MD2-232「白銀の宴-6」
『戦いやすいって言ったのは誰だったかなあ?』
(はいはい、僕ですよっと!)
「レッドシャワー!」
からかうような忠告も、油断するなよという気持ちが入ってるのがわかるから僕も何度目かの魔法を放って目の前の雪だるまみたいな相手を溶かした。ほとんどをその熱に溶かされていくけれど、わずかに残った足元へとどこからか力が集まるのを感じ、咄嗟に数歩下がって相手を睨みつける。
まるで先ほどの攻撃が無かったかのように、回復していく姿にため息が漏れそうになるけれど我慢。湧き出てくる相手を倒す、という形から再生する相手を倒す、に変わっただけなのだから。両断したら2匹に増えました、ってならないだけマシだと思おう。
「集めます!」
「了解!」
散開しそうになる相手をマリーの風魔法がじわじわと囲むように追い込んで、見える範囲の雪だるまは正面の視界の中にみんな入ってきた。駆け込みながら明星には火の魔法で魔法剣とした。そして飛び込み……腰を下げてスキルを発動させる。周囲を魔力の刃ごと切り裂くサークルカッター。これが生き物なら結構見た目にも嫌な感じになるのだけど、雪だるまが相手ではそのままバラバラに壊したかのようでどこか可笑しかった。
「手ごたえは、無い。けど削ってる感じはあるかな?」
「はい! アクアも頑張って取り込んでくれてます」
マリーの杖に宿ってる形の大精霊であるアクアは名前と色が示すようにあくまで水や氷担当なのだ。相手への攻撃には役立てない代わりに、僕たちが砕いて散らした力を吸える分は吸ってくれているらしい。そのおかげか、予定よりは早い……と思う。
僕たちの後方ではラーケルとドラゴン、そして火山からの力との衝突が続いている。相打ちみたいになって消えてしまわないか心配ではあるのだけど、ここは信頼していいんじゃないかなと思う。だって……うん。
こっちにまで余波が来るぐらい圧倒してるからね。時間稼ぎでいいからと力の配分を調整してくれてるからだと思うけど、やっぱり強いや。あの時には操られたような感じで制御が甘かったから勝てたんだろうなあと思わせる力だ。
「こっちも何度だって……!」
これで何か喋ってくれればまだ戦っていて気分が違うのだけど、雪だるまたちは無言だ。何度も再生してくるから何度も倒す。そうしてるうちに、真っ青だった川が段々と色を薄め、ついには白さの方が強い感じになってきた。
「ファルクさん、何か来ましたよ!」
「痺れを切らしてなのかな」
雪だるまが動くというちょっと笑っちゃう光景に、田舎の畑にあったカカシみたいな姿の人形が出て来た。さっきまでと違うのは、動きが怪しいけど見た目は南の森で出会った人形みたいにしっかりしてること。その瞳には何も映していないけど……勝負所だ。
「援護します」
「うん。いつもありがとう」
一応命がかかっている真剣な戦いの場なのに、僕たちはどこまでいっても僕たちだった。まるで食事の支度でもするかのように自然と配置についていた。いつの間にか数を減らした雪だるまたちの奥に出て来たカカシ。真っすぐ進む僕の左右から回り込むようにマリーの放つ風魔法と氷の魔法が同時に迫る。威力というか打撃にはならないけれど、凍り付くことで逆に相手の動きを邪魔できるわけだ。
「出会ってすぐだけど……さよならっ! って!?」
カカシの額と胸元に同じように光る青い石みたいなのを真上から一気に切断するように明星を振り下ろし……見事に成功する。同時に失敗したなとも感じる。
2つに割れたカカシから、入れ物の蓋が取れたかのように冷気と力があふれ出したからだ。もしかしたら、それが目的だったのかもしれない。咄嗟にマリーと二人して風を産み出して障壁代わりにするけどどこまで持つか。
(どうする……アクアはちょっと限界っぽいし、どこかに……あっ)
