MD2-210「絡み合う利権-6」
精霊を使って、あまり良くないことをしているんじゃないかという疑惑を確かめに来た僕達。その疑惑の場で聞いてしまったのは、悪い予想通りに精霊を酷使しているという現場。そして、そんな場所に騒動が起きる。大きな船が浮かぶ川で……異形が船を襲っていたんだ。
「ビアンカさん、つかまって!」
「え? ひょわあああああ!?」
マリーと一緒にビアンカさんを挟み込んで風魔法で飛ぶというより大きく跳躍。ポエットさんは一人で飛んでくる……魔法使いだったんだ。ぐんぐん迫る相手の姿は……よくわからない姿だ。敢えて言うなら、いつだったか干物を見たタコに近いけどただ足の数が多いからそう見えるだけだ。川の色と混ざって、全体がよくわからない。
「こお……れっ!」
詠唱も呪文も省略した状態で、精霊にお願いをして僕は魔法を放つ。威力も弱いそれは牽制程度にしかならないと思うけど、それでも船に伸びる足の数本を凍り付かせることに成功した。驚いたのか船から離れていく異形。だけどたぶん表面ぐらいだろうなあ、あれ。
「あ、あんたらは!?」
「話は後です! あれは皆さんの行いに怒ってるんです!」
「精霊様は見てるってことよっ」
詳しく説明をしなくても、2人の言葉に状況を察したようだった。青い顔で何かを操作し始める船員。だけど、それ自体が良くないことだってわかってはいないみたいだった。
「待ちたまえ。流れと風だけにしないとまた来てしまうよ」
「なんだって!? 帆はあるけど今の風じゃどうにもならねえよ! でかすぎるんだこの船は!」
なんとも困ったことに、この船は精霊の力を借りることを前提として作られてるらしい。だからか、こぐためのオールなんかもほとんどないし、帆は張ろうにも風はほとんどない。こうなったら……僕達で!
「私が風を産みます。ファルクさん、あっちはお願いできますか?」
「うん。任せてよ。ビアンカさんとポエットさんもそれで……あれ?」
「あの子ならなんだか中に入っちゃったわよ」
どこに何をしにいったのかはわからないけど、無駄なことをするような人には見えなかった。ということはあっちはあっちで戦いをしてると思おう。僕は僕で……戦うんだ。
一度は離れていったけど、やっぱりこの船か……もしかしたら船員が犯人だとわかってるのかこっちに近づいてくる異形。やっぱりタコっぽいけどちょっと違うな。敢えて言うなら大きな魚にタコをそのままかぶせたみたいだ。
「水から出さないとどうにもならないなあ……」
「確かこの先の方は浅いからうまく誘導できないかしら」
指差す先にずっといくと、確かにかなり広い砂浜というか川辺があったはず。船が乗り上げてしまわないように気を付ける必要があるけど、魔法で追い込むことはできそうだ。
「「この手に集い、赤き鉄槌を! 火球!!」」
火の魔法としては初級に位置する火球の魔法。だけどその使い道は結構多い。手加減して焚き木に火をつけたりすることだってあるし、燃やすためより驚かすために使うことだってある。今回もその形で、どうせ相手は水の中なので打撃にはならないのだけどわざと川辺とは逆の方向寄りに魔法を撃ちこむことで、そっちにいかないほうがいいのかなと思わせることにした。
『気配が濃いな……相当な精霊だぞ。本当に大精霊、古の意思クラスだ……』
(そんな相手に魔法が効くのかなあ? やるしかないけど……)
陸地に上げた後のことはなんとも思いつかないけれど、少なくとも水の中にいるよりは戦える、そう思って動き続ける。迫る触手めいた水っぽい腕もぎりぎりのところでマリーの風によって加速した船が逃れる。あんまり時間をかけると遠くなっちゃうからなあ……。
「アイツ、どうやっておいかけてきてるのかしら。目……は無いような」
「確かにっ!」
続けて火球を撃ち込み、少しずつ誘導は出来ているけれどまだ動きが遅い。このままだとちょっとまずいね。相手はとにかく広い川だけど、ここはマリーと交代して雷で攻めたほうがいいのかな……そう思った時、船の方が少し騒がしくなる。
「おい嬢ちゃん、そいつは金貨20枚もしたっ」
「冗談じゃない! まさかと思えばこんなものを……純銀の精霊像なんてこんな風に使う物じゃない! だからアレが怒って来たんだ!」
甲板に駆けあがってきたポエットさんが手にしていたのは赤ちゃんぐらいの大きさの精霊像。ただし彼女の言葉通りならば純銀。しかもただの純銀ではなく、純銀貨相当の物を使ったんだろうね、ここからでも精霊の力の濃さがわかる。
(そうか、あれを目印に……だったら!)
