MD2-224「積みあがった実力-3」
僕はその殺気に敏感に反応していた。横に動くでもなく、後ろに下がるでもなく、敢えて踏み込み……相手の懐に飛び込んだ。表情のない人形のような鎧騎士がその無防備な胸元を僕の視線の先にさらす。
「マナボール!」
避けようのない至近距離で魔力弾を放ち、そのまま横を転がるようにして駆け抜ける。背後では鎧騎士がゆらりと傾き、倒れるのを感じられた。続けて別の相手へと切りかかろうとし、後ろから伸びる電撃がその相手を撃ちすえたことで僕はそのまま警戒に戻る。
都合6体目、今のでこの場所の敵はひとまず終わりの様だった。
「ありがとう、マリー。何が落ちるかな?」
「さっきなナイフでしたね……不思議な場所です。何度でも挑めるのに、何か落ちるんですから」
大きな庭ほどもある空間を2人して見渡し、自分達で倒した鎧騎士たちが溶けていくのを見る。こうなるということは、ここはダンジョンで間違いないんだろうね。と、すぐそばでホルコーが鼻を鳴らし、床に残った物をつついている。
「籠手……か。僕たちには用がないけど外で売り物になるかな」
さっきまで動いていた中身のない鎧騎士の籠手、というとなんだかちょっと気味が悪い気もするれけど今は何も変な物は感じない。きっとスピリットの宿っていた鎧ということになるんだろう。ホルコーの背中に備え付けた袋に適当に入れて、次へと進むことにする。
そう、洗礼の砦にはホルコーも入れた。正確には、中は見た目からは想像もつかない場所で、ソフィアさんたちも食料を馬に乗せて運び込むぐらいの場所だということだった。物資自体は僕が持っていけばいいけれど、せっかくなのでとホルコーも一緒に潜ることになったのだ。僕たちはともかく、ホルコーが死んじゃうような攻撃を受けたら後々怖いので、しっかりと守りながらとなるだろうとは思っていた……いたんだけど。
「今のところは順調ですね」
「うん。何か落ちるのも運が良いのか、結構あるしね」
僕たちがここに潜り始めてたぶん半日ぐらい。時折休憩が可能な部屋が出てくる以外は、その場所に現れる相手を倒さないと出られないという……まあ、ある意味わかりやすい仕組みだ。相手も獣みたいなやつから、ゴブリンっぽいもの、さっきみたいな鎧姿だったりと様々。共通しているのは、感情がなさそうな造り物めいた雰囲気ということかな。
『このダンジョンの管理者が差し向けているんだろうな』
(つまり、このダンジョンで意思があるのはその相手だけってことか……)
こういったダンジョンに心当たりがあるらしいご先祖様の助言に従い、まずは休憩可能な場所まで一気に進むことにした僕たちは少しの休憩の後、どんどんと進んでいく。相手があまり強くないというのもあるけれど、行程は順調そのものだった。
そして、明らかに雰囲気の違う部屋にたどり着く。寝床は無いけれど、床に座り込んだりする分には十分な広さだ。魔法の灯りらしい物が天井に柔らかく光っている。不思議と、ここには何も出てこないと感じられる。
『たぶん、時間が来ると外に追い出されるからな。しっかり休んでおけ』
「マリー、ここは時間制限があるみたい。座りながら観察しよう」
「まさに鍛えるための……戦いの洗礼を浴びる場所……ですか」
ここには僕たちしかいない。だからアイテムボックスから温かいままのお茶を出したり、柔らかいままの食事を出したところで誰にも見つかることもなければ指摘を受けることも無い。マリーと2人、後ホルコーも一緒に休憩しながらの現状把握。
事前にソフィアさんに聞いた話からすると、もうすぐ戦いは激しくなる。最初は、自分達だけでなんとかなる戦いが多いのだという。そのうち……迷う時が来ると。それが何なのかは教えてくれなかった。
「ファルクさんのお爺さんに聞くのはなんだかずるみたいですもんね」
「そうだね。あんまり深くは聞かない方が逆にいいかもしれない」
危ない時には指摘してくれるご先祖様だけど、判断自体は僕に任せてくれている。だからこのダンジョンはどうすればいいのか、までは教えてくれないのだ。それでも人より十分恵まれていると思う。こうしてまだ大人じゃないのに相当な力を得られているのだから。
「ここの攻略が終わったら、少しずつ霊山に向かおうと思うんだ」
「確かに、一度は行ってみないと……ですね」
準備はどれだけしてもし足りない、だからといっていつまでも霊山に昇らないわけにはいかないのだ。今の自分達で足りるのか、不足しているのか、それを見極めるためにも……。
『そろそろだ。準備するんだ』
警告の声と同時に、部屋が揺れ……壁が変化し始めた。それは霧が晴れるかのように向こう側が少しずつ透けて見えてくる状態だった。ホルコーを挟んで2人とも同じ方向を向いて警戒し始める。
その視線の先には……太陽のように輝く光があったからだ。
「ここ、ダンジョンですよね」
「うん。わからないことだらけだ」
いつしか、僕たちは荒野のような広い場所に出ていた。さっきまでの部屋も、これまで通ってきた建物のような場所も全く見当たらない。草木が生え、土が見えるような場所が広がっている。空であろう場所にはやはり光を放つ何か。
「……作り物?」
上を向いていた僕は、その光と地上らしい場所にある草木に同じことを感じた。これは……本物じゃあない。真似されている物だ、と。マリーも同じだったようで、戸惑いながらも杖の構えは解かない。
無言で彼女にはホルコーに乗ってもらい、僕は地上を行くことにした。一歩、一歩と歩く足元にも本物と見まごうばかりの土煙。けれど、それらも違う、そう感じる。
「今度は一体……ファルクさん!」
「あれは……!」
このまま何も起きない場所をどこまでも進めばいいのか、そう考えた時に視界に入ってきたのは向かい合う集団だった。片方は明らかに異形、魔物達だ。そして反対側は……人間。だけど……それは人間と言っていいのだろうか?
人間側は当然のように武装していた。様々な武器が光を反射し、その暴力さを叫んでいるかのようだ。それらを手にする人影も、なぜか表情も無いのに笑っているような気がした。
対する魔物側は、主にゴブリンやコボルト、あるいはリザードマンだったりといわゆる亜人種が多いようだ。こちらはなぜか表情がわかる。皆一様に決死の表情だった。その理由はすぐにわかる。彼らの後ろには、粗末な荷台に乗せられて今も逃げようとしている小柄な魔物達……ああ、なんということだろうか。
「魔物達を……蹂躙しようとしてる……」
なぜか、こんなに離れているのに状況が頭に飛び込んでくる。まるで演劇の説明をされているかのようだった。人と会話が出来る魔物が静かに暮らしていたところを、ここは人間の土地だと追い出しにかかる人間側。それに対し、魔物側は自分たちの家族を逃がすために決死の戦いを挑む……そんなことが望んでもいないのに飛び込んできた。
『試練、か。感じるままに動けばいい。俺が言えるのはそれだけだ。忘れるな、精霊はいつも共にある』
「精霊はいつも共に……僕の、僕の守りたいものはなんだ?」
人間、か? それとも……。
優しい、とても優しいご先祖様の言葉を聞きながら……僕はマリーに自分の考えを告げた。
─魔物に、味方すると。
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