MD2-203「人形は夢を見る-4」
ここに来てから、僕は疑問に思っていることがあるんだ。ゴーレムや、命令を聞く人形は自分という意識を持っているのだろうかと。あるいは持っているのならば笑ったり泣いたり、夢を見たりするんだろうか?
南国の森で出会ったドールたちはそれが自分の見た夢なのか、自分が元にした存在が見た夢なのか、はっきりすることができないと言っていたような気がする。もしも、あのドールたち以外にもこうして動いているゴーレムや魔法生物のような人形が夢を見るとしたら……それはひどく残酷だと思った。
「この子達、ずっとここにいるんですかね」
「たぶんそうじゃない? ダンジョンから外に出てくることってめったにないみたいだし、さっきみたいな扉は人形にはくぐれないでしょ」
背中に聞こえる2人の声に、僕もじっと黙ったままの警戒から少し気を緩ませる。ずっとこれだと疲れちゃうしね。今のところ、僕達に襲い掛かる相手はいない。けれど、動いてる相手はいる。
魔法を鍵にくぐった扉。その先には広い広い、外からは想像もできない広さの部屋が広がっていた。あちこちに家ほどの大岩が転がり、そこかしこで音を立てている。音の原因は、例の人形たちだ。黙々と掘り、零れ落ちて来た石のようなものを別の人形が運んでいく。
彼らがダンジョンの……そう、罠のような物ならまだいいのだけど、もしも1体1体に意識があるとしたら一体何年こうしていたんだろうね?
『こうして人が来る日を待ってずっと……だろうな』
僕が考えても仕方のない事なのかもしれないけれど、誰かと何かのためにずっと同じことを続けるというのはひどく悲しい事のような気がした。とはいえ、ここで立ち止まってるわけにもいかないよね。
「何か変なのがあったらすぐに言ってください。マリーも、いいよね?」
「はい! 精霊銀……見つかるといいですね」
「宝石とか高いの転がってないかしら」
普段なら、あんまり欲をかくととなるところだけどダンジョンにおいてはどっちとも言えない。そのぐらいの気持ちで探した方が良い物が手に入ることだって十分あるからね。踏み込んだ結果、痛い目を見るだけで済めばいいんだけど。
「どう見てもよくわからない石ばかりだよねえ……少し貰うよ」
石を台車に乗せて運んでいく人形。よく見ると……掘っている人形と運ぶ人形は似ているようで見た目が少し違う。ちょっとだけ、運ぶ方がきれいかな? もしかして、順位とかあるんだろうか? 人形の世界まで順位とかだったら嫌だなあ。
そう思いながらも、手の中の妙にケバケバしい色合いの石を手のひらで転がす。重さ……は普通。特に重くもなく軽すぎもせず。少なくとも、鉄よりは軽いね。でもこれを外に持って行ったら重さも変わりそうでちょっと怖い。
「今のところは静かだなあ……もしかして、属性が1つ減るごとにその先が厳しいんだろうか?」
『十分あり得るな。一番楽ということかもしれない。逆に、その実力ありとして厄介な相手が出てくることもあり得るんじゃないか?』
そんなことを、口にしたのがいけなかったんだろうか? いや、ご先祖様の声は基本僕にしか聞こえない。だからきっと偶然さ、偶然。そうでなければ……こんな場所にこんな相手がいるなんて!
「竜……でも地竜じゃあない……」
「逃げなきゃ。でも、逃げる先はどこかしら」
「ダンジョンのお約束でいうと、アレ……倒す必要がありますよね」
大きな広間のような場所の壁際に、くぼんだ場所があると思えばそこは小部屋だった。扉は無いけれど中は見えない。というのも、明らかな巨体がその入り口をふさいで寝ていたからだ。頑丈そうな鱗、大人の胴体ほどはある尻尾、一度開けば命が刈り取られそうな口。
湿地帯で見た魔物と、地竜を足して半分にしたような竜っぽい物がそこにはいた。
(あれは竜?)
『竜種といっても亜種を含めて多数いるからな……そうであるような違うような……だが、マリーの言うように素通りとはいかないだろう。なんだったら、奇襲が一番じゃないか?』
確かに、戦うのならば寝ている今が一番だ。全力で叩きこんで逃げて相手を引っ掻き回してしまえば意外とあっさりなんとかなるかもしれない。そう思ってビアンカさんとマリーとで顔を近づけ、僕の案を囁くと2人とも頷いてくれた。
そうとなれば話は速い。切り札のほうは万一を考えて今回はなし。下手に使って何かあって外したりしたらその後役立たずだからね。こっそりと魔力を練って、明星に生き物用として雷の力をまとわせて突撃準備。さあ、行くぞと気合を入れた時だ。
「あっ」
パチリと、開いた目と目が出会ってしまった。殺気か? 魔力だろうか? いや、この状況……偶然か!
