MD2-226「少年の選択」
投稿予定が寝落ちしてました。
「マリーっ!」
飛び起きた僕の目に飛び込んできたのは……どこかの部屋。窓から差し込む陽光は優しく、先ほどまで寝ていたであろうベッドも僕の体温にかほんのりと温かくふかふかだ。寝起きらしくぼんやりとした頭でゆっくりと周囲を見渡し……気が付く。
「僕の……部屋だ」
そう、今は弟と妹が寝ているはずの、僕の部屋。大きくなった時のためにとベッドは僕にとっては大き目で、弟たちが2人一緒に寝るにも都合がいいぐらいだったはずだ。っと、そうじゃない、そうじゃないぞ。
毛布をどかし、床に足を付けるとその冷たさが這い上がってくる。夏でもない、春……もなさそうだ。よく見れば窓には夜露が凍ったのか枠に残った氷と、溶けた水滴が模様を作っている。そっとその窓枠に手をやると、僕も少し縮んでいるように思えた。
「にいちゃ、朝だよ!」
「よ!」
勢いよく部屋に飛び込んできたのは言うまでもなく弟たち。すんなりとそう思う自分と、ついこの間出会った時よりも少し幼い姿に驚く自分がいた。ここは……何が……あったんだ?
僕が寝ぼけていると思っているのか、弟たちは腕を引っ張り僕を連れていく。家族一緒にとる朝食の場に。そこが近づく度、僕の心は震える。だって……この流れ……。
そんな僕の予想は見事に当たることになる。
「おはよう、ファルク」
「顔を洗ってきなさい」
(父さん……母さん)
いつかキリングドールたちの模していた2人とは絶対的に違う。両親そのものを……感じた。そう自覚した途端、僕はあふれる涙を抑えられなかった。崩れ落ちた床の感触も、顔を覆う手のひらに流れる涙も。突然のことに僕に駆け寄る弟たちの温かさも、注がれる両親のまなざしも……みんな、みんな本物に思えた。
「お兄ちゃん、ぽんぽん痛いの?」
「違うよメル、きっとにいちゃも怖い夢を見たんだよ。きのーはびゅーびゅーいってたもん」
嗚咽しか出ない僕の腕を優しくつかむルーファスとメル。きっとそんな僕たちを優しく見てくれている両親。僕が、取り戻したいと思っていた物。取り戻せると信じている物。
そして、あり得ない未来だと確信している物。
「本当は、ここにいたい。全部忘れて、優しくされて、平和に暮らしたい」
「いいのよ、ファルク。貴方はまだ子供なの。子供らしく、生きていいのよ」
弟たちとしか思えない相手を両手で抱き寄せ、涙をぬぐうことなく顔を上げる。母……と思える相手はそんな僕を記憶にあるよりも優しく、見つめて囁いてくれた。
「辛かった。悲しかった……そして、寂しかったんだ。僕は、そんな強くないから」
「いいんだ。私たちに守られていればいい。そうしたら……全部無かったことになる」
その誘惑は、とてもとても……優しさに満ちているように……感じた。けれどもそれは、僕の欲しい優しさじゃあ……無い!
不思議そうにこちらを見る弟たちの頭をいつもしていたように撫で、僕から引きはがして立ち上がる。いつの間にか、僕の背丈はなじみのある今の大きさに戻っている。瞬間、柔らかく温かかった空気が固まる。暖炉の炎は凍り付いたように動かず、日差しも明るいけれど温かさが無い。
とっさに右腕に手をやり、そこにあるはずのものが無いことに気が付くと呻くようにして唇をかんだ。久しぶりの何もない右腕の感覚には、不安しかなかった。
「なぜ、苦労を望む」
「別に苦労ってわけじゃないよ。生きていけば、何かしらそういうこともある……そう学んだよ」
母親だった物の口から、聞き覚えの無い声が響いた。部屋の家具が、輪郭を溶かしていく。ぼんやりとした部屋は段々と上下すら怪しくなる。だというのに両親と弟たちだけがはっきりしてるのもなんだか奇妙な感じだった。
「獣ですら、誰かに守られている」
「そう、そしてその後巣立ちを迎えるんだ。いつまでも親は親だけど、子供だって……大人になる」
父親だった物から出てくる言葉に、きっぱりと言い返した。そして何故だか理由はわからない。わからないけれど、僕はひたすらに魔力を練った。その度に、周囲から精霊らしき何かがどんどん僕を中心に渦を巻くのがわかる。ここは……そういう世界なんだ。目的はわからないけれど、訪れた者に平穏と安らぎを……そんな場所。だけど、平穏と安らぎが本当に正しく求めている物かどうかはわからない!
