MD2-234「四つ脚の同行者-1」
今の僕の感情を一言で表すなら、戸惑い。目標にしていたことがいざ達成できそうになることで旅が終わってしまう……そんな気持ちがあるのかもしれない。
「ついに……ですね」
「うん。あの大きさ、聞いた通りだよ」
(あれが……霊山)
まだ遠くではあるけれど、見えて来た山は間違いなく、霊山だった。上の方は雲で隠れているけれど、中腹ぐらいにお皿みたいに突き出た場所がある。自然にはあり得ない構造、話に聞いた通りだ。
『変わらないな……下手をするともうこっちを見ているかも、しれない』
そんなドキリとする話を聞きながら、ホルコーの首を撫でて前に進んでもらう。ホルコーも霊山に何かを感じているのか、ぐんぐんと速度をあげて魔法の羽根がきらめく。後ろへと雲みたいなものがどんどんと流れていき、霊山が近づいてくる。
と、その時だ。上の方以外は晴れていたはずの霊山に急に靄のように力が集まるのを感じた。まるで冷たい風が吹いたときに防寒具を着こむかのような……。天気が崩れやすいんだろうか? もしかしたら女神か戦女神がわざと天気を悪くしてるとかもあるのかもしれない。
「あのお皿みたいなところに降ります?」
「そうだね……ホルコー!」
後から僕はその時の指示を後悔することになる。ご先祖様も思いもよらなかったことが起きてしまったのだ。どんどんと近づいてくる霊山。木々まで見えてきたところで……殺気に似たような何かを感じた。
『マズイ! ホルコーを止めろ!』
「止まって!」
指示は一足遅く、僕たちはそのまま急に霊山から湧き出て来た雲の中につっこみ……全身を襲う衝撃に悲鳴を上げることになった。雷の魔法を全身で受けたらこんな感じになるだろうか?
上下の感覚が全く分からない。僕自身が空を飛んでるわけじゃないから、きっと落ちていく方が地面……っと! 思いっきり弾き飛ばされてる!?
「マリー!」
すぐそばに苦痛に顔をゆがめて落ちていくマリーを見つけた。幸いなことに、なんとか手を伸ばしたら彼女の服を掴むことが出来た。慌てて抱き寄せると荒い息。よかった、生きてる。
『ホルコーが離れてる。気絶したんじゃないか?』
「なんだって!? あっちかっ!」
衝撃に思わず飛んでしまったのか、ホルコーは僕たちより少し離れたところを落下していっている。明らかに気絶していて、背中に生えていた魔法の羽根も消えている。このままではまともに落ちてしまうだろう。僕自身はなんとか出来るかもしれないがあのままでは……。
「マリー、我慢してね」
「は、はいっ!」
咄嗟に僕は自分へと風魔法を放った。飛ぶための物じゃなく、普段なら魔物を牽制したり吹き飛ばすための物。正直、痛い。けれど威力は間違いなく発揮され、一気にホルコーのそばへと飛ぶことが出来た。マリーと2人してホルコーの首あたりに抱き付くけどやっぱり気絶したまま。起こすことが出来ればいいんだろうけど下手に起こして混乱しても危ない気がする。
下は林。森というほどには木々が無いことがまだ幸いだろうか? どちらにせよこのままだと2人と1頭ごと地面にぶつかってしまう。空を飛ぶ? なんとか出来るかもしれないけど勢いがどこまで殺せるか……でも、やるしかない。
「しっかり掴まっててよ……! いっけぇえええ!!」
消耗する魔力と引き換えに、ぐぐっと落ちる速さが遅くなった気がした。実際、遅くなってるんだと思う。だけどホルコーという馬の重さと、既に落ちてきていた速さとを考えると浮かぶというのは難しかったみたいだ。切り札でマテリアルドライブを発動させる手もあるけれど、あれは魔法を連続使用できるだけでその効力が増大するわけじゃあ、無い。
『落ちるぞ!』
「アクア、お願い!」
