MD2-230「白銀の宴-4」
北国も北国、雪と氷に覆われた山の中で、僕たちは不思議と出会った。それはもう奇跡としか思えない光景だ。こんな、何もなさそうな場所だというのに……。
「アジハウスイダロウガ、ガマンシテクレ」
「とんでもないです。びっくりしてます。その……豪華で」
「私もです。これは冬が来る前に調達したんですか?」
いつの間にか整った食事の場。そこで出てきたのは、こんな場所で出て来るとは思えなかった料理の数々だった。ハイリザードがこんな料理をするんだという点でもう驚きなのだけど、冬だというのにちゃんと魚も肉も出て来た。さらには……野菜。外は雪に覆われている……どういうことだろうか?
そんな疑問が間違いなく顔に出ていたんだろう。ハイリザードの長老はちょっとわかりにくいけど笑顔を浮かべ、扉の無い入り口の方を指さした。そのままそちらに顔を向けると……大きな器を持ったハイリザードが2人。次の料理かな?と思ったらそこには水があり……魚が跳ねた!
「イッテオクガ、ソトデツカマエタノデハナイ」
『驚いた。養殖、この空間の中で育ててるんだ。冬に限らず、きっと一年中確保するために』
「そんなにここは広いんですね! なんだか驚いてばっかりだ」
養殖っていうのはよくわからないけれど、育ててるというのはなんとなくわかった。そして、それがどれだけすごい事かも。ひとしきり驚いた後は、人間の街で食べるのとそう変わらない食事を味わうことが出来た。
僕はここに来るまで、僻地ほど野生に生きている、そう思い込んでいたけれどそれは間違いだったらしい。こんなにも、工夫を凝らして生き抜いているのだ。
長老に案内され、歩く町並み……そう、町並だ。洞窟の中だということを忘れてしまいそうなほどにその場所は広く、天井も高い。これは明らかにおかしい、けれど覚えがある感じだ。僕の実家にあった薬草の生える洞窟、その大きい版だと直感した。
「ここは、特別な場所なんですね。でもどうして急に来た僕たちまでここまで見せてくれるんですか?」
「ウム。ヒトノコヨ……ソノセイレイノカガヤキヲシンジル」
こちらを見る長老の瞳は、よく見ると濁っていた。目が……見えていないんだ。見えているのは僕やマリーの体に宿る精霊。だから長老はそんな精霊の姿に僕たちを信用してくれているみたいだった。
その言葉にマリーと頷きあい、僕は明星を鞘ごと手に掴みそうとわかるように自分の体にたくさんいるはずの精霊に呼びかけ、マリーもまた杖にいるアクアや自身の精霊に呼びかける。挨拶を、と。
「ムウ……」
長老ではないハイリザードの声が漏れるのを聞きながらそれを続けると、自分でも驚くほど素直に精霊たちは呼びかけに応えてくれた。あるいはこれは強者やかつての英雄が示したという気迫やその類のスキルだったのかもしれない。ほのかに体を精霊の光が覆い、僕たちを形作った。
「ウムウム。サテ、ナヤミゴトトイウノハ、ドラゴンヲネムラセタイトイウコトダ」
「ドラゴンを……眠らせる。ファルクさん」
「うん。長老、それは……永遠に、ということですね」
そうでなければ、こんなにしょんぼりした姿で伝えてくるはずもなく、周囲のハイリザードも悲しむことはないだろう。彼らにとっては、出来れば選びたくない選択肢なのだとすぐにわかる。けれど……ドラゴンか。
(確か、南で出会ったリザードマンは自分たちが最終的には竜になることを目指していたよね)
「古き竜を眠らせ、皆さんの中の誰かが新しい竜と成るわけですか」
「ヨクシッテイルナ。ジルファノメハタダシカッタ」
「私も予想外ですよ。こんな風に正解をいきなり当てるとはね」
なんだか急に持ち上げられ始めたので恥ずかしくなり、マリーと一緒に以前にあったことを説明する羽目になってしまった。ハイリザードの皆とジルファさんが納得してくれたのはよかったけれど、今度は黒龍と出会った者としてさっきとは違う目で見られている気がする。
『まずは状況を確認させてもらおう。恐らくだがそのドラゴンの調子によってはこの場所の存続も怪しいはずだ』
(そうか……そうだよね。こんなすごい場所、何もなしじゃ無理だもん)
詳しくはわからないけれど、そのドラゴンがこのハイリザードの里に関係していると察した僕はどういう流れでドラゴンを眠らせるのか、確認をすることにした。その横ではマリーはハイリザード側の魔法使いと何やら歓談中だ。横目で見て驚いたのは、ハイリザードが杖も無いのにその両手の中に強力な魔法を展開していることだった。これだけの力がありながらドラゴンをどうにか出来ない……その理由がわからなかった。
見たほうが早い、そう言われて案内されるのは空間の奥。歩くだけでも日が暮れるんじゃないかと思う距離だった。やっぱり、実際に山の中にあるんじゃなく別の場所……そう思えた。
だんだんと建物はまばらになり、足元も土から岩盤に変わる。さっきまでの場所は長い時間をかけてハイリザードが住むために整えてきたのかもしれないね。
「アレダ」
「あれって……っ!?」
視線の先には、洞窟のような壁が狭まり人ひとりがようやく通れそうな小さい穴となっている場所。促されるままゆっくりとそこを除くと……向こうにはドラゴンがいた。さらに広い空間があり、視界には赤と青、2つの色があった。
赤はどこからか流れてくる溶岩……その流れる先には見てるだけで寒くなるような青があった。川のようにも見えるけど、もし川なら溶岩が冷えて固まってどんどん重なっていくはず。けれど見える範囲ではその境目では溶岩は冷えた後、消えている。
『精霊として見て見ろ。どちらにも強い精霊がいる……見えているのは魔法と同じだ。実際の溶岩じゃあ、ない』
ご先祖様に言われ、見方を変えると確かに溶岩のように見えるナニカだということがわかった。ではドラゴンはここで何を……そう思った時、青い川のような側が急に勢いを増す。そのまま赤が押されるかと思いきやドラゴンがブレスらしきものを吐いて青を侵食した。
「コレマデハミマモルダケデアッタ。ダガ、サイキンハソノツリアイガクズレタ。コノママデハ……チカラツキル。ソノマエニネムラセタイ」
つまり、ただ疲れ果てるよりは力ある者として戦って眠らせたい、そういうことだった。でも……それは……。
「マリー」
「はい。やりましょう。原因を、探るんですね」
「ヒトノコヨ……?」
戸惑う長老に、僕たちは振り返って同時に微笑みを返す。新しいドラゴンが産まれてもそのドラゴンが苦労するのはこのままだと確定している。そんなのは、出来ればなんとかしたい。だから、僕たちは赤と青のつり合いそのものをどうにかしようと思い立ったのだ。




