MD2-022「危険と踊る-5」
精算回。戦いはありません。
結果からすると巨大サボタンのいた時限式ダンジョンは
僕達には非常にうまみのある場所だったと言える。
まだまだ駆け出しの範疇とはいえ、様々な経験を積め、
さらには有用なスキルに目覚め、お宝もあった。
五体満足で装備の損失も事実上、無い。
言葉だけを聞けば、大成功中の大成功と人は言うだろう。
ただまあ、またやりたいか?と言われると、だ。
「もう一回見つけても入りたいかと言われば、出来れば遠慮したいねえ……」
「まったくですね」
僕とマリーが心の底からつぶやくのは、
とある小川のそばにあった巨岩。
休憩中にモンスターに襲われることはなさそうな大きな物だ。
そこに風の魔法で飛び上がり、休憩中なのだ。
正確には、服を乾かしているのだけど、ね。
「仮にあの中に何か落とし物をしてたとしても取りに行きたくはないですよ」
「うん。まあ、取りに行く前に一緒に消えちゃっただろうけどさ」
2人して見るのは、巨大サボタンがいたダンジョンのあった高台の方向。
そこには今、草原以外何もない。
そう、何もだ。
時限式ダンジョンは時間が来ると探索は終わり、というのは聞いていたけど、
まさかボスを倒したら終わり、とは思いもしなかったんだよね。
もっとも、あの終わり方が正しいのかどうかと言われると不安は残るのだけれども。
巨大サボタンが爆発するようにして噴き出した何かの液体、
恐らくポーションに使われるサボタンの体液と似たような物、
で部屋の壁際まで押し流された後、僕達は探索を続けた。
正確には、巨大サボタンのいた部屋にあるかもしれない宝箱を探して、だ。
目論見は見事に当たり、金の装飾がされた立派な箱を見つける。
ここで意気揚々と開けるのは物語の英雄ぐらいだろう。
小心者の一般冒険者としては罠を警戒し、
細い棒で鍵穴をつついたり、持ち上げるのは無理だったので
風魔法で揺らしたりしてみた。
その結果、鍵が壊れたのかかかっていなかったのか、ふたは開く。
その中身を警戒しながら取り出し、アイテムボックスに取り合ず収納した途端である。
どこからか声が響いたのだ。
僕の知らない言葉で、ご先祖様だけは『まだクエストが生きてるのか!』
と謎の叫びを口にしていた。
事件までのわずかな時間でご先祖様の伝えてくれたところによると、
観劇のお時間は終わり、お帰りはあちらです、だそうだ。
その証拠はすぐに訪れた。
冗談のような轟音と共に部屋の奥の方から、
妙にねとねとしていそうな青い液体が僕達に再び襲い掛かり、
部屋の壁どころかいつの間にか開いた扉から外に押し流されたのだ。
気が付けば外。
しかも謎の液体で全身ずぶ濡れというかべっとべと。
しかも地面はそのままなもんだから土が混じってひどいことになった。
何度もこけながら、励ましあって歩き出す。
風の魔法で浮き上がろうにも集中できず、
さらに妙に粘着質な液体は僕達の体力を奪う。
そして1刻ほどかけて、液体の無い地面にたどり着いた僕達はそのままへたり込む。
再びの轟音。
びくっと震える僕達の前で、ダンジョンだった場所は
謎の液体ごと渦を巻いていた。
「これは……」
『ダンジョンの消失だな。こうも見事に周りを巻き込むのはほとんど見ないが』
「頑張って外に出ないと終わり。さらに脱出後も苦労しないとあれに飲まれて終わり、
私達……ぎりぎりでしたね」
恐怖にか震えるマリーの声に僕も静かに頷くぐらいしかできなかった。
2人の間を吹く風に自分たちがどんな格好になっているかを思い出し、
ひとまず川まで移動することを提案する僕に対し、
マリーは疲れた表情であったがそこだけは力強くうなずいていた。
「うう、染みる……」
べとべとで、泥だらけ。
苦労しながら、それでも離れて何があってはいけないと
すぐそばで川で洗う僕とマリー。
少し意識してしまい、顔が赤くなっている気がするけど
今は体を洗うことに集中する。
そんな中、汚れを洗い流すと同時に
僕の中に何かが染み込んでくるのも感じていた。
最初は怪我に水が染みて痛いのかと思ったんだけど、どうも違った。
その答えは、岩の上での休憩後、
なんとか街に戻ってギルドカードの更新後にわかった。
「巨大サボタンのいる時限式ダンジョンで生き残った?