もうすぐ地面、というところでマリーの体からあふれる青い魔力。大精霊であるアクアが彼女の呼びかけに答え、地面に滑り台のように氷を産み出したようだった。つるりとその表面に滑り降り、周囲の木々をなぎ倒しながら僕たちは地面に転げ落ちた。
「いたたたた……マリー、大丈夫?」
「体中痛いですけれど……なんとか。ホルコーは大丈夫でしょうか」
落下の衝撃で目が覚めたのか、顔をこすりつけてくるホルコー。こっちも生きてるみたいだ。だけど、明らかに足首が良くない方向に曲がっている。骨が折れているのか、ひねったのかはわからない。けれども……。
『ファルク』
(うん。来てるね)
ホルコーをそのまま地面に寝かせたまま、立ち上がってアイテムボックスから明星を取り出して構える。少し遅れてマリーもその気配に気が付いたみたいだ。周囲を、囲まれている。
呻くような声をあげて、木々の陰から姿を見せたのは狼型の魔物達。尻尾が3本もあるんだもん、魔物に間違いない。数は……10。どうだろうか、多分倒せるだろうけど動けないホルコーがいるのは問題だ。
「派手に行くと増援が来るかな……悩みどころだ」
火球なんかで脅かせば逃げて行ってくれるかもしれないけど、逆に数が増えるかもしれない。一番いいのは確実に仕留めることだけど……やるしかないか。
覚悟を決め、ホルコーの守りはマリーに任せて数歩前に出た時のことだった。力強い馬の走る音が聞こえて来た。警戒を解かないまま、その気配を探り……その大きさに驚いた。一体何者だろう、と思ったところでその気配の主が僕たちと狼たちの間にすべり込んでくる。
「ぬうううんん!!!」
『ケンタウロス!? こんなところに!』
乱入してきたのは、ご先祖様の言うように体は馬、上半身は人間という東の草原地帯に住んでいるはずのケンタウロスだった。その手には武骨ながら力を感じる槍。魔力の光をまとっているのを見ると、ただの槍じゃあなさそうだった。
固まってる間に、ケンタウロスは槍を大げさなまでに振り回し、狼たちを蹴散らしていく。結局、狼たちの増援はなく、数匹の死体を残してどこかへと走り去っていってしまった。
「無事か、人の子よ」
「あ、ありがとうございます!」
どうしてこんな場所にいるのか、どうして助けてくれたのか。色々と聞きたいことはあるけれどまずはお礼、だ。マリーと一緒に頭を下げたところで、ホルコーの苦しそうな声が耳に届く。そうだ、彼女は怪我をしているんだ。ポーション……効くかなあ?
「む、怪我か。馬の怪我であれば我らの方がわかるやもしれぬ」
「え? あ……」
ケンタウロスはどこからか取り出した笛を吹いた。すると、彼の来た方向から複数の気配。この感じは……と、予想通り現れたのは別のケンタウロス達であった。総勢5人、5頭?だろうか。たぶん5人、のほうがいいよね。
「若! 一人先走られては困ります!」
「そういうな。おかげで誰かを助けることが出来たのだ。馬が怪我をしているようだ。診てやってくれ」
どうやら助けてくれたケンタウロスはそれなりの地位にいる人みたいだった。じゃないと若、なんて呼ばれないもんね。後から来たケンタウロスは僕たちとホルコー、そして若と呼ばれたケンタウロスを順番に見て、ホルコーに近づいた。
「大丈夫だよ、ホルコー」
『みな、強そうだ。良い気配を感じる』
警戒するホルコーの首を撫でてやると、大人しくなってくれた。その間につぶやかれた言葉通りに、確かにケンタウロスは全員が全員、戦士として強そうだなと感じた。僕も強くなってきたっていうことだろうか?
「僕たちは霊山に行こうとして空中で何かにはじかれたんです。皆さんは?」
「奇遇であるな。我々も同じだ。麓からという違いはあるが」
大きな問題が発生したけれど、その代わりに僕たちはまた掛け替えのない出会いを得るのだった。




