MD2-217「凍り付く騒動の火種」
「僕達は霊山に昇って戦女神と……さらにうまくいけば女神様自身に出会おうと思ってる」
「そんな恐れ多いことをっ!」
吹雪のような風は収まり、氷の宮殿の一角にもたれるように倒れているラーケル。そんな彼女のそばにいるユスティーナをちらりと見ながら、僕はまだ氷に閉ざされたままの騎士たちの前に立っていた。
自力で抜け出せない状況だというのに、随分と強気な物だなと思う。許しを請え、なんていうつもりはないけれど少なくとも僕を今、怒らせたらうっかり何かされてもおかしくない状態だということをわかってるんだろうか?
『大人になるとな、年上っていうだけで自分の方がずっと偉いと思う時があるもんだ』
(そういうものかな? 僕も……確かに小さい子にはそういう時があるかもね)
「それはどうかな? 僕達より貴方達の方が女神様に対してとんでもないことをしてると思うよ? だって、女神様は精霊を見守り、育てるんでしょ?」
僕の指摘に、何人かの騎士が微妙に顔をそらす。そう、女神様は遠い遠い空の上からこの世界を見守り、育てているという話がある。言い方を変えれば精霊の母、となるのだろうか。実際には女神様自身も精霊を宿してるだろうから少し違うかもしれないね。
ただ、今回のように精霊をあれこれしていい、なんていうはずがない。そうでなければ、酷使された精霊に対して誰かが怒るなんてことは起きるはずがないんだから。
「手持ちの武器は……こっちとそっち、ああ、こんなところにもナイフを仕込んで……」
こちらに近づいてきたマリーに騎士たちの牽制は任せて、僕は明星を構えたまま騎士たちの持っている武器を破壊して回った。投げ出されたものはそのまま砕き、鎧とかに隠してる奴は動くと危ないよとだけいって氷の上から貫いた。
少しずれれば体にささる恐怖を味わいながら、騎士たちは僕にされるがままだ。理由はわからないけれど、原因はわかる。彼らの体からはほとんど精霊の動きを感じないのだ。精霊が力を貸すのを拒否している……そんな印象だった。だから魔法の反撃が無いという確証があった。
「僕が間違えないのが不思議? 理由は簡単だよ、武器から精霊がこんにちはってしてるからね。そこをつついて解放してあげればいいだけさ」
特別なことをしているつもりはないけれど、騎士たちの顔が驚愕に染まる。このぐらいは少し魔法の腕が上がればみんな出来ると思うんだけどね、そうじゃないのかな?
しばらくして全員の武装を解除し終えた僕は代表っぽい人の前に立ち、出来るだけ冷たい視線を意識して明星を突き付けたまま口を開いた。
「解放したら帰る? それとも誇りのために僕の口を封じる?」
「……時には恥を浴びてでも生き残らねばならないときはある」
その返事を帰ると解釈して、まずは1人氷漬けから解放する。十分離れてもらってからもう1人、もう1人と順番だ。途中、ずっとマリーが構えてくれているから万一はないとは思うけど……かなりドキドキした。かといってここで人を殺すのもね……。
「小僧、後悔するぞ」
「そっくりそのままお返しするよ。第一、後々僕をどうにかしたって今日、ここで貴方達が負けたってことは消えないよ」
苦々しい顔で立ち去る騎士たち。彼らが遠く、豆粒のようになってからようやく……大きく息を吐いて座り込んだ。隣にはマリーもいるし、ホルコーも近づいてきて僕を舐めてくる。その変わらないいつもの馬としての匂いになんだか妙に面白く感じるのだった。
「はー、きんちょうしたぁ」
「お疲れ様です。だいぶ強気に出ましたね。かっこよかったですよファルクさん」
水筒から水を飲み干し、暑くはないけれど火照った気のする体を冷却する。出来るだけここに復讐には来ずに、僕達に向くようにしたつもりだけど上手くいっただろうか? 僕達相手ならいいかというと困ることは困るのだけど、さすがに故郷を突き止めて人質にとるようなことはしないと思う。
(ああ、王子とかシーちゃんに手紙を出しておこうかな)
唯一の後ろ盾と言えそうな偉い人たちを思い浮かべながら、マリーと一緒に氷の宮殿へと向かう。そこにはいつの間にか目を覚ましたラーケルと、人間のように泣きはらした顔のユスティーナがいた。
ラーケルの表情は随分と落ち着いていて、とても僕達に襲い掛かってきた相手と同じとは思えないほどだった。ああ、確かに母親……そう感じられる深さを感じた。
「ご迷惑をおかけしました。ずっと、見ていました」
「そうなんですね……。私は気にしてませんし、きっとファルクさんも、ホルコーも同じですよ。それより、痛くないですか? 思い切り私達、マナボールをぶつけちゃいましたけど」
「それは大丈夫だと思います。お二人の攻撃は母の……良くない部分にだけ当たってましたから」
そういってユスティーナが指さす先には……指先ほどの大きさの黒い何か。光……じゃない、鉱石かな? 僕はゆっくりとそれに近づき、様子をうかがう。気のせいでなければ、周囲から何かを吸っているような……。
『そうか、こいつか……。こいつは精霊を飲み込む暗黒の力だ。世界の想定外、ゆがみを無理やり削り取る刃だよ』
(ゆがみを……削る……)
ご先祖様の言うことはよくわからないけれど、このままでいい物ではないだろうことはわかる。下手に属性のある魔法だと吸い込まれるということで、魔法が一時的に使えない僕達の代わりに、精霊でもあるラーケルたちにお願いすることにした。
そして2人の、すごく息の合ったマナボールが放たれ、黒い何かは消え去った。
「……? あっ! そういえばなんで2人は魔法を? 精霊……ですよね」
「私たちは貴女が契約している水の大精霊と同じく、意識と自我を持った一段上の精霊なのです。ですからそうでない精霊から力を借りることは出来る……らしいですね。受け継がれてきた知識が今、どんどんと流れ込んでいますから」
どうやらラーケルぐらいの精霊は代替わりでもするのか、役割みたいなものを背負っているらしい。そんな彼女に寄り添うユスティーナはまさに娘のようだ……いや、娘だよね。
「これからどうするんですか?」
「この地で、自然の一部となりたいと思っています。静かに、とはいかないかもしれませんが……」
思い浮かぶのは風対策に成長してきた街の姿。ここでぱったりと風が収まったらそれはそれで問題になりそうだ。適度に吹いて、風物詩みたいになるのが一番だと思う。温泉も気持ちいいだろうしね。
「母を助けていただいて、本当にありがとうございます」
「いいんですよ。私たちはやりたいことをやっただけですから。ね、ファルクさん」
「うん。さすがに2人に契約してもらったりとかは難しいだろうし」
本音を言えば、何か今後の旅の役に立つような物があればいいんだけど、一面氷だしね……氷……そうか! 物は無理なら、教わればいいんだ。先生としては、2人は適任だと思う。なにせ、魔法の力そのものである精霊自身なんだから。
「じゃあ、しばらく魔法を教えてもらえませんか?」
「そんなことでよろしければ」
雪の花が咲くように、僕の提案に2人の顔はほころんだ。騎士たちが残した建物を使うというのは少し気になったけれど、それから数日の間僕達は2人からみっちりと氷系統の魔法を教わるのだった。
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