MD2-225「積みあがった実力-4」
矛盾している。迫る刃物を前に、どこか冷静な僕は自分自身の状況をそう評していた。大柄で、元になったのはきっと強い冒険者だったんだろうなと思う相手の振るう両手剣。何故だか肝心なところはぼやけたようなその攻撃を受けつつもそのまま地面へと受け流す。感じる重みは、本物だ。
「裏切り者!」
男とも女ともわからない声が相手から響く。その中身は僕やマリーを否定するもの。それもそのはずで、僕は蹂躙されそうになっている魔物側に味方することを選んだ。これまで何度も魔物を倒し……いや、殺してきたのに……都合のいいことだと思う。ひどく、矛盾した話だ。
(けど……けどさ、これは違うよ!)
すぐそばで響くのはマリーの放った氷魔法。既に杖の先からはアクアが半身を出すようにして力を発揮している。広く放たれた冷気が壁のように人間側と魔物とを遮っていく。例え、人間側も魔物側も明らかに作り物だとわかったとしても、僕たちの行動は変わらない。
もしかしたら人間を襲うかもしれない、だから先に殺す。それ自体は、僕にだって否定できない。人間と魔物はそうして生きて来たんだ。互いに生き残りを賭けて……けど、あんな風に笑みを浮かべて殺戮していくのは、違うと思う。
「それではもう、快楽のために、自己満足のために命を奪うことになる!」
叫んで、自分の言葉ながら妙に納得している自分がいた。そしてその答えは、常に自分の中にあったんだ。人は、魔物だって自分だけじゃ生きられない。何かの犠牲の上に成り立っている。実家でだって不思議だけど薬草たちの命を貰って生きてきたに等しいんだ。
(遊びで命を奪っちゃ……いけない!)
いつしか、僕は相手が作り物だろうということも忘れて無力化を行っていた。腕を折る形になったり、足を怪我させたりと……まあ、落ち着いて考えるとひどいものだ。
その間にも、人間らしい相手からは僕たちへ向けて色々な文句が飛んでくる。それを聞きながら、この光景はきっと世界のどこかで本当にあったのかもしれないなって思ったんだ。人が自分勝手に他の命を奪おうという光景は、きっといつかどこかで起きる……そんな予感があった。
「ファルクさん!」
「そんな、溶けていく!?」
ホルコーに乗って戦場を駆けまわっていたマリーの指さす先で、世界が溶け始めた。途端、周囲の魔物、そして人間も形を崩し……黄色い光となって僕たちの中に沈んだ。精霊でもない……これは?
『お前たちの決断の証だ。心配するな、正解も間違いもない……そういう試練だ』
問いただしたいところではあるけれど、状況がそれを許してくれなかった。溶けていった世界が形を作り、次に目に飛び込んできたのは別の場所。見えてきたのはぼろぼろの町並み。そしてその前に並び立つ人間……でも立っているのは老人や子供ばかり。ふと見れば大地には大人であろう姿の人間が倒れ伏していた。対して、離れた場所には無数の魔物たち。ああ……今度は逆か。
「ごめんね、マリー。ちょっと大変かも」
「大丈夫ですよ。ファルクさん。例えばそう……例えばですけど、領主とかになるのって、こういう決断ばかりなんです。いい予行演習ですよ」
心強い言葉を胸に、今度は僕たちは人間を背にして魔物たちと対峙する。そして……死ねるけれど死ぬのは嫌な戦いが始まる。
どうしても引かない様子の魔物を倒し、牽制し、徐々に押し込んでいく。自分でも驚くほどに、力は増していた。それはマリーも同様で、たった2人と1頭にも関わらずその場を支配しているのは僕たちだった。自分たちの積み重ねてきた強さ、その実感を確かにしながらなおも戦いは続き……終わった。
「あ、また……」
つぶやきの中、また世界が溶けていく。今度は……ちょっと青みがある黄色。なんとなくだけど、僕たちの取った行動によって色が違う気がした。しっかりと確かめる時間はなさそうだけど、ご先祖様の言うように気にしても仕方ないのかなと思うことにした。
それからしばらく、僕たちの悩み多き戦いは続いた。時には逃げられない状態でドラゴンと、時にはなぜか魔物の集団の中にいた子供を助けるかどうかで悩んだり。あるいは……魔物をかくまったと人間に追われるなんて時もあった。
潜って何日目だろうか? 時間の感覚はひどく曖昧だ。マリーもホルコーも、休憩は挟めているけれど疲れた様子だ。無理もないと思う。熟睡したことはこのダンジョンに潜ってから1度もないはずなんだ。強がっているけれど、人間のような相手に罵倒されるというのは気分が良い物ではないからね、眠ろうにも眠りにくい。
(まだ続くようなら一度退却したほうがいいかなあ?)
