MD2-227「白銀の宴-1」
何日かぶりの外は、とても眩しく……光には温かさを感じた。そのままぼんやりと空を見上げていると、背中にぶつかるのはホルコーの鼻。どこか彼女も、お疲れと言ってくれているような気がした。
「後で高い飼葉を買ってあげないとね」
「ええ、ホルコーも頑張りました。一緒の仲間ですもんね」
一緒に微笑むマリーの肩に、小さな光を見つけた。親指の先ぐらいの光で、すぐに精霊だとわかる。気になって周囲を見渡して驚く。あちこちに、精霊の光を感じるのだ。魔法を使おうとしてるわけでもないし、集中してスキルを発動してるわけでもないのに、だ。
『祝福の効果だろうな。後でしっかり確かめよう』
(まずは報告かな? 無事に帰ってきたことを言っておかないとね)
そのままダンジョンから女神騎士団の宿舎へと向かうと、何人かの騎士がこちらを見つけて駆け寄ってくる。口々に僕たちを心配する言葉を投げかけてくれるのがなんだか嬉しかった。と、彼らの後ろから僕と戦った騎士が顔をしかめたまま歩いてくる。
「五日だ」
「え?」
「お前たちが連絡なしで潜った日数だよ。まったく、無茶しやがって。女神騎士団が無理や無茶をさせる集団だって噂が立ったらどうするんだ?」
それだけを言って、騎士は僕に果物を1つ投げて来た。赤い、よく食べる奴だ。お礼を言おうと顔を上げれば、そのまま立ち去ってしまう。悪い人なのか、そうでもないのか……わからない人だね。
団長に報告しないと、と告げるとみんな道を開けてくれた。そのまま一口二口とかじりながら歩き、マリーにもあげて最後にはホルコー。2人の1頭で、一緒だからね、うん。
「ほほう、少し……変わったね」
「そうですかね? いえ……変わったんだと思います。覚悟が、決まりました。少し休んだらそのまま霊山への道をたどります」
騎士団長は前に見たときと変わらず机で色々な紙と格闘していた。報告書ってやつかな? あるいはこうしてほしいという要望だとかもあるのかもしれない。唯一、机に立てかけてある長剣にはここからでも力を感じるから、何かの魔道具かもね。
「そうか。君たちほどであれば騎士団にと思ったが……目的が終わった後、よかったら顔を出してくれたまえ」
「はい。私たちは女神様というより……たぶん、精霊寄りですけれど」
自信に満ちて彼女が言うように、僕もどちらかの味方とは言えない気持ちだった。女神様は当然、信じているしすごい存在だなとは思う。おとぎ話にあるように英雄に力を貸したり、奇跡を起こしたりしたとかね。それは戦女神様でもおんなじと言えばおんなじだ。それに、天使も。
対する黒龍も、お話によっては悪役だったり、そうでもなかったりすることを旅の中で知った。その厳しさは時につらいけど、場合によっては必要な痛みということもある。女神様の優しさは……甘えちゃいけないときもある、そう感じたんだ。
あれこれと少しだけだけど雑談をこなした後、外で待っていたホルコーの元に向かうと、ソフィアさんがいた。いつもしているのか、手慣れた様子でホルコーを撫でている。こちらに気が付いた彼女から重みのある布袋を渡された。
「旅立つのだろう? 短い間だったが、いい出会いだったと思う。元気でな」
「ありがとうございます。また、どこかで」
途中で食べるといいと、保存食の詰め合わせだった。きっと僕たちが出てきたのを聞いて急いで集めたんだろう。元々僕たちの旅の目的を聞いていた彼女ならではかな? ありがたくいただいてホルコーの背にぶら下げ、彼女に見送られながら外に出た。
「どこに行こうか。霊山に行くにも道は1つじゃないよね」
「まっすぐ行けるものなんでしょうか? ホルコーなら……休み休み飛べば大丈夫みたいですけど」
そう、僕たちには他の冒険者には無い有利な点がある。言うまでもなく、ホルコーによる飛翔だ。魔法というかスキルかな?による翼が地形を無視することが出来るし、魔物に襲われることも少なくなる。問題は何日飛べばいいのかってとこだろうね。それに、出来ることなら地上を進むほうがいいような気もする。
『まずは祝福の確認と、情報の収集だな』
ノーザンデリアの砦周囲には街のような集落がある。その中には酒場もあるし、冒険者ギルドの支部もあった。と言っても名ばかりで、冒険者は多くないみたいだった。そりゃ、女神騎士団のおひざ元となれば騎士たちが修練ついでに討伐とかもやっちゃうんだろうね。
そういえば久しぶりの気がする測定球くん。総合的な力を確認できる、なんでも測定球くんって言うんだって。ちょこっとやる気のなさそうな受付のお姉さんに言われるままに手を乗せて……またやってしまったことに気が付く。
「全属性が普通以上……そっちの女の子も苦手無し? ちょっと貴方たち……」
「僕たち女神騎士団の関係者なんです」
とっさにそんな嘘をついてしまった。ごめんなさい、ソフィアさん、団長。勝手だけど、なんだか許してくれそうな気がしたのは何故だろうか?
女神騎士団の名前は効いたようで、それ以上の追及は来なかった。ようやく確認できた祝福の中身。
増えた祝福は、精霊の使徒というものだった。お姉さんも見たことが無く、詳細不明と言われてしまった。悪い物じゃないだろうなあという結論に至り、周囲の危ない情報なんかを聞いてから外に出た。
(詳細不明……か)
『一応、全てに補正の入る、最上の祝福だ。育ち切れば、な』
意識して使える物でもなく、育て切らないとあまり強くないそうで、だから情報が残ってないんだろうと言われてしまった。特に不得意も無い僕たちにはちょうどいいのかもね。それに、どちらかというと能力の上昇より役立ちそうな部分がある気がする。
「あはっ、アクアの顔が見えるや」
「本当ですね。お魚さんみたいです」
マリーの手にする杖の先にある魔石の中を、アクアであろう何かが泳ぐように動くのが見える。魔石自体はそんなに大きくないからアクアの大きさも指先ぐらい。それでも気にせずにゆらゆらする姿はまさに魚だ。
そのままノーザンデリアから東に進むことしばらく。なんでこっちかと言えば、カン……としか言えない。一応アクアにも呼び掛けてもらい、行きたい方向があれば行くよと告げるとこっちを示したのだ。霊山は確かに東にあるし、どこかで東に向かわないといけないからちょうどいいと言えばちょうどよかった。
ここまで来ると碌に街もなく、そのまま道なき道を行く。かつてはこの先にも町があったらしいけど、あまりの寒さに放棄されたとか聞いた。十分離れたところで、ホルコーに乗った僕たちは人の頭ほどの高さを飛んでもらい、ぐんぐんと進む。
見える景色は白銀ばかり、あちこちに木々はあるけれど、雪が目立つ寒い世界だ。僕たちは寒波耐性を発動させ、ホルコーにも魔法で温まってもらってるから調子は悪くなさそうだ。
「このまま誰にも会わずに進めそうですね」
「どうやらそうでもないみたいだよ。あっちを見て」
僕の腕の中で振り返ってくるマリーに微笑みながら、遠くの森を指さす。その先には、白銀の中にあってぽっかりと緑の濃い部分があった。その中央には塔と呼ぶには低い、建物があった。
人間か、亜人か……はたまた魔物か。それはわからないけれど、新たな出会いの予感がするのだった。




