MD2-213「その誇りに賭けて-2」
壁に覆われた街の半分ほどが畑だらけの不思議な街、ウェンドール。遠くの山からなだらかに下がってきた岩肌の終着点にあるこの街は地方としてはかなり北にあることに加えて、とある事情で冬になれば雪が多く降り積もり真っ白になるらしい。その理由というのが……。
「女王の吐息、ですか」
「ああ、あんたらも外で吹かれたろう? 思い出したように山から吹いてくる気まぐれな風さ。凍えるぐらい寒いのに、大体は毎日とはいかない。まるで憂鬱なときの吐息のよう……だから女王の吐息、さ」
お酒ではなく山羊乳を頼んだ僕達を笑うでもなく、酒場の主人はさっと温めたそれを僕達に私ながら外の風の正体を教えてくれた。毎年冬が近づくと吹いてくる風らしい。
「ひどい時にはあれが1日以上続くんだ。そうなると普通の畑や壁じゃ駄目でね。この街の壁がまるで城壁のように立派なのはそのせいさ。それに、必要に迫られて暖房用の魔法なんかも随分と作られたものさ」
「もしかして、精霊に無理を言ってるとかないですよね?」
心配の声を上げる彼女の頭に浮かんでいるのはついこの間の話に違いないね。僕だって同じことを考えた。薪を燃やすように、精霊の力を無理やりに燃やすとかあったら大変だなあと。でもその心配はなさそうに思えた。
『マリーの杖にいる大精霊が特に怒ってないから、か? だとしたら恐らく正解だな。環境によって精霊の力も変化していくが大元は同じ力だ。つまりは、大丈夫なんだろうな』
(よかった……またあんなことになるかと思うと今から気が重かったんだよね)
出来ればあんな世界の境目には二度と……境目? なんのことだろうか。しっかり思い出せないけど……まあ、気にしてもしょうがないかな? 今は目の前の状況が大事だ。
「精霊の力は借りてるようだけど、祈りは欠かさないぜ? それに、街の中央には温泉も湧いてるんだ。毎日毎日、入ってる奴は精霊様様って感じで祈ってるんじゃないか?」
「温泉……入ってみたいです」
「色々探してみようね。僕も入りたくなってきた」
お風呂そのものは、あんまり入ったことがない。お湯を沸かさないといけないし……つまりは薪の消費がすごいんだ。魔法が攻撃に向く程度じゃないけどお湯を沸かすぐらいは出来る、ということでお風呂屋をやっている人がいるって聞いたことはあるけどね。
おすすめの宿を教えてもらい、2人して外に出てホルコーを引きながら街を散策する。賑わってるってことは、外の風……女王の吐息は慣れ親しまれた日常、ってことになるのかな。びっくりしたけど、そういうことがあるとわかっていれば対応は出来るってことなんだろうね。
そうして宿屋に向かうのだけど……温泉かぁ。でも温泉ってもっと山の中というか、出てくる場所が限られてると思うんだよね。聞いてる話もそういう場所ばかりだし。見渡す限りは、温泉が出そうな雰囲気はこの土地にはないんだよね……。
「井戸水を温めてて温泉ってことは……無いよね」
「さすがにないんじゃないですか? 有名みたいですし」
『そういう手法もないわけじゃないが、この土地は本物だと思うぞ。地下の方に力を感じる。むかーしの英雄の手にした武器にはな、温泉を噴き上げるよくわからない奴まであったらしいぞ』
ご先祖様はなんでも昔の英雄がっていえばそれで解決だと思ってるんじゃないだろうか?ってぐらいに驚きの話だ。なんて力の無駄遣い……いや、温泉で元気になって力が発揮できるのならその価値はあるのかな? 例えば地下水脈のそばに周囲から魔力を吸って発熱する物を置けば勝手に温泉になるわけだ。
(それってさっきも言ったけど温泉で良いのかな? まあ、いっか)
どうせ僕には本物の温泉かどうかなんて区別がつかないし、楽しめればそれでいいのだ。そうしてる間にたどり着いた宿にホルコーを預け、僕達も部屋を取る。嬉しいことに、男女それぞれにお風呂に入れるらしい。
「じゃあ、また後で」
「はい! 覗いちゃ、駄目ですよ?」
マリーと2人だけの時ならね、そんな砕けた台詞はちょっとせりあがってきたけど飲み込んで自分も脱衣所に向かう。嬉しいことに僕1人のようだ。みんながお風呂に入る時間とは少しずれてるからかな?
