MD2-220「信じるものは真実か理想か-3」
僕は人を傷つけることに慣れていない。何を今さら、と思うかもしれないけれど事実そうなのだ。正確には、暗い気持ちにならないほどには慣れていない、というところかな。
ためらって、それがもっと嫌な結果を招き入れることぐらいはよくわかっている。だから、剣を振るうことをためらうことは……無い。
「遅いっ!」
逃げ出すのなら逆に困ったのだけれど、村を占拠していた荒くれ者たちは僕と女騎士さん、そしてマリーへと躊躇なく襲い掛かってきた。1人のマリーと2人の僕たち、どちらを襲うかと言えば当然マリー。だから姿勢を低くして一気に彼女の元へと駆け寄り、男たちに横合いから切りかかった。
慌てて武器を構えるも、覚悟は決めている僕の攻撃の方が早い。まだ子供の体格だけど、両手持ちも可能になっている明星なその力を存分に発揮して、男の構えていたナタのような物を砕くように無力化する。剣を振り切った僕は、明星の刃に魔力が通じていることに気が付いた。
『また1つ成長したな。今の明星ならスピリットをそのまま切れる、そんな魔力剣とでも呼ぶべき状態だ』
あっさりと僕が2人目も切り捨てたところで、男たちも僕の強さに気が付いたらしい。僕自身も自分の実力に驚いていたりするのだけど、表には出さず……敢えて挑発気味にすました顔をする。そうしておけば、男たちは村人を取り返そうと思う前に僕に怒りを向けることだろう。
「人質が無ければ遅れはとらないっ! はぁあ!」
ポーションが効いたのか、元々そこまで疲れてはいなかったのか、1人だというのに女騎士さんは何人もの荒くれ者相手に奮闘している。彼女に近づけていないところを見ると、かなり強いみたいだ。たぶん、村人が人質に取られたとかで抵抗できなかったんだろうね。
「青きつぶてよ、凍てつく庭をここに! アイスショット!」
「そこだっ!」
叫ぶマリーの杖から、小石ほどのつぶてが無数に男たちへと襲い掛かる。それらは1つ1つはただの氷の粒のように見えるけど、実は1つ1つがちょっとした魔法だ。当たったところで、込められた冷気が広がり凍り付かせるのだ。足に、腕に、あるいは顔に、つぶてを受けた男たちがその冷たさと凍り付く痛みに叫び声をあげる。
その隙を逃さないようにすべり込んだ僕は覚悟を決めて明星を振るい……命を断った。
「ひっ、か、金ならやる!」
「どうせそのお金も他から奪った物なんでしょ? 僕は別にいいよ。あの人たちがどうしたいかはわからないけどさ」
ついには男たちは1人となり、少なくない傷を負って転がされている。見事なまでの命乞いをするけれど、僕が問いかけた通り、氷の壁に守られた中から村人たちは男たちを今にも視線で殺せてしまいそうなほどに憎しみのこもった瞳で睨んでいる。
「奪うってことはさ、奪われる覚悟がいるんだと思うよ。僕も、貴方達の命を奪うことに覚悟を決めているんだ」
月並みな台詞だなとは思いながら、男を睨む村人の中に弟たちぐらいの幼い子供がいるのを見、僕は明星を突き出した。相変わらずの感触と共に、僕はまた命を奪う。あたりの寒さに男の体から熱が抜けていくのを感じながら、それ以外の物も見て取っていた。
それは、男から世界へと戻っていく精霊たち。素材として使えるモンスターの死体からはあまり精霊が世界には戻らないのだけれど、人間は別なんだよね。たぶんだけど、リザードマンやウェアウルフみたいな亜人や、エルフやドワーフなんかもそうだと思う。それが生き物としての何かの違いなんだろうね。
「私がやるべきところを、済まない」
「いえ、通りすがりと言えば通りすがりですけど、自分達で決めたことですから」
他に荒くれ者が残っていないかの確認をして、ようやく村人たちを解放できた。みんな氷に囲まれて寒かっただろうに、そんなことを感じさせないほど僕たちを歓迎してくれた。やはり、女騎士さんは彼らを人質に取られたからだったようで、僕とマリーだけでなく、女騎士さんにも村人は群がっている。