それでですか、苦労したんですね。それに見合った結果は出てるようですけど」
ギルドの受付で、丁寧にそう言ってくれた男性の受付の人。
その表情がやや呆れた物になっているのは僕の気のせいではないだろう。
「お二人とも、体力回復向上とタフネスが付いてますね。
ギルドでも把握している一般的なスキルですけど、
覚えられない人はなかなか覚えられない便利な物ですよ」
たまたま他に人がいないからか、
小声ながらも直接そう言ってカードを返してくれる受付さん。
「数日はお休みを取られるのがいいかと思いますよ。
新しいスキルを得るということは、それだけ戦い方が変わるということも意味します。
いるんですよね、調子に乗ってこの攻撃スキルを試す!って討伐に行って戻らない人が」
「気を付けます、はい」
多少魔法やスキルを覚えてるからと探索に出た僕や
それに追従した形のマリーには耳の痛い話だった。
僕の横でマリーもカードを受け取りながら
やや落ち込んだ風の顔をしている。
「お二人はまだ若い。しかも属性的には優秀な部類の適正です。
しばらくはこの周辺で対応属性の魔法や戦い方を一度洗い直してはいかがでしょう?」
訓練に使える場所もありますしね、と
受付の人は依頼書が張られている木の板を指さして言う。
実入りの良い冒険も大事だけど、積み重ねも大事、ということなんだろう。
「はい。また薬草採取をこなそうかと」
「それは良い事です。ファルクさんらの採取は良い手本になります。
他にもそちらのお嬢さんのような方にも手軽な依頼はありますよ。
報酬は少ないですけど、火系統の魔法を撃ちこむだけです」
僕達が首をかしげると、受付の人は
1枚の依頼書を手に戻ってくる。
「これですね。街が大きいとごみも増えるんですけど、
放っておくと病気の元になったり、変にモンスターを誘ってしまうということで……。
魔法使いの方々に燃やしていただいてるんですよね。
まあ、派手さはないですけど、気楽に稼げますよ」
「なるほど。考えておきますね」
マリーは魔法をそういった形で使うことが新鮮だったのか、
落ち込んでいた顔もほころんでいた。
ギルドへの報告も終えて、宿。
マリーが湯あみにいっている間、
僕は鑑定をすることにした。
と言ってもやるのはご先祖様だけどね。
僕自身もある程度目利きというか判断は出来るのだけど、
せっかくその道の先輩であるご先祖様がいるので、
お願いすることにしたのだ。
『餅は餅屋ってな……あー、まあ、俺に任せておけってことだ』
何かのたとえ話だというのはわかるのだけど、
たまにご先祖様はよくわからないことを言うんだよね。
もしかしたら何百年も前は普通だったのかもしれないけど。
『このリングメイルはいいな、ロー品位だがミスリルだ。
ん? 精霊銀も混じってるな。長く使えそうだ。
この靴も悪くない、地竜の革を下底に使っている。
多少の悪路でも足が痛くなることは無いな。
長旅にいい精霊の補助も乗っている』
「だとすると鎧は僕が下に着こんで、マリーにはいてもらおうかな。
やっぱり、魔法使いの女の子だし」
大きさも僕には少し小さい気もする。
紐で調整できるみたいだけどね。
『どちらも買うとなれば今は手が出せないぐらいの価値だな。
受付の言うように、しばらくは体を慣らす方向が良いんじゃないか』
(うん。そうする予定さ)
廊下の足音に僕は声に出さずに心で応え、
リングメイルと編み靴を机の上に置く。
ほぼ同時に扉が叩かれ、入ってくるのはゆっくりと温まったのか、
ご機嫌そうなマリーの姿。
「さっぱりしました。ファルクさん、強さを絞った火魔法を上手く使えば
薪がいりませんから好きなようにお湯が使えますよ」
そうやって居合わせた先輩魔法使いに教えてもらいました、とマリーは笑う。
「鑑定結果を伝えたら僕もそうするよ。さ、座って」
反対側に座ったマリーを出来るだけ意識しないようにしながら、
僕はご先祖様にやってもらった鑑定結果をマリーに伝え、
靴を使うように言う。
マリーはじっと何かを考えているようだったけど、
やがて頷いてくれ、さっそくと靴に足を通す。
その時に裾が少しめくれて白い足が目に飛び込んできたので
慌てて顔を横に向けてしまうのだった。
『別に全部をそうやって回避することは無いだろう。自然にだ、自然に』
(むーりー! あからさますぎでしょ!」)
からかうようなご先祖様に叫び返し、
僕は自分もお湯を浴びてくる!と部屋を飛び出す。
出る時にマリーの顔が赤かったのは
きっと温まった後だからに違いない。
違いないんだ!
「ほふう……」
井戸のそば。
水浴びや、僕達のように魔法を使う人間がお湯を浴びるためにと
足場や腰かける場所が木材で組まれた簡単な場所。
大きな桶などがあるところを見ると、思ったよりお湯を使う人は多いようだ。
自ら沸かしたお湯を体にかけ、僕は疲れを吐き出すように息を吐く。
湯気が昇り、一緒に疲れた気持ちも上向くようだった。
『冗談はさておき、より鍛えるか、武具をそろえるか、仲間を増やすかといったところか』
「そうだ……ね、うん」
万一を考え、そばに固めてある僕の装備を見て呟く。
さっきのリングメイルなんかは仕舞い込んであるけど、
そうでない物は出しておかないと不自然だからね。
出してある物と比べると、マリーの杖やローブ、
今回手に入れた物などは僕達のような駆け出しで手に入れるのはなかなか困難な一品だ。
身分相応の装備をすると油断を招く、という忠告も世の中にあるけど、
良い装備が命をつなぐのもまた、真理だと思う。
あと一息、でジガン鉱石を使った剣なら切り裂けたのに、なんてのは
どうしようもない状況だ。
火照った体を少し冷やしながら考える。
次の目的地は、王国にしようと思う。
長い長い歴史を持つ、女帝の続く王家、オブリーンを。
かつての第二次精霊戦争期を乗り切った国家の1つ。
今もなお、世界の中心を担う1国家なら、霊山の情報なんかも
もっと集まるんじゃないのか、と考えたのだった。
(それにはまずは、もっと強くならないと、かな)
立ち上る湯気を追うように視線を上げて、僕は暗くなってきた空に
思いをはせるのだった。
・体力回復向上
HP自動回復量増加、という感じ。
スキルレベルが上がるほどその値も増える。
・タフネス
疲労しにくくなる。
データ的には疲労度の軽減や
それに伴うHP現象の緩和等。
結果として2つ合わせると長時間の旅や戦闘で
息が上がりにくくなるという状態に。
サボタン由来のポーションを常時飲んでいるかのような具合に。




