MD2-215「その誇りに賭けて-4」
青白く光る広い洞窟の中、芸術作品のようにそびえたつ氷の宮殿。洞窟の前で出会った少女、ユスティーナの母親が住むという不思議な場所だった。彼女を見守っていくべく、もっと北方にいるという冬の女王を超えようという母親。実際には精霊である彼女たちに親子といった感情は基本的には、無い。いつか消えるのが精霊の一生だからだ。
「だというのに……手加減はしない……ウェイクアップ!!」
相手は大人の騎士が5人ほど。であれば僕も全力でぶつからなければ勝つこともできない、そう判断して姿勢を低くしながら解放の言葉を唱えた。途端、僕は今まで以上に体を力が駆け巡るのを感じた。羽根のように軽く、あふれるように魔力が満ちる。
「こざかしい!」
「はぁっ!!」
細かいことはわからないけれど、今僕が勝負になるのならばなんでもいい。ああは言い切ったけれど、僕は別に騎士たちを殺戮するために戦う訳じゃないんだ。凶行、そう……精霊の姿をゆがめるという良くないことを止めるために戦うんだ。そのためにはまず……!
騎士の武器は両手で扱うことを前提としているような分厚く、大きな物だった。それだけ使い手は力に自信があるということ。だからこそか、僕の攻撃を敢えてそのまま剣で受け……顔を驚愕に染めることになる。
「ウィンタック!」
鈍い音を立て、僕の振るった明星は誰もが予想していない結果、両手剣をそのまま両断するという快挙を成し遂げる。別に僕がすごい腕力を得ただとか、明星が切れ味を増したという訳じゃあ、たぶんない。理由はある意味簡単、何故だか僕は相手の手にする両手剣の中ほどに光の線を見たんだ。まるでここから斬ればいいと言わんばかりに。
『万物は精霊を宿しているからこそ力を得る。逆に言えば、精霊の濃淡を見抜けば脆い個所もわかるのさ』
(使いこなせる気はしないけど今はありがたいねっ!)
驚いている騎士の懐に飛び込む形になった僕はそのまま本来ならば足止め用に使う風の魔法を至近距離で発動。寒さに耐えるためか、革鎧になっていた騎士はそのまま洞窟の壁際まで吹っ飛んでいった。まただ……もっと弱いはずなのに一撃の威力が上がっている!
「まず……1人」
周囲には僕の放ったウィンタックの影響で風が吹き荒れていた。本当ならば、ゴブリン数匹を足止めするのが普通なぐらいの風なのに、だ。不思議と……当然だという気持ちがあった。なぜなら今の僕は、精霊の代弁者なのだ。
『!? ファルク!』
「逃げるのならば追わないよ!」
先に1人を片づけたことで、驚いているらしい近い方の騎士2人へと僕はさらに踏み込んだ。慌てて間合いを取る2人だけど……遅い! お腹のあたりから湧き上がる感情と共に、明星へと魔力を流し込んで練り上げるのは……スキル。
「サークル……カッター!」
マリー達が離れてる状態なのを地図の光から確認し、腰を下げてその場で回転し、一周させる。一見すると何も起きないただ回転しただけ……だけど、このスキルは剣の届かない場所にも不可視の刃が広がるんだ。そう、教えてくれた。
『ファルク!』
(何? まだ騎士は残ってるんだけ……ど?)
再度のご先祖様の叫びにやや苛立ちながら答え……僕は自分の感情の高ぶりにようやく気が付いた。どうしてだろうか? 普段の僕ならばもっと冷静に立ち回れるかもしれない状況なのに……。
今の攻撃で僕に下手に近づけないと判断したのか、残った騎士たちは遠巻きに僕を睨み、様子をうかがっている。逃げ出さないのは、ここでまだ何かすることがあるからだろうか?
