MD2-231「白銀の宴-5」
極寒の北の地で、僕たちは長い時を生き抜こうとするドラゴンを助けることになった。ハイリザードの住む洞窟の奥で、赤の力と青の力、その均衡が崩れそうになる度に赤の手助けをしているドラゴン。これが続けばいつかドラゴンは戦いの果てではない状態で力尽きる。それは忍びないという考えからだった。
そもそもこの場所は昔からこうだったのだろうか?
疑問に思い、長老に聞く限りでは、少なくとも何百年か前までは同じように青と赤が常にぶつかっていたらしい。強弱の違いはあっても、大体はドラゴンがこうして介入するほどではなかったそうである。どうして今回はこんな状態なのかはわからない。
『そうしてバランスを取って来たんだな……自然とこの大地に精霊があふれていくように』
ご先祖様から追加で聞いた話からすると、元々はここは青く冷たい場所だったらしい。そこに空かい側の力が現れ、今のように衝突が始まったのだとか。でもそれ、おとぎ話よりもずーっと前の話だっていうもんね……なんとも壮大過ぎてよくわからない話だ。
(冷たい青の方は何の力なんだろうか? 氷? 冬? ……あっ!)
観察をしながら思い出したのは、前に出会った精霊の親子のこと。確か、氷の精霊らしいラーケルが言っていたよね、永遠の冬をこの手に、氷の女王を超えると。関係が間違いなくありそうだ。
『懐かしい話だな……よそに攻め込むような性格の女王じゃあない、となればこれは……想定外だろうな』
世界中のことをなんでも知っていそうなご先祖様曰く、確かに離れた場所であるが氷の女王が住んでいるはずだという。ただ、平和過ぎて力を使う機会が無かったのかもしれない、とのこと。なんでもある程度は冒険者がやってきて腕試しをすることが昔はあったんだとか。なんだかすごく迷惑な話ではある。
(どれだけ冒険者が来るかなんてわからないのにね……どうしてだろうか)
「長老、あっちのほうに火山とかありますか?」
「アルゾ。ワレラノセンゾモ、ソコカラチカラヲエテイル」
では赤の方は、と聞いてみたところ、見事に当たりだ。確かにここに入ってくる前に遠くには雲なのかわからない白いものが山を覆っていた。あそこがそうってことだ。たぶん、そこからその力がここに出てきているんだろう。
「となると……氷の女王の力の方を消耗させるようにしたらひとまずはいいのかな? 火山の方はちょっと自然が相手だからねえ」
「でもどうしましょう。住んでる場所わからないですよね?」
長老たちには任せて、と伝えて戻ってもらった。というのもご先祖様のこととかを説明するのは大変だからね。事情を知ってるマリーだけのほうがいい。わかったことを伝えての作戦会議だけど、さっそく詰まってしまった。
『場所はわかるはわかるが、そこに行ってどうにかなるかは不明だな。時間もかかる』
「マリーの言うとおりだね……吹き飛ばせばいいってわけじゃないよねえ、きっと」
手詰まり感に苦々しいものが表情に浮かぶのが自分でもわかる。眼下ではドラゴンは静かに赤と青の力のぶつかりを見守っている。どうにかするならドラゴンも一時的に相手をしないといけないんだよね……逃げ回るぐらいなら出来そうだけど……。
と、そんな僕に何かが語り掛けて来た。きょろきょろとあたりを見回して……気が付いた。
(アイテムボックスの中?)
なぜか迷わず取り出したのは……氷の水晶球。ラーケルとユスティーナが別れ際にくれたものだ。素材にはならないけれど、困ったときに呼びかけてと言われていた。最初は彼女たち由来の魔法でも使えるのかなと思っていたのだけど……ご先祖様からは、迂闊に使うと周囲がヤバイ、とか言われたんだよね。
召喚アイテム、そうご先祖様が言っていた。かなり希少で、ご先祖様も数えるぐらいしか手に入れたことはないらしい。
「召喚……そうか」
マリーと頷きあい、互いの手で氷の水晶球を手にし……呼びかけた。音を立て、水晶球が回転し……力が吸い込まれていく。ずっと続くかと思った回転はいつしか止まり、そして力ある存在が産まれた。
「あら、お久しぶりですね。随分と大きくなりましたね、二人とも」
「ラーケルさん?が小さいんだと思いますよ」
「うん。ユスティーナより小さいや」
そう、まるで幼子のような姿のたぶん、顔からしてラーケルが現れた。でも、力は本物だ。むしろ、小さい体にぎゅっと詰め込んだような気さえする。水晶球を手にすると、自分のお腹に押し込むようにして沈み込ませた。
僕はラーケルへ状況を説明し、ドラゴンを一時止めるか氷の女王側の力をどうにかできないか聞いてみる。ダメ元ではあったのだけど、元々氷の女王を意識していたためか、すんなりと頷いてくれた。
「いいでしょう。恐らくは氷の女王の力の源であるコキュートスハートがあの先にあります。ですがそこまで行くのは人間では不可能。ただ、力の末端であるあの部分を消耗させれば自動的に本命も消耗させられるでしょうね。その間、ドラゴンと火山側はなんとかしましょう」
「でもどうやって……炎の魔法で吹き飛ばせば?」
思いつくのはそのぐらいだったのだけど、ラーケルは首を振り、自分の胸を叩いて見せた。どういうことだろうか? 彼女がどうにかするということではないと思うけれど……。
「氷の女王も結局は力ある精霊が神と呼ばれるところまで力が高まっているにすぎません。そして、その力はああいった場所で眷属を産みます。スノーフェアリー、スノーホワイト。ですが恐らくは防衛用にもっとそれらしい相手が出て来るでしょうね。それを討ち果たせばいいでしょう」
『どちらも女性体だ。自我を持つのもいたな……ただ、ラーケルの言うように戦いには向かない。恐らくはやりやすい相手が出てくるだろう』
両者のわかりやすい説明に納得の頷きを返し、ラーケルの力を感じたのかこちらを見ながらも赤と青の均衡を取るべく動いているドラゴンを見つめ返した。まだ……狂ってるわけでも、あきらめてるわけでもない。ただ、自身の役目に捕らわれている、そう感じた。
「この体は召喚によるかりそめです。早めに片づけるのですよ」
「「はいっ!」」
そして、僕たちはいっせいに広大な空間へと駆け出した。駆け下りるのももどかしく、風魔法を身にまとって一気に舞い降りた。そんな僕たちを排除しようとドラゴンのブレスが襲い掛かり……吹雪によって弾かれる。
「私の時も思いましたが……いえ、お説教は後で良いでしょう。始めますよ」
瞬間、僕たちのすぐそばで決戦が始まった。ドラゴンが炎のブレスとするならば、ラーケルのそれは氷の吐息。厳冬の荒々しさがそのまま出てきたような暴風が吹き荒れる。
「ファルクさん、何か出てきました」
「氷の女王の眷属ってやつだね……よかった、戦いやすそうな相手で……」
マリーには怒られるかもしれないけれど、さっき言われたようなスノーフェアリーとかじゃなくてよかったと思う。ご先祖様から伝えられたイメージからいくと、みんな女の子だもんね。
昔よく作った雪だるま、それによく似た姿の何かが川のように見えた力の流れから次々と生まれ出てくる。僕とマリー、2人の手元で高まる魔法の力は……炎を産み出し周囲を赤く照らし始めるのだった。




