MD2-233「守られる世界」
「イッタゾ」
「了解っ!」
降ったばかりの雪が粉のように舞い、走る向きを変えた僕たちの視界で陽光に輝く。まだちょっと慣れないけれど、ハイリザードに教えてもらった魔法、ランディングは雪の上をすべるように走る力を僕に与えてくれていた。
真っ白な雪原を、これまた白い毛並みの鹿みたいな相手が逃げる、逃げる。けれどその逃げる先には僕がいて、ハイリザードが追い込んだ形となって白鹿と目が合う。振り抜いた明星が雪原に赤い花を咲かせた。
「ミゴトダ」
「僕だけだったら逃げられてたかも。足速いんだね……でも、足りるの?」
手慣れた様子で白鹿の血抜きを始めるハイリザードへと狩りの感想を告げると何故だか森の方を指さされた。と、そちらから出てくるのは同じような白鹿を仕留めたらしい別のハイリザードの集団が。逆に取りすぎじゃないとかと思うほどであった。
「ニンゲンフウニイウト、コレハマモノダ」
「ということは、そのうち増えるんだ……」
疑問が顔に出ていたのか、丁寧に教えてくれた。そう、この白鹿は普通の獣ではなく、魔物の1種だというのだ。ご先祖様に聞いてもそういうもんだ、とだけ返ってくるのだけど魔物は基本的にいなくなる、ということがない。多くの魔物は、番や夫婦みたいな関係にはならない……と僕は聞いている。幼体でどこからか増えて来たり、大きさも見た目もおんなじのが増えるんだって。
(なんだか、ちょっと寂しいよね)
逆に人間やハイリザードみたいに勝手には増えない生き物の方が魔物と比べて弱いような気がするけれど、そこは考え方の問題だろうか? 気になるところではあるけれど、今は後回しだ。ハイリザードの集団に合流し、すっかり覚えてしまった道を通って里へと潜り込む。
そうしてみんなと食事をして、鍛錬をして、1日を過ごす。彼らの生きる目的はいつかドラゴンとなること、なのでこの土地から南下して過ごすということは特に考えていないみたいだった。それ自体は彼らの自由なので僕が何か言うことではなく、今は色々と教わるばかりだ。
例えば、そう。
「フレイムブレス!」
雪山を赤い光が走り抜ける。放ったのはマリーだ。その手にはアクアの宿っていない方の杖。さすがに相性の問題があるもんね。でもそんな杖の先には魔力が形作ったであろう何かの顔のようなもの。他でもない、ドラゴンっぽいものだ。なんでもドラゴンのブレスはそういう体の仕組み、なのではなく魔法の1種だということだった。
「ウム。ホカノゾクセイモキホンハオナジダ」
「私たちが使っているのとはちょっと違うんですね。魔法を撃つというよりその魔法を撃てる何かを生み出す……みたいな」
そこまでしてもらっていいのかはわからないけれど、ハイリザードのみんなは僕たちにとても優しくしてくれる。夜に出会うとまだ驚いてしまうほうがなんだか申し訳ないぐらいだ。そうして数日、僕たちは彼らと過ごしている。
「もう大丈夫そうですかね?」
「ソウダナ。マタコイ」
もちろん、ただ居心地がいいから滞在していたわけじゃあ、ない。ドラゴンに問題が出ないか、一応様子見なのだ。今のところ、ドラゴンにも里の奥にある場所にも異常はない。予定通りの場所に戻った、ってことかな。
「レイザンノコトナラ、キイテミルトイイ」
「あ、じゃあ毛布を持ちこんで今日はあっちにお泊りしましょう!」
かなりスキル頼みの強引な形ではあるけれど、不可能ではないので今晩はそうすることになった。実際、あまり経験できないことではあるんだよね。というか一般の人はまず不可能だ。ドラゴンのいる空間に寝泊りなんてことはさ。
『あの場所を感じているだけでもいい勉強になる』
(まったくだね。自然ってすごいよ)
洞窟の中にいるから日暮れはわからないけれど、自然とそう言った時間になったのか家に戻っていくハイリザードたちを見送りながら僕もマリーも里の奥へ。そして……いつ見ても雄大な景色へと飛び込んでいく。
赤と青、熱さと寒さのちょうどよさそうな中間の岩盤へと毛布を敷き、二人して寄り添った。ちょうどこの正面にドラゴンはずっと佇んでいるのだからなんだか面白くなってくる。お話がしたい、と告げた僕にドラゴンは好きにするといい、とだけ答えて沈黙。これはこちらから話題を振らないといけない奴かな?
