MD2-200「人形は夢を見る-1」
「これは鉄鉱石、こっちは銅かな? 後こっちが銀を含んでますね」
「頼んでおいてなんだが、よくわかるな坊主」
そんな言葉に、僕は首を傾げてしまう。僕だって完璧という訳ではないし、このぐらいなら多少経験を積めばそれなりにやれる……わけでもないのか。だから僕に頼んでくるんだし。
「どうなんでしょうね。僕的にはそうですね……魔法と一緒なんですよ。この辺の中に精霊を感じるんです。種類が違うと、精霊の感じも違うんですよ? もしかしたら僕がたまたまそう感じてるだけかもしれませんけど」
事実、僕の目にはいろんな鉱石からいろんな精霊らしき光を感じられる。精霊は世界中どこにでもいる。地面にも、水にも、空にだって。もし、精霊のいない場所があったらそこは魔法が使えないだけじゃなく、まさしく不毛の土地だろうね。
「そんなもんかねえ? ともあれ、助かった。袋にみんなして入れるもんだからよ」
笑顔で立ち去っていく同業者を見送りながら、僕も宿屋の軒先という微妙な場所で椅子に座ったまま空を見る。勝手なことをするなと怒られるかと思ったのだけど、職人や鉱石を扱う場所、店なんかからは今のところ苦情は来ていない。まあ、僕も大量となればそっちに持って行ってもらうことにしているんだけどね。
『あの程度だと手数料の方が高くつくからな。小銭は浮くだろうさ』
つまりはまあ、そういうことだね。ちなみに今日は僕1人である。マリーとビアンカさんはとある依頼で2人だけで出かけている。依頼の内容が女性限定のあれやこれや、となれば仕方ないね。僕も、近場の細かい物でなんとか時間を潰そうとして、前にも頼んできた人に捕まったわけだ。
「僕達の装備を更新するとなると高いのになるよなあ……ダンジョンの発掘品を探した方が早いかな?」
『堅実な製作品にするか、幅のある発掘品にロマンも求めるか……どちらも正しい。俺としては後者だな。お前は俺と一緒で何か持ってるからなあ』
(出来ればそれは無い方がいいんだけど、否定できないね……)
じっとしていても何も始まらないと思い、市場やお店でも冷やかしに行こうと一人、街へと歩き出した。所々炉のための煙が昇り、外には木箱や樽が積みあがっている。石を投げれば職人に当たる、とは言わないけれど、普通の街より鍛冶職人が多いのは間違いない。
これだけ工房があると暮らしていくのも大変だと思うのだけど……どうなんだろう? お客さんの取り合いとかないのだろうか? 僕の知らない理由がきっとあるはず……。
「? 気のせいかな、今何かいたような……」
視界の隅で、何かが動いた気がした。そちらを見ても特には何もいない。覗き込んだ物陰に、小さな人形があるだけ……人形!? どう考えてもおかしい、僕の膝ぐらいはあるそこそこ大きな女の子の人形だ。
誰かの落とし物かなと思い、近づいて持ち上げようとした時だ。
「気軽に触らないで頂戴!」
「喋った!?」
どこか作り物めいた声だったけど、確かに目の前の人形が喋ったのだ。それだけでなく、僕から逃げるようにして器用に走り去ってしまった。状況からいうと、こっそり物陰にいたのを僕が見つけてしまった、というところだろうか?
