MD2-216「その誇りに賭けて-5」
『永遠の冬を我が手に……ずっと一緒……母は娘を見守り続ける物……』
洞窟の中に、風が吹いていく。それは黒い何かを吸い込んだラーケルを中心に集まっているように感じた。よくわからないけれど、良くない状況なのは間違いない。ちらりと見たマリーはユスティーナとホルコーを背にして杖を構えたままだ。その先端にある石はさっきから明滅するように青く輝いている。
「何を……したんだ」
そう口にしてから、妙に喉が渇いているのを感じたんだ。それはそう、真冬の乾いているときのような……粘つく口の中が不快感を増していく。果たしてこの風の中、僕の問いかけは騎士たちに聞こえただろうか?
明星を構え、何かを握りつぶした男に向けて切っ先を突き付ける。まだほとんどは氷におおわれているから動くに動けないはずで、僕がその気になればちょっと動かすだけで男達は致命傷を負う状況。
「もうあれは止まらん。望むままに、周囲を飲み込んで力を得るだろう」
「そんなもの、暴走と何が違うの? 一体何がしたいんだ」
力がまだ馴染んでいないのか、ラーケルはぼんやりとした表情のままゆらりゆらりと漂っている。あのままならともかく、きっとそのうち動き出す。そうなればどんなことが起きるか……今考えるだけでも恐ろしい。
「女神様の名の元に、精霊を管理する。そのために我々がいるのだ」
『そういうことにしておきたいんだろうな。こいつら……後から乗り込んで街を救ったという形にするつもりだったんだろう』
「自分たちの利益のため、精霊を利用したいがために……野盗から助けたりしてるのはそのための評判作りか!」
よくよく考えてみれば、治安維持のためであればもっと大々的に動いていけばいいし、国から支援を受けることだってできる。それだけの力をあの時の集団は持っていた。でも、女神騎士団の所属している集団の目的が表向きに聞こえてくる理由ではないとしたら? 答えの1つがここにあったわけだ。
「もう遅い。私たちはこのまま凍り付くかもしれないが、それが救出劇に色を添えるだろう。そうだな、お前たちのような若い冒険者も犠牲になったとなればなお良い」
「冗談。僕はこんなところで死ぬつもりはないよ。だから僕達は生き抜くよ。貴方達は……運が良ければ生き残るんじゃない?」
さすがに僕も、この状況下で騎士たちも守り切る自信もなければ余裕もないなと感じている。ただ見殺しにするつもりもないけれど、ここで解放するのがどうかと言われると危ないところだ。
「どうするつもりだ」
「どうって……止めるのさ。娘も1人で生きていけるんだってね」
話しているうちに、ラーケルに集まっていく風が少し強くなったような気がする。どう考えても、放っておいていいはずもないのだけど……防ぐ手段もない。だからひとまずマリー達の元へと向かい、合流を果たした。
ホルコーには外に逃げてもらうことも考えたのだけど、そばにいてもらった方がまだ何とかできる予感がしたので今回は一緒だ。念のためにありったけの毛布を出して括り付けていく。その間にも風がどんどんと集まり、僕もマリーも、そしてユスティーナも心配そうにラーケルを見る。
「ファルクさん、あれ……」
「お母様……そんなに同胞を吸い込んでは……」
「土壁だけだと足りないかな。たぶん、そのうち一気に……」
『一発何かを叩きつけてこっちに向けたほうが対処しやすいかもしれないな』
このままずっと風、つまりは精霊ごと吸い込み続けるとは考えにくく、どこかでその力は逆向きに発揮されるだろうと思っている。それがいつかはわからないのだけど、ご先祖様の言うようにつつけばこっちを向きそうだ。
