MD2-196「西方探索模様-3」
「うう、ファルクさん。私……もうだめですっ」
「もうちょっとだ、もうちょっとだけ頑張ろう!」
全身汗だくで、今にも倒れ込みそうなマリーを左手で抱きかかえ、彼女の汗も混じったであろう体臭にちょっとだけドキリとしながら、残った右手で明星を視線の先に突き付ける。少し前に階位が上がって復活したスキルがわずかずつでも己の魔力を回復させるのを感じながら、全力で魔法を放った。
「ビアンカさん!」
「まっかせて!」
太い物は都合3本、後は矢ぐらいの細い物。集中しきれなかったからか、まだ習熟が足りないのかバラバラの太さの氷の槍が……洞窟に動く大きなゴーレムのあちこちに突き刺さりその動きを制限する。本当ならば周囲の気温だって下げるだろうに、今日ばかりは焼け石に水ってやつだね。
飛び出したビアンカさんの鋭い一撃が、これまでの攻撃で露わになっていたゴーレムの核部分を貫いてその一体は沈黙しつつ崩れ落ちる。出来れば儲けのためにも残骸から僕も良い物を回収したいけれど今は無事に戻るほうが重要だ。
「めぼしい物は拾ったよ!」
「一回下がります! マリー、頑張って」
1体が倒されたことで周囲に残った同じようなゴーレムがゆっくりとだけど集まってくるのを見た僕はすぐに撤退を進言した。ビアンカさんも珠のような汗をかいているから、反対はしなかった。目の前の残骸からよさそうなのを拾ってくるあたり抜け目ないなと思う。こういうのが僕達にも必要なことだよね。
息が荒くなっているマリーをなんとか抱えるようにして僕達は結構な距離を入り口まで下がっていった。途中で襲われなかったのは幸運かな? だって、ここはダンジョンだから。ダンジョンは魔物が……沸くからね。さすがに足元とか、すぐ後ろみたいな場所では沸かないのだけど、見てない場所には湧いてくるらしい。
「はー……危なかったねえ」
「ラヴァゴーレムは1体しかいなかったんじゃないんですか?」
言ってもしょうがないなとは思いつつも、言わずにはいられない。鍛冶の街だというスコットについてすぐ、宿を取りながら情報を集めることにした僕達。大体この辺の冒険者ならこれで稼いでるという話を聞き、翌日経験を積むためにもとその常時ある依頼……ラヴァゴーレム退治の依頼を受けたのだ。
向かう先には1体しか出てこないという情報を聞いていたからそこには注意していたのだ。洞窟に潜り、いくつかの魔物との戦いをこなして奥に進んだ僕達。目標である体のあちこちが溶岩のように赤く燃えているゴーレムを見つけ、どうにか倒そうとしているうちに……壁が崩れたかと思うとそこには広い空間が広がっていた。同時に洞窟を満たす熱風。崩れた向こう側は、何体ものラヴァゴーレムが眠るように立っていた。後はまあ、なんとか目の前の襲ってくる一体を倒してこうして逃げてきたのだけど……。
「新発見! で少しぐらいお金が出るといいんだけどねえ。ごめんよ、私も油断してたよ」
「ビアンカさんは、悪くありませんよ。ね、ファルクさん」
「マリー、大丈夫かい?」
今僕達がいるあたりは熱風も和らぎ、洞窟本来のひんやりした空気と入れ替わるように風が吹いており、温かいのか涼しいのか微妙なところ。それでもさっきまでいた場所より全然涼しい。僕はマリーを寝かせ、そのそばでビアンカさんと2人して前後を警戒中、というところだったのだ。
「歩くぐらいなら大丈夫そうです。私こそごめんなさい。探索が早く終わってしまって」
「僕ももっと警戒しておくべきだったよ。せっかく新しいスキルだってあったのに……ビアンカさんも当たるような真似をしてすいません」
まさか壁の向こうがあるとは思っていなくて、例の壁向こうの何かも見えるかもしれないスキルを発動させるのを忘れていた。休みながらそれを発動させると、目の前のビアンカさんも含めてぼんやりとした光に包まれる。
『さっきは地図にも反応が無かった。動き出すまでは光点が出てこないようだ。気を付けろ』
(了解! 道理で何もなかったわけだ……)
マリーの調子がもう少し戻るのを待ってから、街に戻ろうと考えた。幸い、討伐の証明そのものはビアンカさんが拾ってきてくれているし……って!