何人かの男では僕たちが殺した荒くれ者を埋葬するために台車を持ってきたようだった。もしも死体を足蹴にするとかがあるようなら困るなと思っていたのだけど、幸いにもそういったことはなく胸をなでおろす。
「ファルクさん、村長さんですよ」
「依頼でもないのに助けていただいて、いくら感謝してもしきれません」
「お礼なら、しっかり逃げて来た騎士さんの馬に言ってください。あの子が僕たちに出会って、ここまで連れて来てくれたんです」
本当のことを言ったのだけど、それが謙遜に思われたようでちょっとくすぐったいほどの賞賛を受けた。実際、儲けとか何も考えてないもんね……うん。村長さんからの話によると、残念ながら何人かの村人は犠牲になったようだけど女騎士さんの交渉により、集められるだけで済んでいたらしい。
「私は一応の身分ある身だ。私の方が価値があるぞ、とうそぶいて見せたのさ」
「けど、あのままだとどっちも殺されていたか、その……愉快なことにはならなかったんじゃないですか?」
『あいつらが約束を守るとは、思えないからな……』
そんな指摘にわかりやすいほどに呻く姿はどこか笑いを誘う物で、僕とマリーは嫌な出来事を忘れるかのようにクスクスと笑ってしまうのだった。
「あ、そうだ。僕はファルク、彼女はマリーです」
「私は……ソフィア。女神騎士団が一員だ。改めて感謝するぞ、2人とも。それに、見事な腕前だ。2人ほど精霊を……魔法やスキルを使いこなす実力者は騎士団にもそうはいないだろう」
一見すると当たり障りのない自己紹介をこなせたと思うけれど、内心はどきどきしていた。というより、僕たちが出会ったことのある女神騎士団の人って問題がありそうな人が多かったんだよね。まだ数回だけどさ……。
「そういえば最近、精霊に協力をお願いするどころか、酷使する奴らがいるって噂に聞いたんですけど」
「とんでもないことだな。精霊は万物に宿り、世界の意思と言ってもいい。世界に生きる隣人としてならともかく、主従以下の扱いでこき使うなどもってのほかだ」
嫌なことを吹き飛ばすべく、宴会を開く予定だという村の人たちに引き留められ、することもなく雑談に興じる僕たち。静かに僕に任せてくれているマリーの信頼を感じながら、さりげなくソフィアさんの女神騎士団での立ち位置を探ってみた。
いくつかの微妙そうな話題に、きっぱりと答えていくソフィアさん。演技でなければ、僕たちが探していた教義を守る女神騎士団のちゃんとした人の様だった。
「それで、私の疑いは晴れたかな」
「……わかっちゃいました?」
彼女は応えず、苦々しい顔をして腕組みし、空を見上げる。さらりと流れる銀髪は背中まで伸びており、特注であろう鎧もその女性らしい姿を存分に主張している。戦女神を真似したという方がわかりやすいかな。
しばらくして、ソフィアさんの青い瞳が僕とマリーを順番に見る。
「私は女神騎士団の理念を、理想を汚さないように気を付けて生きているつもりだ。だが……現実は、そうすることが出来る人間ばかりではない。あたかもそちらのほうが真実であるかのように奴らは力をつけてきている」
「だからと言って無理は行けないと思います……私も女の身ですけれど、危険の多い生き方ですよね?」
今度は僕が引っ込む番だ。あれこれと話が弾むソフィアさんとマリー。僕はその横で2人に相槌を打ちながら、これからのことを考えていた。
『場合に寄っちゃ、乗り込むほうが早いかもな』
(相手の人数がどれだけいるかもわからないのに? あ、そうか……何も力づくで倒すのが全てじゃないんだ)
要は、女神騎士団としてあるべき姿はどちらであるか、をわかりやすく示せばいいんだ。そのためには……工夫が必要かな。
女神騎士団のあるべき姿、精霊と世界に寄り添い、民衆と精霊の仲介をして女神に祈りを捧げる……そうソフィアさんはマリーとの会話の中で口にしていた。
2人の話し合いは、村人が準備が終わったことを告げに来るまで続いたのだった。
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