「グォォオオオオ!!」
「僕が前に出ます! 援護よろしく!」
あっさりと、出来ればやりたくない手段。正面からの戦闘へと移行することになった。近づいてくるとわかる、その大きさ。迫る姿も体重を感じる重い物……ん?
このドラゴン……なんだ? 何か変だぞ? 段々姿が崩れていく!?
「こんのぉ! 斬れた!」
見上げるほどの巨体。そんな相手から繰り出される攻撃は太い腕が振るわれるか、口で噛みつかれるか、大体そんなところ。今回は右腕が大きく振るわれ、飛び込むようにして回避しつつ明星を振り抜くと変な手ごたえと共に斬れた感触があった。
『こいつは、本物じゃないぞ!』
ご先祖様の叫びの通り、この相手は僕の思っているドラゴンじゃあ、無かった。現に、切り裂かれた右腕はあっさりと千切れ、そこには綿のような物が詰まっていたんだ。まるで回復魔法がかかったように動いて塞がれる傷。いつの間にか、斬られた腕は元通りになっていた。
ドラゴン人形。それがこの相手の正体だったのだ。まともに食らったり、嚙まれたらどうなるかは味わいたくはないけどこれなら戦いようはあるね。
「マリー、火を! ビアンカさんも出来そうなことで! こいつ、人形だ」
「わかりました! 巻き込み注意です!」
「油でも撒こうかしら……いや、ここだと危ないわね」
結果として、ビアンカさんが囮となって僕とマリーが魔法攻撃を行う形に変化した。ドラゴン人形は回復?は速いけれどそれでも全部直し切るというわけにはいかないみたい。所々ほつれたり歪になったりを繰り返していくうち、ついには動くのが大変な感じの下手なぬいぐるみみたいになってしまった。
「なんだかかわいそうだな……」
「これはこれで愛嬌がありますけど、ね」
「えー、そう? これじゃ売れないよ」
手足は逆向きにつき、目も左右反対側を向き、口もねじれている。これではこの先を過ごすのもちょっと大変だろう。だから僕はこの間にドラゴン人形の核になっていそうなものを探し……それらしい魔力の反応を感じ取った。
「ごめんね」
僕達の都合で変な姿にさせた挙句、その命を刈り取ろうとすることに結構な罪悪感を覚えつつ、その核の周辺をくりぬいた。もこもことした肉片(?)と一緒に取れて来たのは大きな石の塊。なんとなくだけど、当たりだね。他の部屋だと人形だけど本物みたいに強いドラゴン人形だったのかな?
その後もいくらか石を採取し、そろそろ後で捌くのが大変じゃないかと思い始める量になったころ、ようやくというべきか、壁際に音を立てて扉が産まれた。
「最大の敵は飽きとか緊張から来る疲弊だと思うの」
「確かに……なんだか疲れましたね」
「もうよろよろです……」
扉をくぐった先は、普通に外だった。夜明けなのか夕方なのかわからない空の色加減。待機させていたホルコーたちのそばに戻って初めて、朝だということに気が付いた。都合、半日丸々潜っていた計算になる。
「ダンジョンの中は時間の経過が違うことがあるって本当だったのね」
「まだ夜になるかぐらいだと思ってました」
僕も同様であった。それになんだか、気が抜けたのかどっと疲れが襲ってきたような……。この感じは、まずい気がする。下手に歩かない方がよさそうだ。
今日は適当に手持ちの物で食事として、最低でも昼まで、場合によってはこのまま1日休息することに決めた。2人も、今にも倒れそうな状態だったのだ、この疲弊具合はなんなんだろうか?
『ダンジョンの最後の罠……かもな。欲をかいてると外に出た時に倒れて終わりってわけだ』
(僕達はアイテムボックスに仕舞っていた分、助かったってことかな)
もしも、アイテムボックスが無くて持ち歩いた先にこれ以上の疲労が襲い掛かってきたと思ったら……なんだかすごく怖い気がした。
順番を決め、仮眠を取り始めた2人。僕は頑張ってその間起きていることにした。眠らないよう、適当に歩きながらダンジョンの中の人形たちのことを考えていた。あの人形たちは人形に過ぎないのだろうか? そうだとしても、ずっとあのままというのはやっぱりどうかと思う。あのダンジョンを作ったのは誰だろうか? 女神様か? それとも黒龍たちだろか?
答えは出ないけれど、出来れば僕達のようなお客が来ていないときは、休んで夢でも見ていてほしい、そう思うのだった。
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