「一応聞いておくけど、逃げるのも手だと思うんだ」
「そうですね。でも……そうしないのが私たちらしいですよね?」
吹く風に冷たくなった手も、そっと握ればすごく温かい。マリーのぬくもりと存在を感じながら、力を練り初めた。アクアのつながりはまだあるみたいで、いつも以上に力が渦巻くのを感じる。これでマリーが契約したのが火とかの精霊だったらこうはいかなかったかもしれない。
「こっちを……向けっ!」
『カァッ!』
魔法未満の力の塊を思いっきり撃ち、ラーケルにぶつける。見た目は女性の相手に殴り掛かるようでちょっと気が引けるけど心配は無用だった。当たる直前、こちらを向いた彼女の手が振るわれると僕の放った力は正面から受け止められたのだ。
「お母様を、お願いします」
か細いユスティーナの声を背中に聞きながら、僕は前に出る。その後ろでマリーも援護のために力を練り始めるのを感じる。僕が前、マリーが後ろ。いつも通り、いつものように……未来を掴む。
深みのある川面のように黒さを感じる青になった瞳が僕を睨み、そして肌が凍り付くかのような冷風が洞窟に吹き荒れた。踏み出した僕も思わず立ち止まりそうになるけどそれを耐えてさらに前へ。
「エンチャント……レッドシャワー」
正直、この寒さと力の前だと火の魔法剣もどれだけ効力を発揮するかはわからない。けれどひとまずは目の前の冷気を薙ぎ払うぐらいのことは出来るはずだ。剣先までを赤く火の力で覆い、氷交じりの冷風を力の限り切り裂いた。
寒さと熱さ、両方がぶつかることで周囲に風が吹き荒れて一瞬、何もない空間が広がったように感じる。僕はそこにさらに踏み込んでラーケルを正面から見た。力ある存在の瞳はそれだけでも飲み込まれそうな深さを感じるけれど、こんなところで折れていたら先へ進めない。もしかしなくても黒龍のような相手に戦うときが来るかもしれないのだ。
『娘と一緒に……ずっと仲良く……』
「その気持ちはわかるけどね! こんな形は良くないよ!」
ラーケルの気持ちは理屈ではない、だから僕も感情を正面から伝われとばかりに叫び返す。その間にも彼女の両手からは次々と氷の塊のような力が産まれ、邪魔者と感じているであろう僕へと襲い掛かってくる。
その度に明星で打ち砕き、あるいは後方からのマリーの魔法が貫く。火の魔法ではなく雷の射線だ。あれなら確かに見てからでも狙える。周囲に雪ではなく、砕けた氷の破片が舞うという戦いの最中でなければ幻想的に感じる光景だ。
『いつか別れるなら……何故出会う。何故語り合う』
「それは僕も勉強中さ。1つ、わかってることがあるよ」
力を感じるから大きく感じたけど、ラーケル自身は僕とそう変わらないような体格の女性だった。1歩、また1歩と近づく度にその大きさがわかる。こんな、どう見ても普通に見える相手になんてことをしたんだ、あの騎士たちは!
(身を守ることも出来ず、きっと寒さに凍えてるだろうけど少しはいい薬になればいい)
「お互いを思う心、それがあれば時間や場所も関係ない。それが……家族の愛だよ」
『心……私たちにも心はあるのか?』
精霊に心があるのか。昔から人と語り合える精霊はいるけれど、それが精霊自身の物なのか、力を付けた精霊が人のそれを真似してるだけではないかという話はお酒の話にもなるぐらい有名なことだ。確かに確かめようがないからね。でも、僕は断言できる。精霊にも心があると。だって、彼ら彼女らは生きていると信じているのだから!
