MD2-194「西方探索模様-1」
「なんだか寂しい戦女神様でしたね」
「うん。言われたことを守ってるだけみたいだった」
僕達が宿をとっているのは特に変なところのないごく普通の宿屋さん。違いと言えば、隣にもある別の宿屋の中間に共同の食堂があるぐらいかな? それ以外は普通に、壁が薄いとかそういった問題もない部屋だった。ホルコーも問題なく預けられている。
大きな桶と借りて水を貰い、2人で順番に体を拭く。僕が魔法が使えない状態だから仕方ないね。マリーはまだ氷はともかく水そのものは上手く生み出せないみたいだ。同じ部屋で敷居も無いのにすぐそばで大事な子が体を拭いているというのは本当はどきどきもするけれど、今日は恥ずかしがる元気もあまりない。
「偽者ではないとは思うんだけどねえ」
試練の洞窟の中にあるよくわからない場所で、一応倒した形になる戦女神様のことを思い出すのだけど……どうも想像していたのとは違ったかなというのが印象に残った。悪く言えば、戦女神の役割を果たしている何か、っていう感じ。
それでも強さは確かで、僕も切り札を切っていなかったらどこでどうひっくり返されていたかわからないぐらいだ。そんな相手を一応倒したのに、階位が上がった様子が無いあたりはあの中が特殊なのか、僕の階位がそれだけ上がってるのか……両方かもね。
『戦女神は……常に星の空にいる女神の代わりに地上で力を行使する存在だ。本来ならば飛べば嵐が起き、その剣は雲すら切り裂くというほどの実力だ』
(僕が知ってるのもそのぐらいとんでもない話だよ。おんなじかー)
「明日、ギルドに顔を出しましょう。おまけが何なのか気になります」
「確かにね。でも、なんとなくわかっちゃったかも」
きょとんとするマリーに、僕も思わず微笑んでしまう。実は、洞窟を出た時からその不思議な光景は僕の視界に広がっていたんだよね。何かというと……人の輪郭がぼんやりと光ってるんだ。意識すると切り替えが出来るんだけどね。
元気そうな人は緑や青、逆に今の僕達みたいに疲れたりしてると黄色とか……ここに来る時に見かけたけが人は赤だった。たぶんだけど体力とかそういった物がわかるんだと思う。これはすごい便利だなと思う。例えば、頭のいい魔物が死んだふりとかしてる時でもすぐにわかるからね。
「え? そうなんですか? あ、ほんとです。ファルクさんがちょっと黄色いです」
僕と比べてマリーは最初は見えない状態になってたみたいでそのことを告げるとすぐに切り替えが出来るようになった。きっと名前は知らないけど特殊なスキルがついてるんだと思う。後になって、壁に隠れてる何か、も見ようと思えば見えるということに気が付いたのだけどそれは別の話。
一息ついた僕達は、夜に備えて街へと食事に出た。宿に近い場所でもいいのだけど、せっかくだからと大き目の人気のありそうな酒場に向かったのだ。
「いらっしゃい! 何にする?」
「オススメとかあれば」
初めての店となればこれが一番だということは僕も旅の中で学んだ。よほど変な物は出てこないだろうという打算みたいなものもあるかな? 待っている間、お店のお客さん達を眺めていると……やっぱり冒険者が結構多いなと感じる。
「このあたり、稼げる場所があるんでしょうか」
「どうだろうね? いくらかは試練の洞窟目当てだと思うけど……」
僕達の挑戦した戦女神相手というのはたぶん一回きりだけど、そうじゃない部分は何度でも挑めるみたいなんだよね。経験を積むには手っ取り早いはずだ。祝福も気になるし……そうだ、おまけのほうはわかったけど本命の祝福は何なのかわからないや。
「せっかくですし、他のダンジョンも回って祝福を手に入れたいですね」
「うん。最初の勇者もこのあたりから始まって、いろんなダンジョンを巡ったって言うしね」
『上手く考えないと簡単すぎるダンジョンで、祝福もしょぼいってことがあるかもしれんな』
