MD2-214「その誇りに賭けて-3」
「じゃあユスティーナちゃんのお母さんを止めてあげればいいんですね?」
「はい。母は……もう旅立たなきゃいけないのに……」
洞窟の前で、僕達は姿を現した精霊の少女、ユスティーナから話を聞いていた。白銀ってこういうことなのかな?と思う白い髪に整った顔。そんな姿では寒いだろうとこちらが思うほどの薄着は水色のまるで初夏に着るような物だ。
それに……この状況は何もかもがおかしい。精霊が喋るのは……力があればそういうこともあるというしかない。けれど、彼女の話は色々とおかしいのだ。
『精霊が親だ子供だと話すわけがない……ないんだが嘘を言っているとかそういう感じではないんだよな』
そう、精霊は精霊であって親子として増えることもない。もっと言えば、夫婦のような物もないんだ。神様みたいになってくると男女っぽい違いは出て来るらしいけどそれは別物だし、実際のところは同じ種類の神様で男女というのが無く、どちらか片方だけなんだよね。
だから、ユスティーナのいう母、という存在が何者かという話が出てきてしまうのだ。
「ひとまず会いに行こうか。人間が会いに行っても大丈夫?」
「大丈夫だと思います。初めてではないので」
となると後はホルコーだ。結構強い感じだけどホルコーって寒いの大丈夫かな?と思ったら彼女の瞳はすごくやる気だった。もしかして置いて行くの?と言わんばかり。馬は寒さに強いもんなあ……大丈夫かな? 念のために1枚だけ毛布を取り出して背中に乗せておいた。
「さあ、行きましょう!」
相手が同い年ぐらいに見える女の子だからか、マリーはなんだかすごく乗り気だ。一応僕はこれ自体が何かの罠だったりした時のために少しだけ2人から離れてついていく。日の当たる場所から中に入った途端、急に空気が冷えるのを感じる。これは洞窟だからというだけじゃなさそうだなあ……。
高さは僕の倍ほどはある洞窟をゆっくりと進むと、徐々にその異常さがわかってくる。すごく、寒いのだ。僕はアイテムボックスから念のために買い込んでおいた防寒着を取り出し、マリーにも着せる。ホルコーは大丈夫そうだね。
「うわあ……綺麗……」
「氷の宮殿……かな」
『触ってみないとわからないが、もう氷以上の何かに変化していそうだな。具体的には素材に使えそうなほどに』
そうして進んだ先では、洞窟の上部分はぽっかりと開いて太陽の光が差し込む空間があった。そしてその光を浴びて輝く、大きな氷の建物がその存在感を主張していた。装飾が細かく、高いところまであるところを見ると、確かにもう氷以外の物に変わっていても不思議じゃないね。
「ユスティーナ、どこへ行っていたのですか」
「お母様、お客様をお迎えに行っていたの」
音もなく、女性が浮き上がってきた。ふわりと現れたからか、若干の風が吹き……その力の強さにどきりとした。この人……川で出会ったあの精霊並みかそれ以上だ……。
ユスティーナと同じような白銀の髪、まるで氷を薄くひらすらに削り出したようなドレスは冷たさも感じながらも美しいの一言。その瞳だけが、赤く輝いていた。彼女の冷たい視線が僕達を見……ユスティーナに戻る。
「そう、ならいいのですよ。ようこそ新たな人間よ。貴方達も私が氷の女王を超えるところを見に来てくれたのですか?」
「女王を……超える」
どうして気が付かなかったのか。ユスティーナは母を助けてと言っていた。そして今もなぜか母ではなくマリーの腕をつかむようにして怯えているというのに。そしてその母親の瞳にはどこかおかしな光があった。マリーもその可笑しさを感じたのか、ゆっくりとホルコーのそばに行っていつでも飛び移れるようにか手綱を掴んでいる。
(うん。いざとなったら僕が時間を稼がないとな)
そもそもが、精霊に親子なんて関係はない。あるとしたらそれは人間の考え方だ。そこまで考えて、いろんなことが一気につながる。そう、誰かがこの人に親子といった考えを教えたんだ! 精霊には寿命はあるようで、無い。そして長く過ごすほどに基本的に力をつけていく。だけどその精霊としての器には限度があるはずだった。
『こいつ……下手をするとすぐに弾けそうなぐらいだ……』
呆然としたご先祖様の声が証明するように、僕にも彼女の力が感じられる。力そのものは川で出会った相手と大きくは変わらないけれど、その体力というべきか、マナの総量は比べ物にならない。
「精霊は、いつかマナに帰らないといけないのでは?」
だから僕は、やんわりと僕の知っている精霊の一生の話を口にした。神様や、その類だけは免れる精霊の一生。精霊が力をつけ、育ち、大精霊……古の意思となって最後にはまたマナとなり世界に戻り、また精霊として生まれ直す。それがこの世界の理。
「私はユスティーナが心配なのです。だから、冬の女王を超えて私が女王となり、彼女を見守るのです。私は感謝しているのですよ? ただ還るだけだった私に母としての気持ちを教えてくれた人間に」
「お母様、それは……!」
だんだんと状況が見えて来た。ユスティーナを慰めるように手を握るマリーと頷きあい、僕は深呼吸をする。自然と集まるのがわかる魔力。それは地図へと注がれ、そして……見つけた。
「出てきなよ、隠れてないでさ。それとも、こそこそするのが騎士の誇りなの?」
何故だか、僕は自分でもよくわからない怒りが渦巻いているのを感じていた。吐く吐息は寒いのか白いというのに、体中が熱を帯びているかのように暑かった。やや乱暴に明星を抜き放って、マリーとユスティーナの前に立ち、氷の宮殿の反対側、僕達がやってきたのとは違う場所にある離れのような建物へと剣先を向ける。そこだけは、氷ではなかった。
「俺達以外の人間が来るとはな……」
つぶやきながら出て来た相手は、見覚えのある意匠の装備を身に着けていた。つい先日出会ったばかりの、騎士。女神騎士団の集団がゆらりと出てきたのだ。同じ精霊銀の反応があったからすぐにわかったよ。
「お前たちは何の用だ?」
「聞いてたでしょ? ユスティーナのお客さんだよ。母親を止めてくれってね。1つ教えてよ。あの人に親子の考えとかを信じ込ませたのは、貴方たち?」
「そうだと言ったら?」
からかうようなにやついた顔。騎士は僕の言葉の意味をわかって、そして否定しなかった。瞬間、僕の体にいる多くの精霊たちが同じ気持ちになったと思う。さっきからのざわついた感じや、暑い感じはそのせいだったんだ。
「あるべき姿に、戻させてもらうよ! それが精霊の願いだ!」
本当にその通りかはわからない。けれど言い切った僕の体からは魔力だけじゃない光が立ち上り、マリーの杖の中に眠っているはずの大精霊すら、勝手に出てきて僕の手元に絡みついた。マリーとつながったままの青い光、そのことが僕の考えを肯定してくれる。
「小僧が、精霊の言葉を騙るか!
「じゃあそっちはもっとひどいね。女神様の名前を使いながら、精霊のあるべき姿をゆがめている!」
体中をめぐる衝動に従って、僕は騎士たちに向けて走り始めた。
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