MD2-211「籠の鳥は世界を知るか」
(世界の果てって、こんな感じなのかな?)
上とも下ともわからない、雲のようなものが見渡す限り広がる世界に僕はいた。その向こう側には太陽や星があるのか、きらめいているけれどそれもはっきりとしない。一番近いのは、朝もやの中……かな?
足元だけを見れば、地面らしきものに僕は立っている。だけど数歩先は何も見えない、そんな変な場所。なんだか寒くなったように感じて腕を組み……僕は碌に服も着ていないことに気が付いた。
「え? 脱いじゃった? いやでも……なんだろう?」
確か僕はさっきまでホルコーに乗って精霊であろう相手を岸辺に誘い込んで……あっ! そうだ、体を貫かれて大怪我をしたはずだ。ポーションは取り出せたのかどうかよく覚えていない。
慌ててご先祖様に呼びかけようとして、そこに腕輪が無いことに気が付いた。久しぶりの何もない腕。正確には何もないわけじゃあなかったんだけどね……なぜか、光の輪っかがゆらゆらと僕の腕で揺れている。それをきっかけにしてか、僕の右腕だけじゃなく左の腕も、体や足も、いろんな場所がゆらめく光に覆われ始めた。
「温かい……あ、もしかして……精霊?」
よく見ると、光ってる場所は僕が普段身に着けている装備たちがある場所だ。幸運にも、いくつもの装備が一般的には良品の部類に入る装備だと思う。品質は少し下がるけどミスリルを使ったリングメイルだったり、歩くのに補助が入るような靴だったり、地竜の鱗を使った籠手だったり……。
「いつもありがとう。これからもよろしく」
だからか、自然とそんな言葉が僕の口から漏れる。その声はちゃんと届いたのか、光の揺れが大きくなって周囲に小さな破片となって広がっていき……世界が広がった。数歩先までが限界だったのが、10歩、20歩ってところかな? だから僕はゆっくりと思うままに歩き始めることにした。まずの目標は、一番光ってるように見える場所……。
ご先祖様との会話もなく、マリーもいない。その点では心細く感じるはずなんだけど、寂しさがほとんどないのは、周囲に見える光が実は精霊なんじゃないかとわかったからだろうか。少し硬い、土というより石のような足元の感覚を不思議に思いながら光の元へと歩いていく。
「こんにちは」
「人が来るとは……珍しい」
靄の塊を抜け、たどり着いた先にはいくつもの光が灯りのように漂う不思議な場所だった。外でたき火してるような広間。そこにいたのは全身が淡く光る人型。なんとなく、おじいさんかなとわかる。表情も光っていてよくわからないけれど、声からは優しさを感じた。
「ちょっと色々あってここに来ちゃったみたいです。帰り道……ありますかね?」
「特にないな。だが、お主が生きているのならそのうち戻るだろう。それまでここで待っているといい」
ないと言われた時にはどきりとしたけれど、戻れるらしいことがわかって安心したのか急に座って休みたくなった。そうなると周囲を見渡すぐらいしかやることがないわけで……当然と言えば当然だけど、話が出来た相手を見つめてしまう。
「ここは世界とその外にある海へと続く境目のような物。私はそう、橋渡しや門番のようなものかな。だから、君のように人間が来ることはまずない。ここに来るのは精霊ばかりだからね」
「精霊は世界をめぐり……そして海に還りまた世界に産まれる……おとぎ話は本当だったんだ……」
これが僕の夢、という可能性もまだなくなったわけじゃないのだけど夢にしては大げさすぎる。それにしたってどうして……そう思った時、僕はお腹の痛みと温かさに気が付いた。どうして今まで怪我のことを忘れていたのか。暴れていた精霊であろうものに貫かれたのを思い出したけど途端に痛みが増してくる。けれど、温かさもあった。その理由は、傷口に集まってくる光たち。
「なるほど。外で精霊と強く接触したのだね。だから君の魂が精霊と共鳴してここに落ちてしまったんだ。だが先ほども言ったように生きているのならそのうち戻るだろう。ここは生きている者、壊れていない物のいる場所ではないからね」
「じゃ僕達が死んだり、物が壊れた時には精霊は一度こっちに……あ、あのっ! 死んだ人の精霊はみんなここを通るんですか!? 誰のが通ったかとか覚えていませんか!?」
我ながら無理を言う、そう思いながらも聞かずにはいられなかった。だって……だってさ、もしその通りなら2人がここを通っていなければまだ生きているってことだ!