確かに、ご先祖様の言うように潜るダンジョンもしっかりと見極めなければいけないかもしれない。今の状況で、あまり効果の無い祝福を貰っても時間がもったいないという考えもある。とはいえ、どこで度の祝福が手に入るかっていうのは必ずじゃないことを考えるとあまり意味がないかもしれない。
あの宝珠も、必ず見つかるわけじゃないからね……でもなんとなく、なんだかんだ見つける気もする。騒動と引き換えに、だけどさ。
「本当はもう1人か2人、仲間を増やすといいんだけどね。マリーは……どう……かな」
「え? えっと……その……私はファルクさんがそのほうがいいと思うなら、いいですよ」
口にしてから、しまったと思った。ご先祖様も声にならないため息をついているような気がした。こんなこと、相棒として一緒にいてくれる女の子に言わせる物じゃないと、今さら自覚したのだ。
「ごめん。取り消すよ。僕はまだ、マリーと2人だけで……じゃないや、2人だけがいいよ」
「……はいっ」
2人の席がお店の隅で良かったなと思う。もしも中央とかだったら周囲で騒いでいる他のお客さんに聞かれて、からかわれるところだった。そう、隣に座っていた一人の女性のような顔をして……って。
見られてる。じーっと、これ以上ないぐらいじっと。
「あのさ」
「は、はい」
若干どもりながらも女性に向き直る。夕日のように赤い髪が背中ほどまで伸ばされ、装備は軽装の類の革鎧。腰には細剣を下げている。なんとなく力を感じるから魔道具の一種じゃないかな? ややツリ目でどことなく猫を思わせる姿だった。
その顔には良い物を見た、とばかりに笑顔が貼りついている……ということはまあ、聞かれたかな? 別にいいんだけどさ。ちょっとばかり恥ずかしいだけで。
「2人は村人じゃなくてここまで旅して来た冒険者ってことでいい?」
「そうですよ。ファルクさんと、馬のホルコーとの旅です。貴女は?」
僕達のいるテーブルはまだ椅子が余っており、女性はそこに座りこんで改めて僕達を見渡した後、ずずっと顔を中央に持ってきた。内緒話ってことだろうか? それにしてはここはちょっと内緒話には向かないと思うけど……。
「私も似たような物かな。よかったら、だけど次の街まで一緒しない? 君たちみたいな若い子が2人旅でどこに行くのか、好奇心ってやつなんだけどさ」
「まだ決めてないんですよ。祝福を集めたいなとは思ってるんですけど」
悪い人ではなさそうだけど、急に言われても、ね。さっきマリーと旅したいといったばかりなのに僕から了承するのはどうかなあという気持ちもあった。それとこれとは別と言えば別だけども。
「なるほどね。ああ、私はビアンカ。ちょっとの剣とちょっとの魔法で生きてるかな。魔物退治なんかは軽いのばかりだけどね」
「無理をしないのは大事だと思いますよ。そうだ、ビアンカさんは良いダンジョンの話何か知りませんか? なんなら情報料も払いますけど」
咄嗟にそう口にしたけど我ながら悪くはない考えだなと思った。やみくもに話を聞くより、当たりの話が聞けそうだなと思ったのだ。マリーも頷いてるし、問題は無いかな。
「祝福かぁ……そうねえ、私は潜ってないけど、ここから北西に行ったところにある街にはそんな話があるよ。戦闘向けじゃない奴で、昔から職人が良く来るような奴ね」
『行ってみないと詳細はわからんが、損は無いと思う』
(了解。物は試しとは少し違うけど、これも経験かな)
直接戦闘に役立つかどうかはわからないけれど、全く無駄にはならないだろうなと思える話だった。ちらりと視線をマリーに向けると、頷き返してくれる。だったら話は決まりだ。
「じゃあそこに行きましょう。明日の朝、北門で」
そうして間に合わせの時間を決めて、僕達は別れた。どんな街で、どんな祝福が待っているのか……いつしか、ダンジョンの攻略が楽しみになっている自分がいることを、その時自覚したのだった。
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