北の地で出会った予想外の温かさに思ったよりも長湯になってしまってのぼせそうになったのは危なかったけれど、それ以外には特に問題もなく一晩を過ごす。
「随分と遠くから来られたんですねえ。こっちでも評価C相当で動けますから安心してくださいね」
「ありがとうございます」
翌日、2人して冒険者ギルドに足を運んだ僕達は一応到着の報告をしてから依頼を探し始めた。この土地に慣れることが出来るのがあればいいんだけど……そうして見て回っていた時だ。少し妙な物を見つける。依頼……ではあるんだけどその条件が、街に来て日が浅い人、となっているのだ。
「周辺の地形確認と地質の調査? 地質ってなんでしょうね。学者さんの依頼でしょうか?」
「かな? 依頼人はすぐそばにいるらしいし、話だけでも聞いてみよう」
疑問は色々あったけれど、そうして出会った依頼人からは納得のいく話が聞けた。土地の人間ほど、前からこうだったはずと思い込んでしまうから全部が初見な状態の人に確認してほしい、ということだった。違いが出ていないかは、依頼への報告書を見て後から確認するらしい。
さっそくとばかりにホルコーと一緒に僕達は街の外に出た。今日は……風もあまりない穏やかな天気だった。吐息がやってくる前に出来るだけ広く確認しておきたいね。
「大体の地図は私が描きますね」
「うん。お願い。僕はこのまま周囲の警戒を続けるよ」
まずは街道沿いを山の方へ。時折馬車も行き来するから普段使われている街道なのは間違いない。魔物は今のところ……出てこないね。やっぱりこういう土地だとゴブリンとかも寒い場所に適応した奴になるのかな? あるいは毛皮のある獣ばかりだったりするんだろうか?
『厄介なのは自然の力を魔法として使ってくる奴だな。見た目以上に強い奴もいるはずだ。気を付けろ』
ありがたい忠告に、頷きを返そうとした時のことだ。来ないでほしいと願っていた女王の吐息が山から吹いてくる。大きな木の陰に隠れて、風の障壁を張るけれどやっぱり寒い。これがたまにでもあるようなら確かにこのあたりで暮らすには工夫がいるよね。
「ファルクさん、この風……泣いてませんか?」
「え? 確かに寒いだけじゃ……ないような?」
僕の方は具体的には感じられないけれど、意識して見ると確かにただ寒いだけじゃない、声のような感じがする。そういえば、今日の風はよく確かめると遠くの山からじゃなく、少し方向が違うような。
風が収まった後、僕はホルコーをそっちの方向に向けた。山の頂上の方向とは少し違う向きへと森を縫うように進んだ。浮かぶ地図を意識してそちら側に広げていくと……真っ白な光点が現れる。何かわからないのにわかるってことは、精霊……?
『本来このクラスの精霊なんてのはそうホイホイと出会えるもんじゃないんだがな……』
「マリー、杖の子が何かわからないかな」
「聞いてみますね……あ、仲間がいるって言ってます」
やっぱり地図の反応は間違いじゃないみたいだった。そしてさっきのおかしな風も……。警戒しながらなおも進むと、森の途切れたところに大きな岩、もう巨岩と呼ぶほかない物に開いている穴が見えて来た。人工的な物じゃなく、自然に出来た物に感じる穴だ。
「泣いていたのは、貴女?」
「人……人だわ。お願いします! 母を助けてください!」
そんな洞窟の前に、ゆらゆらと揺れていた人影。それは少女の姿を取り、必死な表情でマリーに縋り付いてくるのだった。
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