残念なことに、まだ祝福を貰えるような祭壇は無いし、それを確信できるような出来事も無い。今のままじゃ、苦労しただけで終わってしまいそうなのが問題だ。あれこれと落ちた物品は儲けにはなりそうだけどね。
そうこうしているうちに何度目かも数えていない世界の崩壊。最初はゆっくりと溶けていたのに、今はすぐに砕け散るように世界が変わっていく。上下もわからないような感覚に襲われ、咄嗟にマリーに近寄り彼女と一緒にホルコーの手綱を掴み……暗転した。
「はっ!? ここは……」
目が覚めたのはダンジョンの中。見覚えのある石造りの壁……そして床。僕はそんな場所に横になっていた。すぐそばには座り込んだホルコーと、そこにもたれかかるようなマリーもいる。慌てて近寄ると、ちゃんと生きていることが確認できた。
『どうやら試練は終わりに近づいたようだ。ようやく戻ってきたな』
「戻ってきた……じゃあさっきまでのは」
幻……そうつぶやくとマリーも目を覚ます気配がした。ぼんやりとした彼女に微笑み、量が減ったはずの果物を取り出して驚いた。数がほとんど減っていない。これではまるで、途中から僕たちはこの場所でずっと寝ていたということになる。
「ファルクさん、あれ……」
「扉、か。さっきまではなかったのにね」
再び進め、ということではないみたいだ。いつ試練が終わるのか、そんな僕の心配はいらなかったようで、現れた扉はひどくわかりやすく豪華な物。落ち着きを取り戻し、気力も戻って来たらしいマリーと、いつも元気なホルコーと一緒にその扉を開く。
くぐった先は、祭壇が並ぶ不思議な場所だった。左右どちらを見ても祭壇が並んでいる。壁も見えず、遠くには暗闇。祭壇もその暗闇の中に消えていくほどだった。こんな広い場所があるとは思えない。まさかまた……。
「ここは現実だ。幼き人の子よ」
「戦女神……」
正面から歩いてきたのは、戦女神様だった。甲冑に背中の羽根、そして手にした……槍? 今度の戦女神様は長剣を使わないようだった。何人もいるんだろうか?
「ここは己の選んできた道を見つめ直し、貫く未来を選ぶ場所。まずはここまでこれたことを祝おう。人間の感覚で言えばもう100年は訪れた者はいない」
じゃあ女神騎士団の団長や団員たちは……その言葉は飲み込んだ。踏み込んでもあまり良い気はしなかったからだ。その代わりと言ってはなんだけど、僕は数歩前に出て戦女神様と向かい合った。
「僕たちは霊山に向かうつもりです。何か知っていれば教えてほしい」
「霊山……ならば言葉よりもこちらは早い」
言うが早いか、構えられた槍。綺麗な装飾と、力を感じる穂先。彼女と戦って勝てということだろうか? どこまでやれるか、そう思って明星を構えようとした時、僕は体の中央に熱を感じた。
「え……」
「ファルクさん!!」
届くマリーの悲鳴。彼女の見つめる先には……僕の体の中央を貫く戦女神様の槍があった。刺さった場所から、熱が広がっていく。ご先祖様は何も言ってくれなかったのに……どうして。
全身を焼かれるような感覚と共に、僕はその場に崩れ落ちた。
感想やポイントはいつでも歓迎です。
頂いた1つのブックマーク、1Pの評価が明日の糧です。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします




