MD2-235「四つ脚の同行者-2」
霊山へと空中から突入しようとし、僕は失敗した。不思議な力によりホルコーごと弾き飛ばされ、マリーは無事だったけどホルコーは結果的に足を怪我してしまった。地面に落下した僕たちは襲い掛かってくる敵をなんとか撃退し、新たな出会いを得た。
同じように霊山にやってきた、ケンタウロスの集団だった。リーダーらしい1人を含み総勢5名。しっかりとした装備に多くの荷物、長い旅をしてきたんだろうなと感じさせる戦士の姿に思う……強いな、と。何が、というのではなく全体的にだ。
「我はサラディン。先祖の意思を引き継ぐため、霊山で資格を得ようとここまで旅して来た」
「ファルクです。あの子はマリー、そしてホルコーです。手当までしていただいて、ありがとうございます」
そう、サラディンさんに同行しているケンタウロスの一人はお医者さんとまではいかなくてもそういうのに詳しいようで、手際よくホルコーの手当てをしてくれた。力は誰もが強いのか、ホルコーを簡単に抱え上げて寝かせてくれた。
『薬を出してきたな。アイテムボックスだ』
(確かにそうじゃないと長旅は大変だよね)
外に荷物が出ていることから、容量はそんなに大きくないのか、かさばったりするものだけ入れているのか……まあ、あまり突っ込んで聞くことでもないよね。
このあたりで一度野営する予定だったというサラディンさん達の提案に甘えることにし、僕もマリーも今日はここで一休みとすることにした。ホルコーの足は……なんと明日には良くなるだろうとのことだった。幸いにも骨は折れていなかったようだ。
「ケンタウロスが住んでるのはもっと東の土地と聞いています。こんな場所までわざわざ……かなり大変だったのでは?」
「成さねばならないことだからな。本当は我1人でと思っていたのだが……」
「とんでもない。せめて行く末は見守らせていただきますよ」
若、と呼ばれていることからもサラディンさんがケンタウロスの中でも偉い人だとわかる。なんだっけな、群れがいくつかあるんだったかな? 人間みたいな建物じゃなくて、自然そのままか大きな天幕を住処にするって聞いたことがある。確かにこの体格じゃ、大きな馬小屋と思って建てないと過ごしにくいよね。
ずっと立ったままということは無く、器用に足を折りたたんで座る姿は見慣れないからなんだか面白さすら感じる。異なる文化と出会うというのはいつも面白いものだ。
「見た目は幼いと思ったが、内包する力はかなりの物と見た。最初は子供2人でどうしてと思ったが……いやはや、里の戦士でもこうはいくまい」
じっと、たき火越しに観察された。不快な感じはなく、僕も怖気づくことなく見つめ返すことが出来た。サラディンさんも全身に力……あるいは精霊の強さを感じることが出来た。魔物を多く倒した人が見た目のわりに力が強く、細腕に見えて岩を持ち上げる、なんてことがあるように見た目だけが強さじゃない。でも、彼らの肉体は見た目通りに十分な強さを発揮するだろうなという予感があった。
「若、せっかくの縁です。向かう先が同じであれば……」
「無論。共に旅をするのも精霊のお導きであろう」
「いいんですか?」
お邪魔ではないのか……そんな気持ちは言葉には出来なかったけれど、態度には出てしまったんだと思う。彫りの深い、目鼻のはっきりしたサラディンさんの顔がとてもいい笑顔になる。なんだろうな……自然と、上に立つ人に相応しい……そう感じる笑顔だった。
「そのためにもまずは愛馬には治ってもらわねばな。お前たちも元気でいなくてはならん。怪我がないとはいえ、無理をしたのだろう? 早めに横になるといい」
何から何までお世話になる形となってしまい、個人的にはちょっと心苦しいのだけど……では将来、同じように誰かを手助けせよ、なんて言いきられてしまっては何も言えない。甘えるのもこういう時の礼儀……ってことなのかな。
結局その後も、料理をちょっとだけ手伝っただけだった。正確には、食べられないものがあるといけないから何を食べているんだということを聞かれたからなのだけど……隠すことでもないので、アイテムボックスから干し肉じゃない、野菜とかお肉を出したら少し驚かれた。腐らないというのはやはり高級品の証みたいで、こんなところでも見た目に寄らないな、なんて言われてしまう。
食事をして、体を拭いて……夜。事件があったからきっと体は疲れてるのだけど……どうも寝付けなかった。ぼんやりとたき火の揺れる炎を見る。ケンタウロスの内1人が見張りとして起きているようだ。確か名前は……ヘルムさんだったかな?
「あまり見つめていると漏らすぞ」
「そこまで子供じゃありませんよ……ふふっ」
こちらが寝ていないことに気が付いたそんなからかいに、反射的に答えてから……僕は両親と同じような会話をしたことを思い出して笑った。あれはそう、寒いからとずっと暖炉の前にいてじっと揺れる炎を見ていた時だったかな。
「我らは……ケンタウロスは群れで育てる。誰もが父であり、誰もが母だ。物心ついたときからそうであったから……親がいないという悲しみははっきりとはわからん、わからんが……出会えることを祈っておこう」
「……ありがとう、ございます」
視線を手元に向けながら、それだけを言った。握りしめた手には炎に照らされて揺れる光。何とも言えない感情が胸いっぱいに広がっていた。こういう時、ご先祖様はそっとしてくれる。わかっているんだ……慰めは欲しいけれど、言葉をかけるだけが慰めじゃない、って。
結局のところ、これは僕が自分で頑張るべきことなのだ。マリーは優しいし、2人で!と言ってくれる。それはそれで嬉しいのだけど、ね。
「一族に受け継がれる言葉には色々ある。その中には……こんなものもあるのだ。道に迷い、悩んだときに注がれる光こそ自身を惑わせる魔性の光である、と。簡単に言えば、悩み迷っているときは物事の判断を間違えやすい、そんな時に飛びつきたくなる都合のいい話には気を付けろということだ」
「それじゃあサラディンさんの手助けはそれってことになっちゃいますよ?」
僕の言葉に、ヘルムさんはきょとんとした顔をした後、笑顔になった。そのまま薪をたき火に放り込み、炎が少し強くなる。こちらを見る目は、とてもやさしかった。
「ああ、そうだ。そのぐらいのつもりで注意を周りに向けろ、ということだな。さあ、いい加減に目ぐらいは閉じているといい。山登りは疲れるぞ」
話をして気持ちの整理がついたのか、言われるままに目を閉じるといつしか僕も眠ってしまうのだった。




