MD2-236「四つ脚の同行者-3」
「これは……また面妖な」
「見た通りの地形じゃあないんですね」
霊山は不思議な場所だった。思わずつぶやいてしまうほどに……おかしい。外から見た時はただの山肌だった場所。木々が生え、草も花もある。けれど……地形がおかしい。
「さっき外で見た時にはこんな平らじゃなかったよね」
「ええ、そうです。そうですよ……なのに……」
そう、いざ霊山へと1歩前に出たところで急に景色が変わったのだ。具体的には岩のごろごろと転がる別の山に見える場所に。
『霊山はどこでもあってどこでもない、気を付けろ』
(迷い山、なんて噂があるわけだ……)
驚くけれど進まないという選択肢は僕たちにはなく、警戒をしながら歩みを進める。風もあり、日の光も注ぐそこだけを見ると何もおかしくない場所だ。
「何か来る……ゴブリンっ!?」
木々の陰から、小柄な奴らが飛び出してきた。姿は見慣れたゴブリン。だけど色がおかしい……魔力反応!
とっさに横に飛ぶと、ゴブリンたちから放たれた炎の矢が足元を焦がした。反撃とばかりに皆と一緒に走りこもうとして目を見開く。炎の矢を撃ってこなかったゴブリンから次は別の魔法の気配が生じたのだ。今度は……氷だ!
「属性違いが一緒にいるもんなの!?」
魔物には亜種の類がいて、それは住む場所に影響を受けることがあると聞いている。だから赤いゴブリンも青いゴブリンもいてもいいのだけど、混ざっていることはないはずだった。
サラディンさんたちも倒し始めているけど、数が多い。それに増援もやってくる始末だ。
「炎、来ます!」
マリーの声を聞きながら、僕は明星をそのまま構え、前に出た。そしてそのまま明星と相手の魔法が接触し……そのまま自分の物にした。なぜか出来る気がしたんだ。正確には、魔法と一緒にいる精霊を見れた、ということなんだけど……。
そのまま受けるんじゃなく、魔力をまとわせて相手の魔法の精霊を自分のと混ぜたのだ。結果、明星は赤々とした光を帯びる。
「返すよ!」
「やるではないか。負けてられぬんな」
僕の放った魔法剣の力が炎の風となり、逆にゴブリンを飲み込んだ。そこにすべり込むようにしてサラディンさんが駆け出し、蹂躙が始まった。振り回される槍によって無残に千切れ飛ぶ色違いのゴブリン……あっ!
『そうだ。ここはダンジョン扱いなんだ』
血は出るし、最初はバラバラに飛んでいくけど地面に落ちる頃には消えている。これはダンジョン特有の現象だ。全部が全部消えるんじゃなく、なぜか素材だけは残るんだけどね。
「ふむ……ファルクよ、提案がある」
そして気が付くとホルコーにはマリーが乗り、なぜか僕はサラディンさんの背に乗った。よくわからないけれど、ケンタウロスが人を乗せるってあまりないんじゃないだろうか?