「残念ながら、元々誰に宿っていたかどうかはわからない。ただ……君の血縁というのか? 連なる者が宿していた精霊が来たのは人間で言えば何十年も前のことだ。それ以外はわからないな」
「そう、ですか……いえ、ありがとうございます」
名前も知らない相手の言葉、その裏側に隠された意味に僕は気が付いていた。僕達が魔物を倒したりして精霊を取り込み、階位を上げるという意味を考えれば両親が何かに殺されてしまっていたら、その精霊は相手に行くわけだからここにはこないよなと。
ふと、僕は空になるだろう部分にある光の靄や、向こう側に行こうとしない光を見る。話の通りなら、これは全部精霊だ。遠くに見えるのは……光の海? ほとんどがその海の一部になる中、そうではない場所に漂う光もある。
「あれは海の、世界の外に出たいと思っている子らさ」
「外に……」
直後、とても不思議なことが起きる。僕と相手の間に、模型のような物が浮かんだからだ。大きなテーブルのような物と、それにかぶさる覆いのような物、そしてその中に動く光の粒だ。光の粒は精霊かな? だとするとこの覆いとテーブルは……。
「この世界は女神であり、母たる彼女と、黒の王であり父である彼との……言うなれば鳥かごなのさ」
そして僕は、世界の真実を知る。この世界は閉じられた物で、外から守られ、中からは出られないという場所であることを。それらを守り続けるのが女神であり、そして黒の王、黒龍だということを。
「そんな……」
「この事を外に戻ればほとんど覚えていないだろうが、1つだけはっきりしている。別に女神も黒の王も何かの敵ではないということだ。お互いに、良かれと思って動いている。それだけのことだ。だが、君は足元のあり1匹に全身全霊を捧げられるか? 無理だろう? そのぐらいの違いがある」
ひどく衝撃的な話だけれど、そう考えると色々と納得がいく。女神様も黒龍も、人間の味方、でも人間の敵、でもないのだと。でも、ああやって外に出ていきたい精霊がいるというのは……面白いことだなと思うし、大事なことだと思う。
鳥だって、最初は餌を親にもらい、巣に守られているけれどいつの日にかは……。
「巣立ちはいつか……起こる」
「そういうことだな。本当は私が言っていい事ではないのだが……茨の籠の鳥は飛び立ち、その手に茨の剣を持つことになる。籠で生きてきた人間がついに、己の手で未来への壁と闇を切り裂く日が近いのだと叫ぶために。それは始まりだ。新時代の、な」
急によくわからないことを言い出した相手を見ようとし、その変化に驚く。ただ光に包まれているような不思議な人影だった相手が、鎧姿で羽根もある女性……戦女神にしか見えない相手に変化していたのだ。
「懐かしい魂の波動に来てみれば奴の血縁だとはな……ふふん、これだから人間は面白い。さあ、そろそろ戻る時間だろう。次は天寿を全うした時に出会うとしよう」
「あ、あの!」
何もかもがよくわからないけれど、僕は声を上げずにはいられなかった。こちらを向く戦女神様に向けて僕は……。
「ファルクさん!」
「っ!? あ……マリー?」
開いた瞳。その視界いっぱいに泣き顔の彼女が映っていた。同時に背中の砂の感じや、寝かされていること、だるさ等がいっぺんに襲い掛かってきた。そのことに顔をしかめながらも体を起こす。すぐそばにホルコーがいることがわかり、どちらも無事なことに安堵した。
「よかった。傷が治っていっても起きてこないから……」
「心配かけたね。ごめんよ……あ、無事に終わったのかな?」
答えの代わりに、マリーの肩に乗っている子犬ほどの水で出来た何かが動くのを見た。なるほど、これが……ご先祖様の言う精霊召喚……ってご先祖様は!?
慌てて腕輪を見ると、そこにある。つながりも感じるから大丈夫みたいだ。返事がない代わりになんだか疲れた様子だから何かしてくれたんだろうな……。
「大丈夫ですか? まだここで休んでから戻りますか?」
「ううん。大丈夫。さあ、ビアンカさんたちと合流して戻ろうか」
顔を舐めてくるホルコーを撫で返しながら、僕は立ち上がった。少しふらつく気がするけど何とか大丈夫だ。跨りながら、僕は夢のようだった世界のことを思い出していた。なんだか半分以上は忘れてしまった気がするんだけどね。
(だけど……目的が定まった。僕は戦女神様と、女神様に会わないといけない)
僕はそのまま、見えもしない霊山のあるほうを半ば睨むようにして見つめるのだった。
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