その時、僕はラーケルと何かでつながってることに気が付いた。それはあのアイテムによる召喚だったからなのかもしれない。そのつながりを確認しながら、後ろを向いたまま叫んだ。
「ラーケル! この力、持っていける!?」
「問題ありませんよ。貴方を通してこちらに流せば取り込めます」
何でもないように言う物だから、簡単だと思いきやこれが意外にとんでもないことだった。言うなれば僕という体を仲介して力を動かすわけだから一度は僕がその力を味わうことだったんだ。寒波耐性が無ければ速攻で凍えていたね、間違いない。
『精霊と人とは違うんだよ、いい勉強になったな』
軽くご先祖様は言うけれど、その言葉には自分とご先祖様もやはり違うんだ、そう言いたいように感じた。長いような短いような時間の後、カカシからあふれた力は収まり……いつしか穏やかな小川のように青い力は収まっていた。
「そちらはいいようですね。ドラゴンも気が付いたようですよ」
「ありがとう、ラーケル」
やっぱりドラゴンはまだ暴走まではしていなかったみたいで、その瞳には理性を感じる。こちらを一応警戒はしてるようだけど……そうじゃないとね。まだいてくれるらしいラーケルと一緒にドラゴンの前に立つ。こうしてるとやっぱり、大きいな。
「ナゼ」
「依頼を受けたから、かな。後……放っておけなかったから」
言葉短く、思いついたことを告げるとドラゴンの瞳は閉じられ、何かを考えているかのような姿勢をとった。喋るドラゴンというのも驚きではあるけれど、ドラゴンが元々人型の種族だっていうなら十分あり得るよね。その間にも僕たちとドラゴンの間には、赤と青が改めてぶつかり、精霊が世界へと帰っていくのを感じる。このぐらいが、ちょうどいいんだね。
「ソウカ……ナニヲノゾム」
「んー、特にないよね……マリーも」
「そう……ですね。でも何も求めないのもって言うなら、やっぱりドラゴンですし鱗とか少し分けてもらうとかどうでしょう?」
僕としては報酬の話もしてなかったし、多くを望む予定はなかったから別によかったのだけどマリーの言うように何も求めないのも問題だという話もよくわかる。気が済まないとかそういう感じの話だね。ドラゴンもそうだったみたいで、鋭い爪先で自分の体をつつくように差し込むと、僕たちの感覚でいうと両手いっぱいの鱗を削ぎ落して見せた。ついでになぜか爪先を僕の方に差し出してくる。
「キルガイイ。ドウセハエテクル」
『全力で行け。じゃないと斬ることもできないぞ』
「わかりました。じゃあありがたく……」
爪も報酬にということらしいけど、助言通りに明星に魔力を込めて一気に切り取ったら思ったより痛かったのか、ドラゴンの咆哮染みた声が響いたのはなんだか笑ってしまった。ハイリザードたちも驚いてこちらを覗きこんできたぐらいだしね。
「では、戻りますね。また何かあれば呼ぶのですよ」
あっさりと、それだけを言い残してラーケルは消えていった。残るのは呼び出した時に使った氷の水晶球。お礼を言う前に消えちゃったなと思いながら、大切にしまいなおした。
「無事に終わったようだね」
「ええ、しばらく……何年先かはわからないですけどまた均衡が崩れるまでは大丈夫だと思いますよ」
ジルファさんとハイリザードの長老に笑顔で返事を返すと、それを聞いていたハイリザードたちがざわめいた。と思うと、どこかにまた去ってしまう。用件が終わったらそれで終わりってことだろうか?
「ウタゲダ。タノシンデイケ」
「楽しみですね、ファルクさん」
「うんっ。じゃあ、お世話になります」
どうやら先に集落に消えたハイリザードたちはその準備をするつもりだったみたいだった。いつしかどこからか誰かの演奏する音が聞こえ、雪山とは思えない宴が準備されていくのだった。
恩人だからと座ったまま、ふと……ドラゴンを召喚するアイテムとか……あるんだろうか?なんて思う僕だった。




