物達を倒して階位の上がった僕の体は地面に叩いた証をどんどん刻んでいくけれど……そんなものは慰めにならない。肝心な時に、追いつけなかったんだ。
「ファルクさん!」
「マリー……」
横たわった状態の僕の元へ、ホルコーに乗ったマリーが駆け寄ってくる。すぐ後ろにはサラディンさんたちもいる。どうやら分断はされなかったみたいだ……って、そうだ。下手をしたら僕だけが1人、霊山をさまようところだったんだ。
「先ほど見えた人間の中に両親がいたのか」
「はい。だいぶ若かったんですけど」
そう、落ち着いて思い出して見ると特徴は両親そのものだけど、かなり若かった。僕より上だろうけど思い出の両親より若い……20ちょっとだろうか? それに、兵士みたいに同じ装備の人らと一緒にいた。両親が旅に出たのは、冒険者仲間のお願いが理由だったはずだ。
「遠目にですけど、見えた姿は統一された装備でした。恐らくはジェレミア国の兵士……でもおかしいです。あの意匠の兜は今は採用されていないはずなんです。かなり前に、色々あって……」
僕は知らないけれど、マリーがわかるほどの特徴的な意匠だったらしい。地方でもったいないから廃棄されずに残ってる……ぐらいが精々ということだろう。でもあの人影が装備していたのは結構綺麗だったぞ? 一体どういうことだろうか?
「ふむ……霊山は迷えば青年が老人となり、老人が子供になって戻ることもあるらしいと聞くが……」
「子供に……」
頭をよぎるのは若すぎる黒髪の人間の目撃情報。彼らは今も元気に冒険者をしているだろうか? いつか彼らとも冒険を共にしたいな……。っと、それは今後の話だ。
この場所にいる限り、見た物は正しいけれど……今かどうかはわからない、そう思った方がよさそうだ。というのも、恐らく両親は以前に霊山に来たことがあるはずだからだ。だとしたらあれはかつての両親……なのかもしれない。
「なるほど……戦女神か天使かはわからぬが、聞く機会があれば直接聞くがいいだろう」
推測を口にすると、誰もが疑わず頷いてくれた。一人先走ったのに、優しい人たちである。そのまま霧の漂う道を進むことしばらく。周囲の精霊の気配もどこか曖昧になってきたころ……急に、視界が開けた。
「う……わ……」
前にはなだらかな坂が続いている。だが、その横は切り立った崖が続く。落ちては助からない……そう感じる。そして坂の先には、空と大地とがあった。
「外から見たあの平たい場所……」
そう、空中で見た霊山の特別さを一番示している部分だ。まるで街の土台になりそうな広くて平たい部分。それが今、目の前にある。
『ファルク!』
「わかってるっ!」
ぞわりと、突然気配が生じた。正体を確かめる前に明星に魔力をありったけ注いで魔力剣とし、前方に振り抜いた。ほぼ同時にサラディンさんたちも気が付いたみたいで戦闘態勢を取る。
「スピリット!? でかい!!」
「撃てい!」
合図に従い、2発目をみんなのそれと合わせる。魔法が、スキルの力が一緒に飛び……スピリットらしき相手ははじけ飛ぶように消え去った。
「今のは……」
つぶやきに応えるように、どこからか鈴の音のような音が響くのだった。