普通なら、そんな馬鹿なと自分の気のせいだと思うところなんだよね。
『キリングドールの例があるからなあ。だが、こんな場所に? それにしたって人間臭い』
(うん。あの人たちとは何か違うね)
南国で出会った人形たち。あの人たちは人ではないけれど人、そう僕は思っているしそのほうが嬉しいと思う。だって、僕のために謝ってくれたもんね。それはそれとして、今はさっきの人形が問題だ。
「マリー達が帰って来てから……だと遅いかな……ちょっとだけ探そう」
好奇心がなんとやら、とは言うけれど僕も気になって仕方がない。出来るだけ音を立てないよう、気配も殺しながら路地に入り込んでいった。日陰になると急にひんやりするからちょっとぞっとしないよね。少なくとも見える範囲にはいつの間にかいなくなってるからもっと遠くにいったかどこかで曲がったか……。
少し歩いた先に、小さな光るものを見つけた。念のために警戒しながら近づくと、それは小さなペンダントだった。人間が身に着けるには少々小さすぎて、精々が生まれたての赤ちゃんならどうだろうなというぐらい。
「あの子の、かな?」
『だろうな。それより、少しだが魔力を感じるぞ』
言われてペンダントを確認すると、中央に綺麗に細工をされてはまっているのは……これ、精霊銀だ。魔法との相性も良くって、昔から精霊に捧げる儀式なんかだと必須の素材だ。これで作られた祭具や紋章を持っていると祈りが共鳴して奇跡を生み出すとか言うんだよね。
「……これが落とし物なら、持ち主に届けてあげたいんだ」
そっと握り、噂を信じて祈ってみることにした。ダメ元ってやつだったけど……案外世の中上手くいく物だ。わずかだけど、手ごたえがあった。近くの何かにつながった感じがあったんだ。
それは少し歩いた先の路地の先みたいで、動いていない。まさかいきなり悪漢に襲われるってことはないだろうけど警戒して損はない。左手にペンダントを握ったまま、右手に一応明星ではなくナイフをいつでも抜けるように構えた。ここじゃあ長剣はちょっとね。
「……よ」
「……な!」
進んでいくと、曲がった先だろう場所から声。片方はさっきの人形かな? もう片方は女の子みたいだ……まさか人形が2人ってことはないよね。そうなったらそうなったらだけどさ。覚悟を決めてそうっと覗き込むと……そこには見覚えのある人形と、妹ぐらいの女の子が地面をあちこち歩きまわっていた。
「うう、やっぱりないよ」
「どこに落としちゃったのかしら」
「ちょっといいかな」
僕としては出来るだけ優しく、ゆっくり目に話しかけたつもりだったんだけど……2人?にとっては全く予想外な声だったようで文字通り飛び上がり、女の子の胸元に人形が飛び込んで女の子自身には後ずさりされるという経験をしてしまう。
(そんなに怖かったかな? っとと、今はそれよりも)
「なななな、なんですか!? アイちゃんはおかねは無いですよ!」
「あはは、大丈夫だよ。それより、これ君たちの?」
握ったままの左手を開くとそこにあるペンダントからうっすらと女の子、アイちゃんの首元に光が伸びた。そこには小さいながらも精霊銀の光を放つ石のはまったネックレスだ。きっと同じ時期に作られたか、いつも2つで1つみたいに祈ってたんだろうね。
「そうみたいだね。はい、落としちゃだめだよ」
2人からは返事が無いけれど、人形が落とした物と確信した僕はしゃがみこみ、脅かさないようにとそのままで手を差し出した。2人の視線が僕の手のひらに集中する。なんだかこうやって見られてるとお菓子で釣ってるみたいでいやだなあ……ははっ。
「……おとーさんが、ただほど高い物はないっていつもいってるの」
『違いない! 世間をよく知ってるちびっこだなあ!』
「そうだねえ……じゃあ、1つ教えてほしいかな」
僕が姿を現してからずっと、人形はアイちゃんの腕の中で僕を睨んでいる。アイちゃんを守るため……かな? 僕としてはそんなに睨まれても困るけど仕方ないね。怪しい状態だしさ……怪しいついでに、僕は2人に聞くことにしたのだ。この精霊銀を使った装飾品を、買ったのか誰かが作ったのか、をね。
結果として、僕はアイちゃんの後ろについて路地から出て街中を歩いていた。彼女の家がこっちにあるというのだから仕方がない。というのも、作ったのは彼女らの父親だというのだ。精霊銀は扱いが難しいうえに悪用を禁じる決まりが確かあったはずで、誰でも触れるわけじゃない。西方諸国がどうだったかはわからないけれど、東のオブリーンらでは許可がいるはずなんだよね。
「ただいまー!」
子供らしいアイちゃんの声が響き渡ると、如何にも工房ですという外観の建物の中があわただしくなる。数名の足音がバタバタと聞こえ、飛び出してきたのは汗だくの状態の男女。
「アイ! ああ、よかった。遅いから心配していたよ。おや? この男の子はお友達かい?」
若干まなざしがこちらを伺うような物になってるのは、僕がアイちゃんの友達となるには歳が離れているからだろうね。一応会釈はするけれどまずはアイちゃんの紹介を待った方がいいのかなと思った。今思えば、この時先に名乗っておけば話が早かった気はするんだけど……ね。
「ルーちゃんをびっくりさせちゃうすごい人だよ!」
アイちゃんの無邪気な一言で、ご両親らしい2人の視線が僕に……突き刺さった。もしかして、あの動く人形は秘密だったりするのかな?
『遅くなるようなら宿に伝言を頼みたいところだな』
(遅くなることが決まってるみたいなことを言うのはやめようよ!?)
心の中の反論もむなしく、ご両親な2人から中で話を……と誘われてしまう僕だった。
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