「「人も魔物も、このまま守られていればいい。滅びない、未来のために」」
「滅びないのはいいかもしれないね。でも……籠の外で生きられるかどうかは、誰かに決められることじゃない、自分たちで決めることだ!」
左右から響く弟たちだった物からの声は最後まで優しかった。聞き分けの無い子供を、それでも説得する……親の声。
その優しさを感じながらも、そのゆがんだ優しさも……感じた。
「女神様なのか戦女神様なのかわからないけれど、ありがとう。両親は必ず連れ戻す、そう決心が改めてついたよ。霊山に行って自分の手で、あの温かさを取り戻す」
気が付けば、周囲は光の粒が舞う場所となっていた。まるで光の草原に立っているかのようだった。両親だった物、弟たちだった物はゆっくりと重なり、1人の影を作り出す。それは装備を脱いだ戦女神様のようにも見えるし、まったく別人にも見える。
「その資格足りや?」
「さあ? だけど、あきらめないよ。こういう風にね!」
はじける寸前に感じた魔力を思うままに操る。流れはさらに渦を巻き、力を増していく。もっと……そう強く思った時、右腕に懐かしい感覚が戻ってくる。まったく、良いところだけ持っていくんだからさ、ご先祖様は!
「巡れ……廻れ……回れ……マテリアル……ドライブ!!」
相手の強さとその存在を感じた時、僕には対抗手段はこれしか思い浮かばなかった。女神様たちが世界の守り手であり見守るものであれば彼、あるいは彼女は……均衡の操り手。世界が傾けば、戻そうとする律義さ。かつてを忘れかけた者たちに人も魔物も分け隔てなく訴えかけた優しい……存在。
女神様たちが光を演じるのなら、代わりに闇を演じる役目を背負う。あの日、圧倒的な瞳に見つめられながら僕の魂が感じたのは、ソレだった。女神様たちと並び立つ存在、黒龍の力と確かな意思が僕に立てと叫ぶ!
「ほえろ、世界の果てまで!」
全身からあふれる黒、黒、黒。それは翼となり、爪となり、力となる。ここがただの場所だったらこうはいかない。周囲全てが精霊のようなこの場所だからこそ実現可能な物。ご先祖様の教えてくれた切り札は魔法やスキルを色々な制限を気にせず使うことが出来る。
逆に言えば、それは魔法でもスキルでもなくていいのだ。そんな枠ごと、気にしない。それがこの力の本質!
「後悔は、しない?」
「するかもしれないね。でも、立ち止まらない!」
最後の声は誰の物だったのか? よくわからないまま周囲のすべてを飲み込むように僕は黒をまとう。そのままそれを正面の相手に撃つべく構え……正体は不明だけど最後まで優しい問いかけに、はっきりと答えて撃った。
黒龍の叫ぶ声が聞こえたような気がする衝撃が飛んでいき……世界ごと貫いた。
世界が、ひび割れる音がする。
「ファルクさん!」
「マリー……ただいま」
気が付けば僕はお腹を抱えて膝をついたまま、マリーに支えられていた。時間にしてみるとほんのわずかだったのかもしれない。けれど、ごっそりと魔力が無くなっていることを考えるとあれは夢じゃあ、無い。
そのまま目の前にいる相手をしっかりと見る。槍を突き出したまま、少し下がってこちらを見る戦女神。その顔には驚きのような物が浮かんでいた。
「そうか。立つことを選ぶか」
「霊山いって、直に話せばいい……そういうことですね」
返事は無言の頷きだった。そのまま戦女神様は手にしていた槍を手元に戻すと、お菓子でも分けるかのように砕いた。マリーと一緒に驚く視線の先で、槍だった物は光の球となり僕の方へと漂ってくる。
『1人より2人の方が良いかもしれない。この旅は、お前たち2人の物だ』
(ありがとう。ずっと見守ってくれたんだね)
きっとご先祖様は僕がどんなことを経験することになるのか、予想はついていたんだと思う。だから警告はしなかったし、あの世界でもちゃんと助けれくれた。ただそれだけで、十分なのだ。
「マリー、一緒に」
「はい……ずっと一緒です」
漂う光を僕とマリー、2人の手のひらで挟むようにして受け止めた。体を駆け巡る光、そして力。実際にはギルドとかで見ないとはっきりしないけど、何か祝福を得られたことは間違いなかった。
僕たちがダンジョンを出たのはそれからすぐのことだった。