「信頼の証、と呼ばれていますよ。若に随分と気に入られたようですな」
「戦士には敬意を払う、それだけのことだ。しばらくはどんどんと進んでみようではないか」
そして6騎が駆け出した。普通の馬とも、ホルコーとも違う体つき。熱……というべきか、命としての力強さを感じた。これがケンタウロスの種族としての特徴なのか、サラディンさん自身の物なのかはわからない。けれど、とても頼もしく感じる。
いくつもの場所を駆け抜け、山肌を登り、時にはなぜか下りになり……小川もあれば遺跡のようなよくわからない瓦礫が転がる場所もあった。魔物がいたりいなかったりと、とても不思議な場所である。
「聞いていた通りであるな。やみくもに走っても時間がかかりそうであるが……」
視界の確保できる草原のように広い場所で、一行の足は止まる。僕も周囲を観察しながら……答えが出せないでいた。なにせ、目の前には木々の無い場所が広がってるのだけど、これもしばらく進むと急に林の中に出たりするし、その時に振り返ったりしても林が広がっていたりするのだ。
(どうするか……待てよ? 変な感じだけど木は木だし、林や森も本物……だよね)
隣に来ていたマリーと目が合い、頷きあう。そうだ、僕たちは人間だけどエルフの力を貰ったのだ。あの日飲み込んだエルフの力、お腹に意識を持って行って……呼びかける。すると、急に精霊以外のざわめきが聞こえ始めたように感じた。
見える光景も少し変わる。さっきまで特に感じなかったけれど、ちぐはぐに見える部分が増えたのだ。途中までは黄色なのにそこから先は緑、みたいな感じ。つまりこの方向は、外れだ。とある方向は、徐々に色が変わってるように見えてとても自然だ。もしかしなくても……。
「他に手がかりも無い状況だ。そちらに向かってみようではないか」
僕の恐る恐るな提案に、彼らはあっさりと頷き、そちらへと駆け出した。再び変わる景色。だけど、確かになんだか違う。つながっている感じと言えば良いかな? それは僕だけじゃなかったみたいで、自然と視線が集まり次はどちらだと催促された気がした。
マリーと一緒に集中し、探り、決める。それを何度か繰り返していくうちに道中に変化が訪れる。偶然なのかはわからないけれど、魔物の数や種類が大きく変わってきたのだ。
「アクア、お願い!」
叫びと共に周囲に青い光が舞い、それは山肌を焼こうとする炎とぶつかり相殺される。火山にいるのが似合うであろう、全身赤い色の鱗をまとった大きなトカゲだった。どう考えてもここに住んでいるようには見えないけれど、出てきたものは仕方がない。
「ファルクよ、風を頼めるか。その間に我らが突撃しよう」
「はいっ!」
トカゲの動きを邪魔し、かつ相手のブレスみたいな攻撃を防ぐという目的で生み出した風はちゃんとその目的を達成する。吹き飛ばされないようにと耐えるトカゲたち。そこに駆け込む5人のケンタウロスはそれぞれに手にした槍を突き出し、あっさりとトカゲを仕留めた。
やはり、死体が残らない。鱗とか素材に使えそうなものが残るというのは不思議だけど、ダンジョンってそういう物らしいしね。大事なのは、ちゃんと進めてるかどうかだ。
『見ろ。随分と上まで来たぞ』
「麓があんなに小さく……」
すぐそばにあった岩肌部分に駆け上がったサラディンさんの背の上で、一緒に眼下の景色を確認する。きっと視線の先に誰かがいたとしても、豆粒ぐらいにしか感じられないだろう距離だ。気が付けばこんなところまで来ていた。
でも、おかしいことだ。だって、僕たちは霊山を登り始めてまだ一晩を過ごしていない。いくらケンタウロスが走っていると言っても、登りすぎじゃないだろうか?
「霊山は時間も関係なく、過去も未来も混ざり合う……」
父さんたちらしい相手が目撃されたのも、霊山の中。だけどその姿は随分と若かったという。途中の地形を考えると、登っているようでそのままではなく、壁の無い部屋をいくつも転移して進んでるんだろうか? しかも、その中は今じゃないかもしれない。
「若、これを」
「むう? なんと……」
ケンタウロスの1人が見つけた物。それは随分と綺麗な金属の槍だった。赤く、力を感じる。なぞるようにサラディンさんが指を這わせる部分には、何か彫られているようだ。
「これは我の祖父が使っていた槍だ。霊山での戦いの折、落としてしまったと言っていたが……それにしてはきれいすぎる。まるでつい先ほど落としたかのようだ。ファルクよ、ひとまず休息として態勢を整えようぞ」
どこかもどかしい気持ちも抱きながら、休息をする僕たちは……日が暮れないことに気が付くのだった。