『さっきの解放時に、マリーとつながっていた大精霊も一緒に取り込んだみたいだ。だから、あっちの怒りも一緒に入ってきている』
(そういうことか……僕が引っ張られてるんだね)
マリーが契約した水?川?の大精霊は人間にこき使われ、碌に祈りも捧げられない状態だったからか、無理を言ってくる相手には怒りやすい状態だとマリーは言っていた。僕達は、例外らしい。
「マリー! あの子の名前は!」
「アクアです! ファルクさん、ファルクさんらしく!」
アクア……古くから伝わる魔法の言葉で水のこと。心の中で呼びかけると、自然とさっきまでの怒りの感情は和らいでいった。だからと言って力が弱まったという訳じゃないみたいだけどね。
代わりに、僕は騎士たちに見えるように敢えて青色の力を体に広げた。僕が、その力を借りていることを示すために。
「貴様のような小僧が精霊との契約を果たすだと?」
「正確には僕も借り物だけどね。貴方達みたいなだましての契約じゃなく、ちゃんとしたものだよ。たぶんね」
一時的にでも精霊と感情を合わせたためか、僕にも状況が最初よりかなり見えて来た。どうにかしてか、騎士たちは元々ここにいたユスティーナとその母親にあたる存在の精霊に会話を持ちかけたのだ。そして、間違っているわけではないけれど2人の関係が親子といった形になること、母親ならばどうあるべきか、そういったことを囁いたのだ。
─恐らくは、この後母親の力を自分達で利用するために。
「くそ、! おい、ラーケル! こいつらはお前の目的を邪魔しようとしているぞ、力を貸せ!」
「邪魔を? 私と……娘の邪魔をしようというのですか人の子よ」
ゆらりと、騎士の叫びに母親……ラーケルの力が膨らむ。その瞳には正気とそうでないものが入り混じっているように感じた。あのままでは、まずい。そう思いながらちらりとマリーに視線を向けると……ホルコーにユスティーナを乗せ、自身はその前に立っていた。
「ずっとべったりだと時には嫌われますよ、お母さん。ファルクさん、稼ぎます」
「……わかった!」
振り向くことなく、僕は騎士たちに駆け出した。背中の方では、マリーの放った魔法とラーケルの放った魔法であろう力とがぶつかり合い、洞窟内に冷たい風が吹き荒れる。いくらマリーが優秀で、アクアの力を得ていると言っても限界がきっとある。時間を稼いでもらってる間に、僕はやることをやる!
「子供が、何も知らずに!」
「子供だからこそ、この状況は見逃せないっ! 精霊だって……生きている!」
自分で叫び、その言葉にストンと何かが納得していくのを感じていた。ご先祖様に出会って、ダンジョンで探検をして、エルフやドワーフ、そしてシーちゃんみたいな子と出会って、黒龍と語り、戦女神っぽい相手とも話した。
だからこそ僕は言い切れる。精霊は都合のいい道具じゃない、姿かたちは人間とは少し違うけれど、この世界に一緒に生きる存在だと。
時には利用して、利用されることもあるかもしれない。けれど、本質的に僕達と精霊は上下なんかなく、ただの……隣人だ。
『ありがとう、ファルク』
(どーいたしまして。ここは、この人たちを止めるよ!)
よく考えてみれば、いくらご先祖様の助けがあると言っても大人何人も相手に僕が渡り合えるというのはおかしな話だ。僕は自分で思っている以上に強くなっているのかもしれない。ご先祖様という切り札をまだ切っていないということも余裕につながってるのかもね。
「せいやっ!」
「ぐっ!」
そして最後の1人の武器を弾き飛ばし、魔法で吹き飛ばした僕は全員を洞窟の壁に押さえつけるようにして氷に閉じ込めた。これでしばらくは動けない。ラーケルを落ち着かせる時間は作れそうだ。
そう思ってマリーへと振り返った時、背筋を走る嫌な予感に騎士たちへと振り返った。
「こうなれば、早いが……」
「何をっ」
騎士の1人が、器用に片手を使って何かを握りしめているのを見た。その色は、漆黒。何かをかたどっているように見えたそれを騎士は握り潰し……そこから何かが黒い靄のようになってラーケルへと飛んでいった。
『アアアアアアア!』
「お母様!」
響く叫びは、さらなる戦いを呼び寄せるものに他ならなかった。
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