MD2-219「信じるものは真実か理想か-2」
日の落ちた暗がりで、僕とマリーの息が白く揺れる。少し後ろでは、逃げて来た馬が大人しく待っている。ホルコーが横にいるからそっちが気になるのかもね。
「あの人たち、何がしたいんでしょうね」
「どうだろう。もう奪う物は奪っただろうから、休息を兼ねた宴会なのかもしれないね。あるいは……あの人を助けにくる人を逆に返り討ちにするためか」
ラーケルたちに教わった氷系統の魔法には、攻撃以外の物も存在していた。それは薄い氷を上手く作って遠くの物を見る物を作る、なんてものもあった。アイスレンズっていうんだって……名前の意味はよくわからないけれど、こうして遠くでも視線の先、たき火をいくつもたいている村の様子がわかる。
明るいうちに馬に出会った僕たちだけど色々な可能性を考えて馬が来た道とは違う道から進むことにした。結果、街道と、その先にある村らしきものを無事に視界にとらえた。
最初は馬の傷の具合から、乗っていた人がコボルトだとかに襲われて馬だけ逃げることになったのかと思ったのだけど……どうも様子がおかしい。そう思った僕は馬と共に森に分け入り、風下から隠れながら進み、様子をうかがうことにしたんだ。
それでわかったことは、村を占拠していたのは亜人な魔物じゃなく、人間だった。状況からして野盗の類だと思う。どういう訳か、背丈の低い魔物たちは1匹も……いない。それに、村人を何人か縛り付けた状態で見張っている男は、ぱっと見は冒険者に見える。
(冒険者が村を襲ってる? それにしては、人数が多い……)
分け前とかを考えると、基本的に冒険者は数名、多くても10人未満だ。なのに、見える限りでも20人近くはいる。そんなにこの村が稼いでいるのだろうか? いや、それよりも馬の主はどうなったんだ?
「ファルクさん、左の奥の方」
「え? あ……騎士……か」
『このあたりで騎士と言えば、女神騎士団となるんだろうな』
きっと村長宅なんだろう周囲より少しだけど立派な家の前で、鎧を着こんだままの女性が柱に縛られていた。女性とわかったのは、兜は被っておらず長い髪が見えているからなのだけど。女性騎士が先日出会ったような奴らと同じかは別として、今どうにかすべき相手はどっちかはわかっている。
観察をしているうちに夜は更け、男達も騒ぎを大きくしている。今なら多少は音を立てても気が付かないかもしれないね。
「マリー、ちょっと探るね」
深呼吸をして、僕は魔力を練り上げて空中の地図を広げていく。すぐ隣がマリーの反応、ちょっと後ろがホルコーと逃げて来た馬だ。反対側、村の方へと広げていくと段々と村の中の人たちの反応が光り始める。黄色なのは男達がまだ僕には敵対していないからだろう。そして村人……囚われている騎士。
『家の中には反応がないな。誰もいないか……殺されているか』
殺されている……ご先祖様の告げた可能性に奥歯を嚙んでしまうけれど今は怒る時じゃあ、ない。しっかりと確認した結果、人数と配置は僕の地図で暴かれたことになる。これなら……行けるかな。
「マリー、僕がその馬で何も知らない旅人を演じて村に入るよ。その間に上に飛んで、合図があったら……」
「ええ、わかりました。気を付けてくださいね」
そうと決まれば話は早い。2人してホルコーたちの元へ駆け寄り、ゆっくりとだけど村から離れて距離を取る。そうして僕は馬にまたがり、懐から灯り代わりのランタンを取り出してその中に魔法の灯りをともした。それっぽく、石に魔法を宿すことで道具っぽくね。
ホルコーとマリーが上空へと飛び上がるのを確認してから、僕は馬を村へ進めた。
(気が付いたな……まあ、暗がりに灯りを揺らしていればそうかな)
「誰だ!って……なんだよ、ガキじゃねえか。こんな夜中にどうした」
「道に迷ってしまって……森の中で野宿も怖いなと思ったら灯りが見えたから……」
僕は出来るだけ、口にしたように迷子になった情けない子供の冒険者を演じた。装備は一通り仕舞い、服の下にリングメイルは着込んだままだ。ご先祖様の腕輪には、包帯代わりに布を巻いてるから見つからないだろう。
村に入ってすぐに気配を改めて探る。うん、いい具合に集まって来てるね。
「間抜けな奴だな、一人でなんでもできると思ったのか?」
「すぐ戻れる予定だったんですよ……」
村人たちが縛られているのは村から入って少し奥。だからここからは見えないと思っているのか男達は僕を馬鹿にしながらも迎え入れてくれた。ここまでは順調だ。出来るだけ注目を集めないと。
「ああ、助かりました。宿代は出すので一晩泊めてくれませんか?」
だから僕は恐怖に満ちた時間から解放された少年を演じ、なけなしのお金を取り出すふりをして……地面にばらまいた。音を立てて散らばる結構な量のお金。たき火と魔法の灯りしかないとしても、それが銅貨じゃなく銀貨が多いことに気が付いたはずだ。
さあ、そうなるとどうなる? 相手は僕をカモと見るか、こんな大金を持ち歩けるなんて稼げる奴なのか? それがどうして? 等と……迷う。迷い、一番安全な策を取るだろう。
「えっと?」
「残念だったな、坊主。手前の宿はねえよ」
周囲に男達が集まってくる。そう、口封じだ。そして僕のお金を奪おうとする。男達の視線が集まることで、僕は怯えたふりをして数歩下がり、手の中のランタンを前に無意味に見える仕草で掲げた。男達が嫌な笑いを上げるのがわかる。僕を、笑っているんだ。ちょうど……いい!
「ライティング!」
「「「ぐあ!?」」」
投げつけたランタンの魔法の灯りを解放する直前、マリーにわかるように魔力を大きく膨らませた。投げると同時に馬に布を取り出してかぶせた。瞬間、周囲に光が満ちて男達の目を焼く。そのまま僕は目の前にいた男に取り出したナイフを投げつけ、馬を走らせた。向かう先は騎士のいた場所。
地面に転がる男達を縫うようにして走り、たどり着いた先は事前に探った通りの状態だった。逃げられないと思っていたのか、騎士の見張りがそばにいない。ほとんどが飲み食いをして、残りは村人の監視だったのだ。
「なんだ!?」
その見張りの声もすぐに止まる。上空からのマリーの魔法だ。精霊直伝の氷魔法が男達を凍り付かせ、村人の周りに氷の壁を作り出す。これで少し寒いだろうけど今は安全だ。
その間に女性騎士の縛られていた柱に走り寄って縄を斬る。近くで見るとわかるけれど、まだ乱暴はされていないようだった。
「君は、誰だ!」
「話は後です! 武器は……ええい、これで!」
女性騎士がどんな武器が得意かはわからないけれど、長剣が苦手ということは無いだろう。儀礼にも使われることが多いはずだから、少なくとも見た目にはいいはず。
いつだったか街で買っておいた鉄剣と、数本のポーションをまとめて手渡すと、女性騎士は驚いていた様子だけどすぐに状況を察したのかポーションを呑み干し、僕と隣り合って構えをとった。
「君の名は」
「僕はファルク。精霊を愛するただの冒険者だよ」
何故だか、そんな言葉が飛び出した。何人かが目くらましから復活してきたのを確認しながら、村人たちを覆う氷の壁のそばへと舞い降りたマリーに頷き、駆け出した。
さあ、逃げるかい? 戦うかい?
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