「ポエットさん! それを持って川辺に! 水からあげちゃいましょう!」
「ああ、そうしよう。だがこの速さではっ」
確かに結構な速度に既に加速しているせいで狙いの川辺はもう通り過ぎてしまいそうだ。危ないところではあるけれど、また魔法で飛び上がるしか……この気配!
「ファルクさん!」
「うんっ! ホルコーだ!」
何かで僕達の危機を感じ取ったのか、ホルコーが空を駆けてくる。まるでおとぎ話の天馬のようだね。思わず手を振ってあげると、一気にこちらに向かって急加速して降りてくるのがわかる。僕はポエットさんから精霊像を受け取り、マリーと一緒にホルコーに飛びつくようにして乗った。
「っとと、どう!?」
「正解です! こっちに来てますよっ」
川の上をすべるように飛びながら船から離れると、背中越しに感じる気配もこっちに来るし、マリーも見てくれている通りなら作戦は成功だ。このまま一度距離を取って浅瀬に向けて一気に誘い込む!
だけど倒す手段は思いつかない。相手は精霊だ……きっと相手は悪くない。だって、僕だって人間が一方的にこき使われていたら怒る、そりゃあもう。そこに理屈なんてないんだ……だからそんな相手をどうにかするのは良くないことだ。
『1つ、方法がある。精霊を制御下に置くこと。かつての英雄は、属性ごとの精霊を従え、召喚することで魔法以上に火や風を操ったという。あくまでも、協力関係としてだが。それが無理なら魔力でぶつかって吹き散らすしかないな』
「精霊を従えて召喚する……」
思い出されるのは昔の英雄たちのお話。山をも断つ剛剣や、川をなくすような大魔法使い、無数の敵に挑む戦士やあらゆる薬を作りだすという人だっていた。英雄にはいろんな人たちがいる。その中には、火のトカゲを従えたり、風の鳥に乗る人もいたという話は聞いたことがある。
「ファルクさん、お爺さんに聞いてください。それはファルクさんじゃないとだめですかって」
「マリー!?」
『可能だ。可能性だけで言えばな。要はどれだけ精霊に同調できるかだ。やってみないと……わからん。スキル名は……』
ご先祖様から手段を聞いてそのままマリーに伝えつつも後ろをちらりと見る。あの精霊相手に魔力で押し切るのは……正直分が悪く感じる。だけどご先祖様が言う方法もどうなんだろう? だけど、試す価値はあるのかもしれない。気が付けば、誘い込む浅瀬が正面に見えて来た。
「マリー」
「大丈夫、ですよ。私だって……やれます」
腰の前に回された手を、言葉少なく握った。そのぬくもりから、僕は彼女の気持ちを感じた気がした。信用して、信頼する……それも、大事なことだよね。
ホルコーに跨る姿勢を少し変えると、僕の気持ちが伝わったのかホルコーはさらに加速し、真っすぐと浅瀬に進む。後ろをまだ異形の精霊はついてきている……このままなら、行ける。
そして、眼下に一瞬砂浜が現れ……僕はひっくり返った。
(なん……だ!?)
『砂浜から水が飛び出してきた!』
簡潔な叫びに、状況を理解した僕は同じく空中に飛び上がってしまったマリーの手を掴み、ホルコーが無事かどうかを確かめて……そのせいで、動きが遅れた。
「あぐっ!」
「ファルクさん!」
叫びと痛み、どちらも僕の物なんだと感じた時には地面に落ちていた。砂浜から沸き立つように出て来た異形の精霊の腕が、精霊像ごと僕のお腹付近を貫いているのだ。言うなれば木の枝の先にささったカエルみたいに……。
「マリー、お願いっ!」
「は、はいっ!」
そこからの時間は長いのか短いのかはよく覚えていない。ホルコーが姿勢を戻してこっちに駆け寄ってくるのだけは見えた。ホルコーに怪我がなさそうということだけが救いだ。じゃないと……痛い、痛い。
接していることで伝わってくる怒り、悲しみ、そして戸惑い。ああ、精霊はまさしく世界の一部なんだ。だから、僕が痛いということに戸惑っている。こうすると人間は痛いんだって初めて知ったんだろうね。じゃあ、マリーの声を聴いてあげてよ。
『意識を失うなよ。頑張れ!』
(当然。こんなところで僕は負ける気は……)
強がりながらも少しずつ痛みと精霊の冷たさに力が抜けそうになる。あと少し、多分あと少しだ。マリーから精霊へのつながりが伸びているのを感じる。
「フェアリライザー!」
そしてマリーの声が響き、彼女と精霊が同じ光に包まれたことで僕は成功を確信した。不意に、痛みは消えて喪失感だけが残る。お腹を見て納得した……精霊が引っ込んだんだ。ポーション……使わないと。
ぎりぎりで、僕は手にポーションらしきものを掴んだところで……意識は途切れた。
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