「テアワセデモスルカ?」
「……遠慮しておきます。だって、強いですもん」
「あはは、きっとブレス一発で終わってしまいますね……」
どうやらドラゴンも話題に困っていただけの様だった。表情はよくわからないけれど、問いかけには戸惑いを感じたから、なんだか人間臭いというか、話が通じるってすごい事なんだなとなんとなく思ってしまう。
「オマエタチハ、フシギダナ」
「確かに、僕もこんな風にドラゴンとお話出来るなんて思ってませんでしたよ」
あるいはシーちゃんならお話出来るのかな? 飛竜とお話してるぐらいだし……なんだっけな、あの国はむかーし、竜に乗った王女がいたとかいうし、血筋って奴だろうか?
少し会話して互いの変な緊張がほぐれたのか、それからはご飯をどうしてるのかといったような雑談が続いた。きっと、世界中で僕たちは一番ドラゴンに詳しくなった、と言ってもおかしくないようなところまで踏み込んだ気がする。
「女神は母ではない」
「え? 今……」
「ファルクさん、何かつながってます」
ふと、ドラゴンが明瞭に言葉を発した気がした。カタコトな感じじゃなくて、はっきりと人間の言葉を。その理由はマリーとつながっているようなパーティーってやつのつながりと近いものだった。仕組みはよくわからないけれど、話がしやすいならちょうどいいや。
「霊山に行くのだったな。そこで恐らくはそびえたつ壁のような問題と出会うだろう。あるいは砂の城を壊すがごとく簡単かもしれないが……」
「気まぐれなんでしょうか?」
座り直したドラゴンの瞳には覚えがあった。これは黒龍の……いや、違うな。いつだったか父さんがお話をしてくれた時の瞳だ。こちらを気遣うような優しい瞳。
「気まぐれ……とは少し違うな。例えば黒龍、あの方は厳しい父であり、母でもある。寒さを知らねば温かさを感じられず、痛みを知らねば優しくは出来ない、と考える存在だ。女神は……優しい、そう優しいのだ」
優しい、その一言に色々な思いが籠っているように感じた。外で学べるマテリアル教では精霊が世界の源であり、女神様はその上にいて、世界を見守っているとされる。要は全ての母、だ。けれど、ドラゴンは違うという。
「かつて、黒龍、黒の王はこのまま精霊を失うのであれば一度全て無くなってしまえばいいと、世界に歯向かったという。結果として眠り付き、再び世界の調和に戻った。その時も女神がなんとかしたのではない、この地に住まう者がどうにかしたのだ。女神は……ずっと守っている。そう、ずっとだ」
「女神自身は……何もしなかった……?」
そんな僕のつぶやきに、ドラゴンは肯定の頷きを返す。なんだか怖くなって隣のマリーの手を取り……彼女も握り返してくる。言われてみればそうなのだ。黒龍が夜渡りとして動いていたように、女神だって動いていたっていいはずなのだ。なのに、黒龍が動くまで何もしないでただ守っている。
(守る……なんだろう? 女神は何を守っているんだ?)
「女神は……」
「霊山で聞くのが一番わかりやすいだろう。答えるのは戦女神かもしれんが……お前たちならば出来る、そう感じる」
ドラゴンのお墨付き、なんていう貴重な言葉を貰いながら、その夜は過ぎていく。そして僕たちは、再び霊山へと向かうために空を舞うのだった。