「あるさ。あるに決まってる!」
『ファルク……ありがとうな』
僕の叫びは、かつて生きていたご先祖様の意識の複製であろう腕輪の中のご先祖様を肯定する物だ。ずっと一緒にいるからね。そのことをどこかで気にしてたことぐらい、わかるさ。
僕の叫びに、ラーケルは戸惑いの表情を浮かべるけど力の行使は止まらない。マリーも援護してくれているけれど手が足りない。騎士たちを解放する? いや、逃げ出すのがせいぜいだ。むしろ僕達を襲う可能性すらある。
『ならば私は何を……アアアアアア!』
一瞬、ラーケルの瞳から暗さが消えたように感じたけれど、すぐにそれは上塗りされて力が弾けていく。先ほどまでの収束されたものじゃなく、ただ吹き荒れる力。咄嗟のことに僕は防御が間に合わず、思い切り後ろに吹き飛ばされ、マリーの元へと戻ってしまった。
「ファルクさん! あの人の中に別の何かを感じます!」
「何か? あの黒い靄か!」
「感じます……母の力とせめぎ合うおぞましいものを……」
ならばそれをどうにかしないと……そう思いラーケルを見る僕。一人の力だと……足りない気がする。やるならば属性の力じゃなく、マナボールを上手く集中してぶつけるのが一番だと感じていた。けれどそれだと切り札をきっても足りない……。
「私、やりますよ。一度できたんですから二度目も」
「……わかったよ」
徐々にラーケルはこちらに歩いてくる。時折足が止まる度に、苦しんだ顔をしているのはラーケル本人と、彼女をあんな風にしている何かとの戦いの結果なんだろう。早く、助けてあげないと……。
時間をどうやって稼ぐか、そう思った時それまでホルコーに捕まったままだったユスティーナが前に進み出る。止めようとした僕の前で、彼女は母親とよく似た力を発し始める。
「わずかな間ですけれど、母を止めて見せます。あの人の……娘であるために」
返事の代わりに頷いて、僕はそのままマリーの手を取った。行うのは……前にやった力の連結だ。今度も上手くいくかはわからない。けれど、やれるだけのことをしよう。
すぐにユスティーナとラーケルの力の応酬が始まった。洞窟を2つの冷風が吹き荒れ、ぶつかり、相殺していく。その力をすぐそばで感じながら、僕はマリーと向かい、意識を集中させる。握った手のひらから感じるマリーの力。それと僕とを結び、混ざり合う。
「「エンゲージ」」
結果は、体を包み込む高揚感が証明していた。今度も、成功したんだ。なんだろう……前より力が大きくなっているような気がする。2人の絆が高まったから? だといいな……。
『上手く狙うんだぞ』
(勿論。わかってるよ)
「「巡れ、廻れ、回れ。マテリアル……ドライブ!!」」
前にも増して、その力を自覚した。僕だけじゃなく、マリーと2人の間をおそろいしいほどに力が駆け巡る。それは踊り、精霊たちが歓喜の踊りを舞っているのだ。今か今かと、力を貸してくれと請われるのを待っている。
無言でうなずき、正面のラーケルを見る。と、背中をつつかれる。犯人はホルコーだ。私はのけもの?と言わんばかり。苦笑して器用に手をつないだまま跨ると、嘶き一声、彼女は一気に駆け出した。
途中、母親と競り合っていたユスティーナを抜き去り、こちらに迫る冷風を……羽根を伸ばして飛び越えた。ラーケルの顔が上を向き……僕は彼女の中に狙うべき相手をしっかりと見定めた。
「いっけええええ! マナボール!」
それは言うなれば、小石のつぶて。それが無数にぶつかるような物。非常に微々たる打撃。それでも一発一発は確かに打撃となり、それがひたすらに続くとなれば話は別だ。最初は表情の変わらなかったラーケルもすぐにその表情を変えていく。
『この力……っ!』
「一度落ち着いて話し合うといいよ……それじゃね!」
トドメとばかりにさらにマナボールの数を増加させて打ち込むと、彼女の中にいた黒い何かが消えていくのを感じる。ホルコーもそれを感じたのか、優雅に降り立った。その先には壁際で髪の毛を白く凍り付かせながら驚きの表情でこちらを見ている騎士たち。
「今の力……お前たちは……」
彼らを解放するべきかは、ラーケルが元に戻ってから……そう思いながら僕は騎士たちと向き合うのだった。
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