MD2-228「白銀の宴-2」
一面の銀世界を進む僕たち。そんな中見えてきたのはぽっかりと緑が見える不思議な場所。そこには塔らしきものが見え……誰かが住んでいるような感じだった。
驚かせないようにと少し離れた場所に降り立ち、こちらがわかるようにとホルコーから降りて歩いていく。見えた感じだと、例えば荒くれ者の住処という様子はなかったけれど……こんな辺鄙な場所にいるんだ。誰がいるかわからないよね。でも……。
「ファルクさん、この感じ……」
「うん。エルフの里に近い物を感じるね」
1歩1歩、雪に足跡を付けながら進むと、近づいてきた森の中にどこか懐かしい物を感じた。それは僕たちがもらったユグドラシルの樹液の飴のせいだ。あれにより僕たちはどこまでかはわからないけれど、エルフと半分同化しているらしいもんね。
(ということは……)
『こんな場所にいるんだ。よほどの物好きエルフかもしれないな』
きっと外は寒いはずなのに、どこかウキウキした気分で歩を進め、木々を分け入る。しばらくはまだ雪まみれだったのだけど、その光景が驚きと共に目に飛び込んでくる。
白と緑の境界線がはっきりとしていた。その場所から向こうは、春の森の様だった。花咲き乱れ、とは言わないけれど季節柄あり得ない光景が広がっている。塔を透明な何かで覆うかのように、そこだけは季節の関係なさそうな場所だった。
「素敵ですね……あ、動物もいますよ」
指差す先には、日向ぼっこをしているのか寄り添っている狐たち。こちらに気が付くと、白銀の世界へと逃げていった。ちょっと悪いことをしちゃったかな? 特に来るもの拒まずという感じでもしかしたらこのあたりの動物の逃げ込む先でもあるのかもね。
「おじゃましまーす!」
見える範囲に人はいないけれど、黙って入るのもどうかと思い挨拶をして一歩踏み入れ……足元から精霊が噴き出した。慌てて足踏みすると、そこからさらに。隣のマリーも、後ろから来ているホルコーも同じだった。
「わっ……喜んでる?」
『お前たちの中にいる精霊に仲間を感じたんだろう。あのエルフの森にいたときの精霊も中にはいるはずだ』
しばらくの間、そうして周囲を見渡していると、とある木のふもとに人影がいつのまにかあった。特徴的な耳、すらっとした体躯。そしてローブに隠されているけれど……ああ、うん。僕の知るエルフだ。サフィリアさんを2周りぐらい鍛えた感じかな?ってそういうとすらっとしたというのは似合わないような……まあいっか。
「ようこそ、同胞……んん? 人間か。だがこの気配、ユグドラシルの祝福を得た者よ。歓迎しよう」
それきり、スタスタと先導するように歩く相手に戸惑いながらもついていく。なぜか、動物たちはそんな僕たちの後ろについてくる。危害を加えないってわかったのかな? 不思議な話だね。
「あの」
「この地に自然と精霊を感じるために住んでいる。良ければ2人と……1頭も感じていくといい」
大人しくついてくるホルコーにも優しい視線を向けてくれるあたり、良いエルフなんだと思うのだけど……ずっと1人なのか、微妙に話がかみ合わない気がした。でも、喋っていればそのうち慣れるかな?
招かれるままに塔の扉をくぐり、そこで感じたのは独特のにおい。だいぶ薄らいでいるけど、これは……温泉だ。こんな場所に? だから外はここだけ雪が無いのかな? そこから先は普通の家みたいな場所だったからホルコーはここで一度お別れだ。なぜか藁を敷いてあるし、ちょうどいいとばかりにそこに座りこんだホルコーを撫でてからエルフについていった。
「ここは昔々、エルフの感覚でもかなり昔の英雄たちのいる時代。北方での活動のためにとある英雄が作り上げたという休息所だ。地下に水脈があって、それを温めているらしい。私も直接見たことはないがね」
塔の中は自然にあふれていて、壁のあちこちに植物が生い茂っている。それでも無秩序というわけじゃなく、建物の一部になっていう感じだ。きっとこのエルフが整えているんだろう。暖炉もあり、なんだか贅沢な感じだ。
「温かくてびっくりしました。この場所にはずっと?」
「ああ。ただ過ごすのならこんな僻地にいる必要はない……自然を感じるにも地元でいいだろう、そう思うかい?」
頷く先で、エルフは窓枠らしい場所をゆっくりと撫で……優しい笑みを浮かべた。すぐに出来たお茶を僕たちに手渡した後、自身も一口二口とお茶を飲み、息を吐く姿はとても絵になる。その間合いというか呼吸に、なんとなく感じるものがあった。
「答えは1つではない……ないのだがね。誰かの手によって作られた物にも精霊は宿る。むしろただ何もしないよりも、多くの精霊が宿ることすらね。伝統的な聖地のような場所もそうだが、歴史が積み重なり、生きる者の祈りが籠った場所も独特の変化を遂げる」
『王国でずっとある城、砦。あるいは遺跡などもそうだな』
「精霊は世界に満ち……どこから来てどこへ行くのか。世界から現われ、世界へ還るのが流れ。あって当たり前と思うには重要過ぎる」
そういって目を伏せる姿はかなりの年齢を感じさせた。エメーナさんみたいにお年寄りなのかもしれない。よく見るとシワがあるしね。
お茶を飲み干すと、温かさ以外に何かが自分の中に満ちてくるのを感じた。隣のマリーも同じようで、どこか戸惑った様子だ。なんだか、力が湧いてくる。
「あっ……アクア。お話がしたいの?」
「おお……大精霊か。いい出会いがあったようだね」
音でも立てるかのように杖の先からアクアらしき影が飛び出し、部屋にあった水瓶に飛び込むとそこで光の球、多分この部屋の精霊たちと踊り始める。その姿は微笑ましく、3人して眺めてしまう。
とても、優しい時間だった。外が極寒の世界だとは信じられないほどだ。でも僕たちにも旅の目的がある。そのことを説明しようとエルフに向き直ると、こちらを真剣なまなざしで見ていた。
「僕はファルク。彼女はマリー、あの馬がホルコーです。一時の休息の代わりに、何をしましょう」
「君は優しい。彼女も、外の子も。エルフに近くなっているからか、人よりもこちらの感情の揺れを感じているようだ」
そう、見つめ合った瞬間、相手の瞳にある揺れを感じてしまったのだ。困っているけれど、言い出すのは迷惑か……そんな感情の揺れ。霊山に向かう目的がある僕たちだけど、この出会い1つ1つがきっと正解なんだろうと信じている。
「そういえば名乗っていなかったね。ジルファ、それが私の名前さ。お願いしたいことは、この先にある雪山に住むハイリザードの里を救ってほしいということだ」
「こんなところにリザードマンが?」
僕が驚くのも無理はないと思う。見た目はトカゲを大きくして、人型にしたのがリザードマンだ。基本的には寒さに弱い。暑さにもすごい強いわけじゃないけど……寒い方が辛いはず。
『僻地に住めるようになった種もいる……が、そんなに柔ではないはずだ』
「どうやら彼らの聖地と呼ばれる場所に問題が出ているようでね。先日も知恵を借りに来たのだよ。今の君たちならあるいは……そう思ったのだ」
長い時間を生きているらしいジルファさんでもできなかったことを僕たちが……マリーは反対もせずに頷いている。うん……頼られたのなら、やるだけのことはやろう。
「詳しく、聞かせてください」
その後の出会いが、白銀の世界に響く宴のきっかけになるとは、僕もマリーも思いもしなかったのである。