「上! マナボール!」
「え? おおっと!?」
何もなかった天井に、ぼんやりと光の塊が生じたのを見た僕はひとまず無属性とも言えるマナボールを放った。こんな近くだと火球って訳にもいかないからね。結果として、それは正解だったみたいだ。
さっきまでビアンカさんがいた場所にどろりとしたものが落ちてくる。命を失った、スライムだ。ただしどう見ても普段より溶けやすそうな音を立てて地面に泡を立てている。あれがそのまま襲い掛かってきたら普段見るようなスライムより早く熔かされてしまうだろうね。よく見ると天井にわずかな隙間がある。
「この洞窟はたくさんの冒険者が来るはずだよ。なのにコイツの話は聞いてない。休んだらもう一回行く予定だったけどもどろっか。どうも気になるよ」
僕とマリーには彼女に反対する理由は当然なかった。まだ足元がおぼつかないマリーを支えつつ、入口へと向かう。途中、何組かの冒険者に遭遇し、彼らは僕達の消耗具合に驚き、短いながらも話を伝えると慌てて戻り始める。
その後はなんとか先に戻った彼らが片づけた後なのか、魔物に遭遇することなく僕達3人は再び太陽の光を浴びることが出来たのだった。報告はマリーを宿に運んでからとして、彼女を寝かせた後僕とビアンカさんだけで冒険者ギルドへと向かうのだった。
「……冗談……ではないですね」
「冗談でこんなこと言えるわけないよ!」
僕達の報告に、受付の男性の頬が若干ひきつるのがわかる。確かに……見えた限りでも10以上のラヴァゴーレムというのは想定外もいいところだろうね。洞窟全体の広さが変わってしまったとなれば、これまでの経験が全く役に立たないという可能性だってあるんだ。
「わかりました。人を向かわせますのでその結果が出るまでは吹聴しないようにお願いしますね。ひとまず1体討伐は終わってるようなので処理をします」
ギルドの身内に良い腕の冒険者がいるのか、それともそういう評価の相手に直接依頼するのか、それはわからないけれどC評価、つまりは駆け出しを超えて平均的な冒険者の領域に入っている僕やマリーでも大変だった場所に行くのだからもっと強い人なんだろう。ただまあ、苦戦の理由はあの熱風だったんだけどさ。
「変なところで時間を食っちゃったね。どうしよう? 他のダンジョンに潜る? そっちでも掘れると思うよ」
「うーん。どっちにしてもマリーが回復してからにしたいですねえ」
この街は、迷うぐらいには選択肢がある。むしろ街がダンジョンがあるから出来たと言ってもいいらしい。全部で5か所のダンジョンたちの中間にこの街があるのだ。そのダンジョンから産出するあれこれを使って武具が作られ……賑わう。そんな土地なのだ。
「それもそうよねえ。ファルク君、なんか特技無い? 潜らなくても稼げるような」
「そんなのあったら……あーでもどこまでいけるかわかりませんけど、目利き、鑑定は得意ですよ。ほら、これとこれでどっちが鉄鉱石として質が良いか、とかはすぐにわかります」
街の雰囲気に合わせ、適当に取り出した2つの鉄鉱石。見た目にはあんまり違いがないし、僕もご先祖様の助けがないとはっきりとはわからないぐらい。でも今の僕ならご先祖様の力を自分の物であるかのようにささっと使える。だからちょっとした目利きなら問題ないのである。
「へぇ、それいいんじゃない? 選別は結構大変らしいから」
そんな話をしているうちに、話を聞きつけた周囲の冒険者から簡単でもいいからと鑑定を依頼された。結局、そろそろ食事にしないとと誰かが言うまで、その流れは続いたのであった。
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